5ー10





 【蒼山ホテル・一室】





 俺は諜報員である『狐』の報告によって護衛対象であるアリスを見つける事が出来た。しかし、接触出来たが、その側には厄介な者がいた。



 その厄介な奴は、ただのチンピラか酔っ払った人かと思ったが、勘は外れ『ブルーキャット』の組織の一員だったのだ。この組織は"暗殺"を主にしている組織だ。そう簡単に姿を見せるとは思っても見なかった。



 その甘い考えの結果、組織の者を近づけたのだ。この組織の行動を甘く見ていた自分の非でもある。これからは、もっと慎重に行動しなければならない。


 

 そう考えていると、蒼山ホテルの用意した一室に秘書であり、護衛係である海堂が入ってきた。



「支部長の兄弟には護衛対象は見つかったと報告しました。それと、護衛対象のアリス、そのマネージャーのマーリは自室でおり、外に護衛を二名手配しました」


「ご苦労さん。……あ、そう言えば、橘は今どこにいるんだ?」


「アリスと共にいます。心身共に考えるとその方が良いと思い、そうしました」



 確かに、優雅に女子会をしていたら自分を狙う者がいると言う衝撃な事実を身をもって知らされるとなると、何かと思うところはあるだろう。


 しかし、それが続くとなると日本で行う公演会は中止……なのだが、歌を歌う本人であるアリスに聞かなければならない。俺の一存で決めれるものでも無いし、公演のチケットはもう販売済みだからである。


 理由もなく、公演を中止となると、アリスファンなどやその関係者の方々が何かしらの暴動や反感を買うことにもなる。それは風化するのを待つしか無い。


 小さくため息をつき、『狐』の報告書をペラペラと流れ読みをしている俺は考えるより行動に移す事にした。



「海堂、アリスをロビーに連れてきてくれ。理由は……話がしたいと俺が言っていたと言ってくれ」


「分かりました」



 俺の命を受けた海堂は、そのまま背を向け、部屋から出た。俺も一足先にロビーに行こうかと思ったが、胸ポケットに入れていたスマホが振動した。



「はい、もしもーー」


『愛しの婚約者、達也。私だよ。わ、た、し!香坂 しずーー』



 

 ブチッ……




「……さてと、俺もロビーに行こうかなぁ〜」



 一方的に電話を切った後、ロビーに向かおうとしたら、また、電話が鳴った。十中八九、香坂 雫なのは断言出来る。


 俺の電話番号を知っているのは限られている。『鴉』は電話をかけてくる前に自分から言ってくるし、結衣に関してはもう寝ている時間帯だ。


 渋々、電話に出ると思っていた通り、香坂 雫だった。



『ひどいじゃないか!私からの電話切るなんてぇ!』


「叫ばんくても聞こえるから、音量を下げろ。音量を」


『ごほん!それは、済まなかった。しかし、電話を切った達也が悪いんだぞ。女神の如く美しく神々しい婚約者様からの電話をだな……』



 めんどくせぇ、素直にめんどくせぇ。毎回毎回、こんな時間帯に電話をかけてくるんじゃないよ。朝昼は仕事で忙しいのは分かるが、メールの一通ぐらいは寄越せ。



「へいへい、そんな女神のように美しく傲慢な香坂様は何のようで俺にお電話を?」


『ん?何か余計な言葉が混ざっていたような……まぁ、良いだろう。私が電話をした理由はだなーーー米国の歌姫、アリスの事でだ』



 アリスーーと言う言葉を聞いた途端、自分の目が細くなったのが分かった。



(どうして、香坂が知っているのか?と思っても無駄だな……一体、何処から情報を得ているのやら)



 香坂は二十代にも関わらず、カリスマ的な手腕で会社などを数個経営している社長だ。それに、行政の中でも彼女の権力は十分に通じるほどの曲者である。


 そんな香坂の実体を痛感した俺は心の中でため息をついて、気疲れしたように電話の会話を続けた。



「そのアリスとやらがどうしたんですか?って聞いても意味が無いのか分かっているが……どうやってその事を知ったんだ?」


『フッフッフッ、甘い!甘いよ!達也!カルピスの原液の中に、ドロッドロッにとかした砂糖よりも甘いよ!』


「分かりにくい例えをするんじゃ無いよ。それと声をもう少し下げろ」


『知っている…と言っても微々たるものだ。詳しくは知らない。知っているとしたら……君が歌姫の護衛をしていると言う事ぐらいだ』



(アリスの護衛をしている事は知っているが、その理由は分からない……か。もし、香坂が知ったら面倒な事になるな)



 アスタロトグループ社と黒龍組が繋がっている事をネタに脅してきた橘の存在が、香坂に知れれば……間違いなく、橘は消される。


 自分で言うのもなんだが、香坂は俺の事になると暴走が止まらないと言うか感情的に動く事が今までに多々あった。今回も例外では無い。しかし、橘は有望な人材だ。そう簡単に消させない。


 ジャーナリストの橘から脅されて受けたと言う事実を隠し、適当な理由を並べて話を進めようと決めた。



「俺がアリスの護衛を受けたのは……気分でと言っても良いが、会社の為とでも言っておこうか」


『会社の為……?』


「あぁ、歌姫と呼ばれているアリスの護衛、警備を完璧にしたと向こうに知れ渡れば、我が社の知名度が上がる……しかし、失敗すれば、その真逆になってしまうけどな」


『……本当にそれだけか?また、お前は私に隠し事をするのか?』


「隠し事って……別に大層な理由でも無いし、会社の為でもあるのは事実だ。今回ばかりの仕事は大きいから俺自身も出てるが……」



 電話越しから聞こえてくる香坂の声が小さく、弱々しくなっているのが分かった。



『純粋に私はお前の事が心配なんだ』


「心配……?」


『あぁ、そうだ。アスタロトグループ2代目会長と黒龍組組長の肩書きは、まだ、17歳のお前一人が背負うのに負担が大きすぎるんだ』


「確かに……そうだな。けど、俺はーー」


『分かっている……お前が亡き父の跡を継ぎ、《黒崎家》としての命を全うしているのは分かるが……』



 香坂が俺の事を心配してくれているのは最初から分かっている。俺も香坂が危機に瀕しているなら、なんだかんだ言って助けるだろう。腐れ縁と言うか、香坂と俺との間には何かしらの絆的なものが有るのが分かる。


 しかし、俺はそれでも背負わないといけないんだ。父が残し、母の思いを……俺は死ぬまで背負わなければならない。どれだけ苦痛であっても、背負わないと死んだ父と母に会えない気がするからだ。


 

 本心から心配してくれている電話越しの香坂に対して俺は自然に優しい声になり、話しかけた。



「香坂……ありがとう。心配してくれて、だけど、俺は俺の意思に従う。親父が残したものを俺は背負わないといけない」


『っ…そうやって、達也は!どうして、あの時も言ってくれなかったんだ!言ってくれれば……!』


「あの時のお前に言ってもお前は何かしてくれたのか……?」


『っ!』



 そりゃ〜そうだ。あの時の俺はまだ、小学生で香坂は中学生だ。ただのガキに何が出来るかって、言われたら何も出来やしない。



「いくら権力を持っている親の元に生まれても、自分達には、何にも権力なんてものは無いし、責任というのも分からなかった」


『だがっ!今は違う!今の私はお前の役に立てる!だから、背負わなくても良いんだ!お前……一人で』


「泣いてるのか?」


『別にっ……泣いてなんかっ……ないもん!』


「あはは……大の大人が、泣いてんじゃねーよ。……全く」



 電話越しから鼻をすする音が聞こえた。おそらく画面越しの香坂は泣いているのだろうと安易に予想出来た。本当、いつもはクールで『出来る女』と言うのを見せているが、こう言う所は昔と変わらないーーと改めて身を持って思い出した。



「そうだ。この件が終わったら、飯食いに行くか?」


『飯……?』


「あぁ、隣町にある焼肉屋なんだが、そこの店が美味しいって評判なんだ。どうだ?行くか?」


『もちのっ!ろんっ!』


「アハハ、急に元気になりやがって……」



 さっきまでの雰囲気が嘘みたいに消え、泣いていた香坂は嬉しそうに喜んでいた。少し力が入っていた体から抜けて、椅子に座ってもたれた。



『いやぁ〜!達也からデートのお誘いとは!珍しい事もあるんだ』


「まさか……わざとか?」


『さぁ〜?何の事やらぁ〜?』



 ピューピューと口笛が聞こえてきた。こいつ……まさか、そんな雰囲気を醸し出して、弱い女を演じて、俺に奢らそうと……それが本当なら、中々の道化師だな。



『君を心配しているのは本当だ。それに、最近、公安がなんだか慌しく動いててねぇ……

公安が動く程の事が起きていると思ってるんだ』


「公安が……?」



 公安とは、警視庁で警備部とは別に公安部として独立している特別な警察だ。主に国家体制を脅かす事案を対応している。


 そんな公安が動いていると言うことは、何かしらの問題が起きたという事だ。思い当たるとしたら……二つある。



「瀧川の件で、動き始めた……?」


『その線は有り得ないだろう。達也が動く前に、私が知り合いの政治家に頼んで警察に手回しはしていた……だから、今更公安が動くのはおかしい』


「なら……いや、なんでも無い」


『ならって……何か隠してるな、達也』


「あー……まぁね。詳しくは俺もよく分からないがーー」


『なんでも良い。吐け。知っている事を隠さず、今、すぐに吐け』


「へいへい、仰せの通りに……」



 なんだかんだで俺は香坂に尻に敷かれていると思いつつ、暗殺組織ブルーキャットが日本にきた事と護衛対象のアリスが、その一員に狙われたと包み隠す言った。


 ジャーナリストの橘に脅された事は、流石に言えなかった。言ったら終わりだと思ってね?そこは俺の配慮だが……バレたら俺が終わるな。





 そんな事を思うと、ヒヤヒヤしながら香坂との会話を続けた。





ーーー

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