第55話 鮮烈のシュテルンふたたび

「ナーバンだと!?」


 レヴィア姫がガタッと立ち上がった。後ろにはアンジェレーナ姫がべったりくっついている。

 ここは、アンジェレーナが閉じ込められていた塔である。

 また戻ってきたのだが、姫騎士は俺が情報を持ち帰ってくるのを待っていたようである。


「なるほど、その名の男が最後の座標を知っているということだな。探さなくてはならない」


 とても真面目な顔で言う。

 俺も首をひねりながら、


「ですけど姫様。全く何の手がかりもなしに探すのはなかなか骨ですね」


「ああ……」


 すると、アンジェレーナ姫が目を輝かせつつ、身を乗り出した。


「任せてください! ナーバンといえばカモネギー伯爵の息子。私の幼馴染です! 確か、王国の次期筆頭宮廷魔導師の第一候補との呼び名も高かったのですけど……って、ナーバンは確か、レヴィア様の許嫁だったことがあるはずでは……?」


「おや?」


「おや?」


 俺とレヴィアが首を傾げた。

 どうも、俺も姫様も大事な情報が欠落している気がする。

 ともに、あまり物事を深く考えずに生きているタイプである。


「姫様、ここはうちのパーティーきっての頭脳派、メリッサの力を借りるしか……」


「それしかないだろうな」


 そういうことになったのである。


「ではアンジェレーナ姫、達者でな」


「えっ、私を置いていくんですか!? 連れて逃げるとかじゃなくて!? お願いします、私も貴女と一緒に行きたいんです!」


「うむ。これから戦場に行くのだ。それゆえに無理だ」


 キッパリとした口調で、レヴィアはお姫様の懇願を断ち切った。

 この人はこういう辺り、大変ドライである。


「お姫様。うちの姫様が普通のかっこいい姫様に戻るためには、魔王軍を滅ぼさないといけないのだ」


「なんてこと……! まるで呪いだわ」


「そう、それ」


 なんかアンジェレーナが上手いこと行ったので、俺は彼女を思わず指差した。


「よしウェスカー、行くぞ! ソファを呼ぶのだ! そろそろゼインも限界のようだ」


「へいへい。ソファ、こーい!」


『ま”!』


 ソファは塔の外側にへばりつかせている。

 それが、壁面を蹴りながら宙に踊った。

 レヴィアは躊躇なく、手すりを乗り越えて中空へ身を躍らせた。

 俺もまた後に続く。

 見事、空中でソファゴーレムとドッキングである。


「レヴィア様ーっ! 私、私ずっと待っていますからー!!」


 俺たちの背中に投げかけられる、アンジェレーナ姫の切ない叫びなのであった。


「……何を待っているというんだ?」


 そういうところが全く分かっていない顔のレヴィア姫。

 ゴリラ脳に乙女の思いは届かないのかもしれない。


「姫様こっちー! 早くー! もう限界だよぉー!」


 メリッサが城門を乗り越えてくる俺達を見て、手を振った。

 彼女を守るように立つボンゴレは、毛のあちこちに剣や槍、矢の破片がこびりつき、キューティクルも落ちている。疲れてきているな。

 クリストファは直接攻撃力を持たないし、彼が張る障壁は戦場の全面をカバーできない。

 だって、カバーしてたら俺たちがそれを乗り越えて城門を登れないしな。

 で、ゼインは。


「うおお、も、もう限界だー!! 甥っ子ー! お姫様ーっ!! 早く助けに来てくれー!!」


 そんな事を言っているゼインの周囲には、破壊された武器が散らばっている。

 槍に剣、斧に棍棒、短剣……。

 今は金属の板を仕込んだ帯みたいなものを腕に巻きつけて、これでどうにかこうにかシュテルンの攻撃を凌いでいるようだ。


「ゼイン、大丈夫です。腕を切り飛ばされても回復できますから」


「やめてくれえ!? 治るとしても俺は痛いのは嫌だっつうの!!」


 クリストファは平常運転なのだが、なんとなく俺には分かるぞ。彼もちょっと慌てている。


「姫様、俺は敵の群れを散らしてきます」


「よし、私はシュテルンを担当しよう! 早く済ませて戻ってくるのだ!」


「へいへい!」


 俺とレヴィアが、ソファの上から跳躍した。

 あれっ、クリストファの張った光の障壁、これ上に立てるんじゃね?

 ふと思いついたので、障壁の上に向かってアイロンの魔法で方向を修正だ。

 すとっと降りてみると、確かにこれは足場になるではないか。


「ウェスカー、高いところに登ると危ないですよ。障壁は滑りますから」


「じゃあ、障壁の表と裏にまたがって行こう」


「おお、その発想がありましたか。いいと思います。ただし障壁の細くなっている部分は食い込むので気をつけて」


 クリストファがサムズアップしてきた。

 確かに、上手くバランスを取らないと股間にぐいぐい食い込んでくるな。

 これは上にまたがられる事を想定してない魔法に違いない。


「うわっ、上から降ってきた魔導師が障壁を股間に挟んでやがる!」


「ええい、矢を射掛けろ! シュテルン様をお助けするのだ!」


 俺に向かって、ガンガン矢が飛んでくる。


「うりゃ、迎撃の炎の玉ファイアボールだ!」


 俺は両手の指先から小型の炎の玉を、十連発で撃ち出しながら対抗する。

 飛んできた矢を撃ち落としながら、骸骨兵士たちも攻撃できる、とても便利な魔法なのだ。

 街のあちこちで爆発が起こった。

 火の手が上がる。

 街が燃えだした。

 うん、爆発して火の粉を撒き散らして、なんでも燃やして被害拡大させるのだけが欠点だな、この魔法。


「あの魔導師、国ごと俺たちを焼き払う気か!!」


「なんて非道なんだ!!」


「お前それでも人間かー!」


 骸骨兵士たちがブーブーと俺にブーイングをしてくる。


「ブーブー言われても炎の玉を投げるぞ」


 俺はそいつら目掛けてぽいぽい魔法を投げる。

 すると、骸骨兵士たちも俺が振りかぶるのを見て、サーッとその場を避けるようになるわけである。


「あっ、クリストファ、こいつら賢いぞ」


「ええ。ボンゴレも奮戦しましたが、徐々に対応されてきていたのです。これはなかなか辛い」


「そうだなあ。敵の群れを一掃できる魔法が使える人が欲しいな」


「いるといいですねえ」


 状況は切迫しているが、俺とクリストファの会話はのんきなものである。

 そうこうしているうちに、ボンゴレが休憩を終えて戻ってきた。


「フャン!」


「おっ、ボンゴレ、代わってくれるのか? そう言えばお前、尻尾から光線出せたもんな」


「フャンフャン」


「えっ、俺にレヴィア姫を助けに行けっていうのか。何から何まで済まんな」


「フャン」


 肉球が俺の肩をポフっと叩いた。

 ここで、俺とボンゴレで交代である。

 障壁から飛び降りると、城門目の前で激しく切り結ぶレヴィアとシュテルンに向かう。

 ゼインはすぐ近くで大の字になって伸びている。


「くっ!」


 目の前で、レヴィアの剣が叩き折られた。

 うーむ、相変わらずシュテルンは強いようだ。

 最初にやりあった時、俺たちもまだ弱かったので苦戦したと思ったのだが、普通にシュテルンは強いのだ。


「待て待て、俺が参戦するぞ」


 駆け寄りざま、目からエナジーボルトを放つ俺である。

 シュテルンは素早く剣を立てて、これを受け止めた。


「来たな魔導師! 魔将二体を屠ってきたという君の実力とやら、見せてもらおう!!」


 シュテルンは、俺に向かって進みながら、レヴィア姫を拳で殴り飛ばした。


「ぐうっ!」


 レヴィアは腕を交差させて防御したようだが、すごい力で弾き飛ばされた。


「くそっ、まだ私では及ばないのか!」


「あっ、姫様なんで剣を投げつけないで普通に使ったんですか! 剣を振るより投げるほうが強いじゃないですかあなた」


 俺はハッと気づいて突っ込んだ。

 すると彼女は、うむ、と頷く。


「ついつい、相手も剣だからこっちも剣でやらねばと思ってしまってな……」


「真面目だ」


「余所見をするとは余裕だな! はあっ!」


 なんかいきなり、普通に視認出来ないくらいの速さで剣が振るわれてきた。

 ここで俺の久々の得意技、生死が危うい状況になると時間がゆっくり流れているように感じるモード発動である。

 よし、ここは目からエナジーボルト……と思って放ったら、普通に剣に切り裂かれた。

 対策済みである。

 やるう。

 ならばここは……俺は必死に思考を巡らせる。

 一か八かだ。


「鼻からアイロンだ!!」


 俺の鼻が猛烈に熱くなり、凄まじい蒸気を噴き出した。

 俺の体は蒸気に吹き飛ばされ、お陰で剣は鼻先をかすめただけだ。

 どうやら、蒸気の力で剣も少し押し返されたようだ。

 だが、大変な代償を負ってしまった。


「うおー!! 鼻、鼻がーっ! なんか鼻水が止まらん!!」


 俺はばたばたとのたうち回った。

 これはいかん。


「なんと斬新な回避方法なのだ……! 信じられん」


 流石にシュテルンが驚いている。

 彼は、ぶっ倒れてじたばたしている俺を見ながら、急には間合いを詰めて来ない。

 何だか警戒している。


「来てもいいのよ?」


「君は何をするか全く読めん。私が最も警戒しているのは君なのだよ……!」


 じわり、じわりと近づいてくる。

 その後ろで、いきなり城門がちょっと開いた。


「レヴィア様!!」


 城門からひょこっと顔を出したのは、アンジェレーナ姫である。

 あの尖塔から下まで、駆け下りてきたのだろうか。

 凄い。

 何ていうか愛のパワーだ。

 流石に息は上がっているようだが。


「こ、この剣をお使いくださいませ! お父様が騎士団長オベールへ下賜した、魔剣イビルブレイカーです!」


 隙間からそっと、レヴィアに剣を手渡した。

 只ならぬ気配を放つ、凄そうな剣である。

 破邪の力とかがありそうだ。


「これは……! マクベロンの魔剣か! ありがとうアンジェレーナ殿。助かる」


 姫騎士が心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 それを見て、アンジェレーナ姫の腰が砕ける。


「あああ、も、勿体無いお言葉……! そしてレヴィア様のその笑顔……! 尊い」


「むっ、その剣……!」


 シュテルンの動きが止まった。

 今まで、俺に比べると警戒していなかったレヴィアを意識し始めたようだ。


「あの騎士団長が持っていた剣か。回収させたかと思ったのだが……」


「な、何故か城の中が巨大な動物が駆け回ったようになって荒らされていて、あなたの部下がみんなやられていたので手に入れられたのです!」


 城の中を巨大な動物が!

 なにそれ、見てみたい。

 俺はむくむくと興味が湧いてきたので、すっくと起き上がった。

 ちょうど、レヴィア姫と二人でシュテルンを挟み撃ちにする体勢である。


「さあ、反撃開始だ!」


 レヴィアが勢い良く叫んだ。

 うむ、反撃して、その後で巨大な動物を探そう。

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