そしてやっぱり一緒にいてくれる紗由花
(……え、えっ……? えっ………………?)
温かいのが離れなぜか少しさみしさを感じると、俺はゆっくりとだが、無意識に左へ顔を向けてしまった。そこにはうつむき気味の紗由花の顔……があったけど、視界から外れるように俺から見て左にささっと紗由花の顔が隠れた。
合わせて俺も左にささっと動いてみせたが、今度は右にささっと紗由花が。ささっ。さささっ。
さっとフェイントかけてみたが向こうも向こうで素早い動き。え、なにこの廊下ですれ違おうとしてお互い横にステップ踏んでるようなこれ。だれかゴング鳴らしたか?
(うーむ…………)
しょうがないから元の角度に戻しておこうか。つまり身体の正面の角度に顔を戻すだけ。っておいまた着艦してきたぞ。補給タンカーという名のポタージュは切れてるというのに。
「……さっきのは?」
さすがにこれは口が動かざるを得なかった。
「……なんだろ。お礼……?」
「なんのだよ」
ストレートにツッコミ。
「……ふふっ。なんだろ」
「なんやねーん」
謎。
「なんかね。本当に雪松と一緒にいられてうれしいなっていう気持ちが、いっぱいあふれてきちゃって。なんだかもう、うん。うん……」
そうか。この俺から紗由花に対して思ってる感謝の気持ちってやつも、行動で表したらさっきのになるのか。
「目には目薬。歯には歯ブラシ。お礼にはお礼っと……」
「えっ……? あ、ゆ、ゆきっ」
改めて紗由花に振り向いたその瞬間紗由花は驚いた表情を見せたが、余っていた右腕をその首に巻かせ、紗由花の右肩に手を置きながらこっちに引き寄せた。
さっき優しく柔らかくぶつけてきてくれたので、俺からもゆっくり重ねていってみた。
(……なんだこれっ)
唐突な胸の違和感が強烈だったので、触れた時間はちょっとだけで少し離してしまった。
違和感……? 確かに今まで感じたことのない感覚っていう意味では違和感という言葉になるかもしれない。でもこれは全然嫌な気持ちでもなんでもなく、むしろ……
「あっ、ゆきまっ、ゆむっ」
驚く紗由花になぜかこの違和感。唇が触れ合えばさらに違和感。違和感……ん~…………
(紗由花自体は嫌がってないみたいだし……いいんだよな?)
そう思うとなんだか気が楽になったような気がした。単純に落ち着いた部分もある。けどもっと紗由花と一緒にいたいっていう気持ちもやってきた。なるほどこれは紗由花が俺とくっつきたいって言ってきたのもちょっとわかる気がする。
わかったところでちょっと離す。いつ目を閉じたのか見ていなかったが、ゆっくり開かれた紗由花の目は、俺を見たり見なかったりを繰り返している。手震えすぎ。
間違いなくこんな赤い顔をしている紗由花なんて見たことがなかっ……すいませんかぜのときとか花火観てるときとかありましたねはい。
「……ゆきまつぅ~……」
「なんだそのトーン」
やる気なさすぎである。
「も、もういいでしょー? そ、そんなことまでしちゃうんなら、ほら、そ、そろそろあれ、言ってよぉ……」
「あれ?」
んーむ。二択問題とかなら勘でいけるが応用問題の記述式でまったくのお手上げ状態なまさにあれ。一体どれが正解の言葉なんだ。というか授業で出た範囲なのかどうかも怪しい。
「うん。あれだよあれ……あれったらあれ……」
相当答えて当然な問題らしい。居眠りしてたパターンかっ?
(……だめだ。よし。とりあえず今までのパターンからして紗由花が笑ってくれるような、しかし事実に反しない答えを言うだけ言ってみるか!)
俺が選んだ答えはこれだぁーっ!
「結婚してください」
(どうだ!!)
………………なんで停止してんだよおおお!? タイマー予約の失敗?
「……ぷはっ! もうあほあほあほーっ」
「はああ?」
超笑顔であほ三連発いただきました。いらん。笑顔はもらっとくけど。おまけに軽い頭突きももらってしまった。いらん。笑顔はもらっとくけど。
「ふふっ……本当に? 金森雪松くんは、私、淀潮紗由花ちゃんを、お嫁さんにしてくれるの?」
改めて聞いてきたので、改めて考えよう。ちくたくちくたく。残念ながら返事は一択しか浮かばなかった。
「ああ。紗由花ちゃんお嫁さんにする。て笑いすぎじゃね!?」
言った瞬間なんでそんなげらげら笑ってんだよ! ついに手も離しやがったし!!
「あっはははっ! はーっ、もうほんとこれなにー? もうなんなのこれ、おかしいのとうれしいのと雪松らしさが入り混じってわけわかんないことにな、ぷふっ、ふふ、あはははっ!」
と、とりあえずー……笑わせたってことは、成功でー……いいんだよな?
「なんだよお嫁さんなってくれるんだろ?」
まだ笑ってやがる。おかしいな。結構紗由花の笑いのツボを理解していたつもりだが、このツボり具合は過去最強レベルかもしれないぞ。てかなんでちょっと泣いてんだよ、笑いすぎだっ。
「あはっ…………うんうん。私、あなたのお嫁さんになっちゃうっ」
この俺、金森雪松のお嫁さんは、淀潮紗由花ちゃんに決まりましたとさ。めでたしめでた
「うぉぅあ!? な、ど、どうしたんだよおいっ」
「えへー、旦那さま~」
思いっきり抱きついてきたぞ!! あっぶね、不意打ちによって倒れるところだった。てかすりすりしすぎだっつの!
(そんでもってなんだこの胸の奥のごにゃごにゃしたこれ!!)
仕切り直さねばならない! おりゃ!
「うぉっほん! お嫁さんってことはあれだな。あの名ゼリフだよな。ただいま嫁ー」
ここで場面転換! 拘束は解かれなかったが、紗由花は見上げてきた。
「おかえりなさいあなたー。ごはんにする? ごはんにする? それともご・は・ん?」
「朝ごはんと昼ごはんと夜ごはんで」
「健康的っ」
「おおただいま子供ー。ごはんにする? メシにする? それともGO・HA・N?」
「子供もいるの? パパごはん~」
「漢の料理を見せろってことか? よしキャンプに行くか! 帆を揚げろぉ~!」
「はよ食べなさーい!」
「はーい」
高校もそうだけど結婚とかもっとよくわかんねぇ。
でも紗由花と一緒だったら、高校も結婚も楽しいだろうな。きっと紗由花も楽しんでくれるはずさ。
「……ほんとに~……お嫁さんにしてくれるの?」
さっきのテンションは軽~く打ち消され、でもまだ俺を見上げながらもっかいそんなことを聞いてきた。
「ああ。紗由花は俺とずっと一緒にいたいんだろ? 俺も紗由花とずっと一緒に遊びたいし。どんな友達よりも一緒にいる時間が長くて、おまけに二位にダブルスコア以上の差(推定)を突き放してんだから、お嫁さんにするなら紗由花しかいない。いいよなそれで」
だからなんでまたちょっと泣いてんだよ! どこに笑いのツボあったんや!
「うんっ! うれしい……! 私ずーっとかっこいい雪松についていくからね!」
「当然だな」
ほらほらやっぱり紗由花は笑ってくれてるぞ。
短編44話 数ある近くて頼りがいがあって 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho
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