第138話 不機嫌な公爵とご機嫌な女王

「どうして……。どうして、お前たちは私の所に、面倒事ばかりを持ち込んでくれるのだ……!! 最近は! こうして! 気持ちを落ち着けて! 国の復興に励んでいたのに!」


「あなた、また胃を痛めますから怒るのはおやめなさいな。ほら、いつもみたいに楽しいことを考えましょう」


 もがー!! と暴れだしそうになるガーヴィン公爵を、最近迎えたらしい、ウィドン王国唯一の生き残りである奥さんがなだめる。

 ガーヴィンが二十五歳らしいんだが、この奥さん、明らかにガーヴィンより年下で、多分メリッサよりちょっと上くらいじゃないかなあ。

 王国が襲われた頃には、ユーティリット王国まで避難していたらしい。

 ちょうど、ガーヴィンの庇護下に入っていたので助かったのだとか。

 その頃に縁があって、ウィドン王国再建の時にガーヴィンに輿入れしたんだそうだ。

 そう言えばこの王子、浮いた話があんまりなかったしなあ。


「いえ、詳しくは、王位継承権から外れた時点で、革命軍が各貴族から権力を剥奪したので、婚約者がいなくなったというのが正しいらしく」


「クリストファ詳しいなあ。そうかあ、なんかすまんことをしたな」


「ええい、ウェスカーとやら! 私を哀れんだ目で見るなあ!」


「あなた、落ち着いて。ほら、いい子いい子」


 十歳くらい離れてそうな女の子に、後ろから抱きしめられて頭をナデナデされるガーヴィン。

 不思議な光景だ。

 しかし、不思議と落ち着いてきたようで、血走っていた目がもとに戻る。


「これはシュテルンの話はしないほうがいいな」


「兄上の胃が破裂してしまうだろうな。それはそれで見ものだが」


 悪い笑みを浮かべるレヴィア。

 本当にお兄さんのことが大嫌いなんだな。


「それでだな。オエスツー王国は俺たちが解放した。これであれだ。ウィドンは復興に専念できていい感じだな」


「そ、そうか。お前、仮にも公爵に対してその口ぶりは相変わらず、礼というものを知らんのだな……」


「あなた、この方がいつもお話されている、女王陛下の右腕の大魔導師ウェスカー様で?」


「うむ……」


 奥さんは俺の方を向くと、優雅に一礼した。

 ふわふわした黒髪を長く伸ばした、ちょっと賢そうな女の子である。

 俺が魔法合戦で会ったウィドン王国の人たちは、みんな頭がふわふわしてたけどなあ。


「私は、ガーヴィンの妻、アレーナと申します。よろしくお願いいたします」


「こりゃどうも、ウェスカーです」


 彼女が頭を下げたので、俺もペコペコ頭を下げた。


「レヴィア様、なんかとても人間ができた女の子なんですが」


「ああ。兄上の足りないところを全部持っているような娘だ。彼女がいれば、ウィドン王国も安泰だろう」


「レヴィア様、さすがにお兄さんの奥さんには優しいんですな」


「私を何だと思っている? 礼を尽くす相手には私も礼を尽くすぞ。ではアレーナ殿、私達を案内し、ウィドン王国の復興を見せてくれないだろうか」


「はい、かしこまりました」


 という訳で、胃の辺りを押さえてうんうん唸るガーヴィンを置いて、俺たちは外に繰り出した。




 骸骨御輿は、王国の入口のあたりで解除している。

 イヴァリアはこうして足で歩き回るのが不服なようだ。


「せめて、馬車でもなんでも用意してくれればいいのに」


「そう言うなイヴァリア。あれほど完膚なきまでに破壊した町並みが、こうしてみすぼらしくはあっても、戻りつつあるのだ。町を作り上げる方に力を裂いているのだから、この地の快適さはまだ求めるべくもないだろう」


 シュテルンが、女魔導師を諌めた。

 彼は今、赤い鎧を脱ぎ捨て、比較的薄着の鎧下姿だ。

 赤銅色に焼けた二の腕が盛り上がり、腰に佩いた剣をいつでも抜ける位置にある。

 見事な赤毛をオールバックにしていて、改めて見るとなかなかイケてる顔の中年である。


「ライバル登場か……」


 ゼインが呟いた。


「叔父さんのライバルなのか?」


「キャラが被ってるだろう。渋いかっこいい系おじさんとして、俺は奴に席を譲るつもりはないぞ」


「被ってないと思うなあ」


「絶対被ってるって!」


 わいわい騒ぎながら、復興されつつあるウィドン王国の城下町を歩く。


「かつては、優美さに溢れた美しい町だったのだが……無残なものだな」


「はい……。国の民も、半分以上が殺されました。それでも、半分近くが生き残ったと喜ぶべきなのでしょう。オエスツー王国の民は皆、死んだと聞いています。わが王国は主権を失いましたが、こうして連合王国の一地方として生き延びることができます。女王陛下の寛大な措置により、ウィドン王国の文化や伝統は失われず、これからも受け継がれていくことでしょう」


「やだ、この娘本当によくできた娘だ……」


 メリッサが敗北感に打ちひしがれている。

 メリッサはほら、魔王軍に支配されてた貧しい村の出身なんだから仕方ない。

 アレーナは貴族の娘だしな。

 実際は男爵の娘で、位は低いんだそうだが、そもそもウィドン王国で生き残った貴族が彼女しかいないそうなんである。

 他の貴族は、国を捨てて逃げたものはその途中で捕らえられて殺され、残った貴族は屋敷や領地ごと焼かれた。

 魔王軍は人間を支配する必要が無いからな。

 気分で殺しもするし、焼き尽くしもする。支配層を皆殺しにもするのだ。

 アレーナは、位は低いが先見の明があった父が、魔法合戦の頃にユーティリットへ疎開させていたと。


 しかし、その話を聞くだに……。


「シュテルン、徹底的にやったのな」


「その通りだ。私は仕事に手を抜かぬ主義だからな。それに人間たちへの恨みもあった。可能な限り徹底的に、貴族や商人と言った、立場を持つ人間を殺し尽くした。実にスッキリしたぞ」


「恨みって言うと……レヴィア様に聞いたあれ?」


「そうだな。シュテルンは五百年前、ユーティリット王国にめられ、部下諸共殺された。シュテルンが人間に復讐をしようと目論むのも不思議はないな」


 レヴィアは王族という立場だが、頭の中身は物騒に出来ている。

 シュテルンの境遇もよく分かるのだろう。


「だが、闇の女神キータスに胸の中を掻き回されてから、俺の頭はスッキリとしたようでな。恨みはあるが、焼き尽くすほどではない。流石に五百年も経過するとな。今はそれよりも、俺の憎しみを利用したオルゴンゾーラに一矢報いてやりたくて仕方がない」


 しかし、罪を償うつもりも悔いる気も無い、とシュテルン。

 レヴィアとしてはそれで構わないようである。

 うちのパーティ、基本的にダーティだからな。

 革命で国をひっくり返したし、宗教で裏側から魔王軍を攻撃した。

 神様だって怖くないどころか利用したので、もう怖いものは何もない。


「ただ、この話はアレーナには秘密にしておこう」


「うむ。俺も今は正気だからな。そこまでやろうとは思わん」


「あー、いやーな大人話を聞いちゃった……」


 メリッサが顔をしかめながら耳をふさいでいる。

 マリエルは、最初から聞かなかったことにするつもりらしい。


「先代の勇者たちでは、オルゴンゾーラを倒せませんでしたもの。命を賭けて、それでようやく彼らを千年程度、この世界から追い出すだけでした。実際にオルゴンゾーラに会ったというレヴィア様とウェスカーさんの話を伺って確信しました。先代は、あの恐るべき魔王には何らダメージを与えていません。魔王は世界の裏側に本体を放逐され、ずっとその時を待ち続けているのでしょう」


 グッと拳を握りしめるマリエル。


「手段を選んではいられません。少なくとも、わたくしが知る限り、最強の戦士たちがあなたがたです。というか、あなたがたの強さはありえないほどなのですけれど……」


 ということで、こちらの意思は固まった。

 アレーナは一生懸命に案内してくれ、クリストファがニコニコしながら彼女に向かって頷いている。

 あの神懸りも神様に対して散々不敬なことを言っていたからなー。

 

「いい機会です。我々も、ウィドン王国の再建に力を貸しつつ、小休止をしようではありませんか」


 微笑みながらアレーナへ提案するんだが、いやあ、実にその笑顔が胡散臭い。

 かくして、俺たちのウィドン王国滞在は少し長引くことになったのである。

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