第135話 ウェスカーとシュテルン

「やあやあシュテルン。もう何回ぶりの遭遇だろう」


「俺は、お前をあの時に仕留めておくのだったと何度後悔したか知れぬぞ、大魔導ウェスカー……!」


 赤い甲冑の上で、赤毛のイケメンが苦々しい口ぶりで言う。

 骸骨兵士たちを操る割には、シュテルンって中身が普通の人間みたいなんだよな。

 部下のイヴァリアもむちむちのお姉さんだし。


「こら、イヴァリアをいやらしい目で見るな」


「あっ、つい思わず」


 スッとシュテルンに視線を遮られたので、俺は我に返った。


「ていっ」


「痛い!」


 そこでレヴィアが腹部へドボォッと突っ込みを入れてきたので、俺に返ってきた我がまたどこかに行った。


「レヴィア様、危うく魂が飛び出すかと思いましたよ。俺でなければ死んでいる」


「うむ……そなただから安心して突っ込みを入れられるのだが、今のは私もどうして反射的に突っ込んでしまったのか分からないのだ」


「ふしぎ」


 俺も首をひねった。


「ええい!! 貴様らといると緊張感というものが削がれて叶わん!! こうして言葉を交わすだけ術中にはまるだけだ! 今この場で仕留めてくれよう!」


 シュテルンは剣を抜き放った。

 彼の鎧と同じ輝きを放つ、髑髏のマークがついた剣だ。


「いいだろう。私もあの頃の私とは違うぞ!」


 レヴィアはそれに応じる構えだ。

 腰に佩いた聖剣を抜き放った。

 これ、元々はマクベロン王国の騎士が身につけていた破邪の剣っぽかったのだが、レヴィアがこれで物凄い数の魔物を倒し続けた上に、散々雷の波動ライトニングサージという彼女の持つ力を流し込み続けたので、なんかよく分からん凄い剣にランクアップしているのだ。

 レヴィアはこれを、『魔物屠るソード』とか呼んでいて、あまりのひどいネーミングに我がパーティが爆笑の渦に包まれた事を今でも思い出す。


「では、私は大魔導師を……!」


 シュテルンの後ろで、イヴァリアもまた詠唱を始める。

 彼女の魔法は、魔王に呼びかける感じの詠唱なので、多分オルゴンゾーラから力を引き出してるんだろう。

 生命魔法とも属性魔法とも違う感じだった。

 俺なら世界魔法で再現しちゃうと思う。

 だが、そこにシュテルンが待ったをかけた。


「お前の力で、あの男と相対するのは危険だ! あれは魔王すらその存在を恐れる、よく分からない何者かだぞ。ならば、俺が相手をした方がいいだろう」


 おっと、ここで俺たちの相手がスイッチだ。

 俺の相手がシュテルン、レヴィアの相手が女魔術師イヴァリア。

 奇しくも、レヴィアはユーティリット王国時代の魔法合戦で、相対した組み合わせになった。


「“魔王よ! 強きしもべをここへ!!”」


 イヴァリアが天に手をかざす。

 すると、地面から湧き出すように骸骨が現れた。

 一つ、二つ、三つ……。あっという間に無数の数になり、これが組み合わさって……。


「おー、懐かしいなあ!」


 確か、ガシャ・スケルトンとかいう骸骨の集合体だ。

 当時はシュテルンの副官だったはずだが。


「ほう、面白い相手だ。ウェスカー、知っているのか?」


「俺が屁で吹き飛ばした魔物ですな」


「屁って言うな!!」


 イヴァリアが怒った。

 彼女の怒りに呼応して、ガシャ・スケルトンが起動する。

 目を真っ赤に光らせて、レヴィアにのしかかるような動きをする。

 ああやって、骨の雨を降らせてくるのだ。

 そう言えば、今のレヴィア様はあれだな。闇の女神教団ローブの下に着る、普段着のままだ。

 大丈夫かしら。


「ふんっ!!」


 レヴィアの全身から稲妻が走って、降り注ぐ骨の雨を迎え撃つ。

 うん、ありゃ放っておいても大丈夫だな。


「余所見とは余裕だな!」


 おっと、俺はシュテルンと相対してるのだった。

 俺に向けて剣が奔る。

 こいつを、俺は咄嗟に目からエナジーボルトをぶっ放して受け止めた。

 金属音が響き渡る。


「なにっ!? 魔法で受けられたというのに、まるで剣に弾かれたような手応え……!」


「うむ。魔法もこうやって濃度を高めてやると、なんか光線が硬くなることをこの間発見してな」


 俺が瞬きをすると、物質化したエナジーボルトがカランっと地面に落ちた。

 そしてすぐにふわあっと、粒になって消えていく。


「面妖な魔法を……! どうやればそんな発想が出てくるのだ!」


 シュテルンが次々に、目にも留まらぬ速さの突きを繰り出してくる。


「遠くに離れて置いてあるお肉を、手を使わずに取り寄せようとしたのだ! 手を動かすのも面倒だったから横目で魔法を出して、こう、引き寄せようとしたら炭になってしまってな……!」


 あれは悲しい思い出だった。

 俺は感傷に浸りながら、目とか鼻とかからエナジーボルトを出して攻撃を受け止める。

 むっ、鼻から出すと呼吸できなくなるな!

 これはいかん。


 するとシュテルン、俺の鼻から出たエナジーボルトをコツーンと叩いてきた。

 鼻の穴にエナジーボルトが戻されて、とても痛くなる。


「うわー、鼻血が!」


 すぐにエナジーボルトは消えたが、俺は慌てて距離をとった。

 ポケットからハンカチを出し、鼻に詰める。

 一瞬で俺の魔法の弱点を見抜いて応用するとは、恐ろしい男だ、シュテルン。

 久々にダメージを受けたような気がするぞ。


「お前の恐ろしさは知っている。お前に考える時間を与えてはいかん! いでよ、我が眷属!」


 シュテルンは地面に突き立てる。

 すると、そこから影がブワアッと広がり、骸骨兵士達が飛び出してきた。

 いや、こいつら、黒いシュテルンみたいな奴だ。

 明らかに骸骨兵士と動きが違う。骸骨騎士とでも言うんだろうか。

 それが八人くらい出てきて、俺に一斉に襲い掛かる。


超至近クロースレンジ炎の弾ファイアボール!」


 俺は彼らの目の前で、炎の弾を爆発させた。

 その勢いで、俺は空にぶっ飛ばされる。

 骸骨騎士も何人か巻き込んだが、倒すまでは行かない。

 俺を見上げて、手にした剣を変形させる。

 おお、剣が弓になった。

 そして、俺に向かって打ち込まれる矢。


「うひょー、こいつら強いぞ!」


 俺は体の回りに、風の盾みたいなのを作って矢を受け止める。

 防戦一方になりかかっている。

 こりゃいかん、シュテルンの術中だ。


「覚悟せよ、ウェスカー!!」


 そこへ、なんと空に向かって飛翔してきたシュテルンが襲い掛かる。

 おお、久々に危機的状況だ!

 矢を防ぐので手一杯になっていた俺へ、すぐ目の前までシュテルンの剣が迫る。

 この瞬間、時間の流れがちょっと遅くなり始めた。


 おお、あれはレヴィアと出会った頃の俺ではないか。

 そして、一緒にシュテルンと戦い、その足で王都に行き、俺は魔法を身に着けたのだなあ。

 今まで経験してきた出来事が、どんどん脳裏を過ぎ去っていく。

 うんうん、何度か経験したが、この過去の出来事を思い出すのは割りと楽しいな。

 毎回絶体絶命で起るのがあれだが。

 その記憶の中で、俺は現状を打開するヒントみたいなのを見つけた。

 もう、試してみる余裕なんか無いので、即座に使う。


「目から泥玉!!」


 俺の目の前に、密着するように泥玉が出現した。それもたくさんだ。


「なにっ」


 シュテルンの剣が、ねっとり、しっとりとした泥玉に埋まる。

 もちろん、彼の剣の腕前なら、こんな泥玉大したことは無いだろう。

 この魔法の肝はここにある!

 俺の目の前にまた泥玉が。また泥玉が生まれる。

 シュテルンの剣がこれを切り裂いて進む前に、俺のいる位置が泥玉でずれる。

 剣が泥玉一個進む間に、俺は泥玉二個ぶん遠ざかる!

 弱点は、目に泥が入るので大変痛いことだな!


「目が、目がー」


 俺は呻きながら、シュテルンの攻撃をなんとかやり過ごした。

 ついでに、余った泥玉を地面の騎士たちに大量に落っことしてやる。

 どうやら、奴らの骸骨頭の目に泥が入ったようで、下も大騒ぎになった。


 俺は即座に着陸し、「クリエイトウォーター!!」

 どばあっと大量の水を生み出して、目を洗った。

 お陰でパンツまでびしょ濡れである。


「むっ、後ろに回るとは卑怯な!」


「今回は尻から攻撃されても大丈夫なように、魔法の結界を張っているわよ!」


「失敬な! 私は尻から魔法を出したりしない!」


 女たちの戦いは継続中だ。

 イヴァリアがコントロールしているガシャ・スケルトンは、多彩な攻撃でレヴィアを翻弄しているようだな。

 まあ、そうしないと、レヴィアに殴られたら大体の魔物がそこでおしまいになる。というわけでイヴァリアの戦法は正しい。

 うーむ、シュテルンとイヴァリア、これが逆だったら割とサクッと勝ってた気がするのだが!


 骸骨騎士たちはすぐさま態勢を整え、俺に向かってくる。

 彼らを盾にして、シュテルンも動いているようだ。

 骸骨騎士の一人ひとりが、復活前のシュテルンに近い強さをしている。

 魔将もどきってやつだ。

 一体一体ならそうでもないが、まとめて八人いて、しかも連携して攻撃をしてくるとなるとこれはなかなかきつい。

 こっちも手数が欲しいところだ、そう思った時である。


「フャーン!」


 高らかに、ボンゴレの吼える声がした。


「抜けてきたよ、ウェスカーさーん!!」


 ついに来た、うちの隠し玉。

 ボンゴレの上で、メリッサがキータスを固定している。

 アーマーレオパルドとなったボンゴレが、尻尾から光線を斉射して骸骨騎士たちを足止めする。


「ウェスカーさん、はい! キータスお届け!」


「ありがてえ。これでいけるぞ!」


 俺はキータスを受け取ると、彼女にくっつけていた紐を首から下げた。

 闇の女神を装備したぞ!!


『も、物扱いの法則……』


 キータスが抗議の声を上げるが、ここはスッとスルーしておく。

 さあ、シュテルンへの反撃開始である。

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