3ー10





【高尾 剛・自室】




 体型の良い男が酒を何度もコップに注いでは、飲んでを繰り返し、顔は薄く真っ赤になっていた。


 昼間に大人達と達也に言われた事を考えるだけで胸糞が悪くなりヤケ酒を飲み始めたのだ。



「クソ!どいつもこいつも、俺の事を見下しやがって……俺は次期当主だぞ。絶対に許さねぇ」



 明日は、高尾家の跡取りを決めるのだが、剛は自分が当主になる事が決まっているように思っており、東海組と鬼頭組に自分を侮辱してきた達也にどう仕返ししてやろうかと考えていた。


 確かに大小多数が剛に付く事は分かっているが、東海組や鬼頭組はまだ剛に付くかははっきりと決めていないのだ。


 しかし、この男は自分こそが当主になるのが相応しいとか、俺の下に付く気に決まっていると思っている為、弱肉強食の頂点に自分がいると勘違いしていた。



「だけど、あのガキが……俺に向かってお子ちゃまだとぉ?ふざけんな!俺はお前より強いし、偉いんだよ!」



 テーブルの上に置いておいた酒瓶を壁に放り投げ、バリンッと大きな音をさせながら残っていた酒が床に染みていた。


 そんな事をしていると剛の携帯が鳴り始めた。うざそうに携帯の通話相手を見ると少し驚き、すぐに出た。



「もしもし……はい、はい……今は高尾家にいます。分かってます……約束を……はい、それでは失礼します」



 数分続いた通話を切ってテーブルの上に置いた。しばらく至難顔になりながらもコップに酒を入れてゆっくりと飲み始めた。



「俺が高尾家の当主になれば……元に戻れるんだ」



 酒に酔っていた顔から真剣な顔になった剛は最後の一杯の酒を飲み、部屋の電気を消した。







 天井にいた【日ノ河】の諜報員はこの事を報告しようとその場から消えた。









ーーー







 俺は千夜と跡取りの件について話し合った後、自分の自室へと戻ろうと廊下を歩いていた。


 右には、部屋の襖があり、左には高尾家の中庭があった。時間的には空は暗く、満天の星が眺めれるようになっていた。



「あまり気にはなっていなかったけど……こうして見ると綺麗だな」



 満天の星とよく聞くが、一つ一つが己の光を主張して更に輝いているからそれが満天となると俺は思っている。


 それに人間がよく似ているとも思ってる。


 さっきも言っていた通り一つ一つの星が主張する様に人間にも一人一人が己を主張し、歩んでいると思っている。しかし、そんな人間達の中には己の事が主張せず、出来ずの人がいる。



「ふっ、今の俺が人間に関して考えても答えは出ないのに考えてんじゃねーよ」



 今、人間に関して考えて意味が無いのに考えている自分に対して苦笑を零したその時、中庭の草木から人影が見えた。


 暗闇でよく分からず、段々と近づいていく事で誰なのかがよく分かった。


 闇に紛れるように黒を象徴している黒装束、素顔を隠す為に狐の面をつけている【日ノ河】のエース、【狐】がいた。



「テーマにするなら《人間と星》と記録しておきましょうか?」


「聞いてたのかよ、【狐】」


「えぇ、数分前から」


「俺の独り言を聞いてんじゃねーよ。てか数分前から居たんだったら出て来いよ……」


「それで、報告何ですが」


「はいはい、俺の意見は無視ですか。そうですかそーですか……ツッコんでもくれない、悲しい」



 【狐】は淡々と命令に対する報告をして来た。本当に今夜中に調べて報告までしてくると言っていたが俺は早朝になるだろうと思っていた。



「高尾家の家系何ですが……やはり高尾 千夜は実の子では無く、施設育ちでした」


「灰島の情報は正しかったか……それでどこの施設か分かったか?」


「記録で養子とだけ書いていたので、どこの施設かは分かりませんでした」


「記入されていたのは養子だけなのか?」


「自分も不思議に思い、独自に調べましたが……」


「出て来なかったと?」


「はい……力に及ばず申し訳ございません」



 中庭で片足を地面につけ、頭を下げている【狐】は自分の力不足に情けないと言う思いが言葉に出ていた。


 今回の命令は急でもあり、短時間での情報収集だった為、俺が彼女を咎める事は無い。


 しかも調べていたら何かしら外部の力で伏せられており、資料や情報には記載されていなかったと言っていた。



「今回の命令は、急だったしな……俺がお前は咎める権利は無い。だけど、力不足だと感じるなら次の指令に満足する様にしたら良い」


「……はい、分かりました」


「本当に急だったからなぁ……あ、それでお子ちゃま…じゃなくて剛に関してはどうだった?」


「今日から半年前まで調べましたが、高尾 剛に複数回接触して来た者は一人だけいました」


「ほう、組の関係者か?それとも行政?」


「それが……」



 【狐】は急に歯切れが悪くなった。いつもは淡々と命令された事の報告をしていたのだが、今回の歯切れが悪くなった事は珍しかった。



「ん?何か問題でもあったのか?」


「調べた結果、出ては来たのですが……普通の会社員でした」


「サラリーマン?」


「はい、普通の証券会社の社員でした。これに関しても不思議だと思い、家系や知人、上司や部下なども調べましたが組や組織などに関係していませんでした」


「それは不思議だな……何を話していたのかは分かるか?」


「監視カメラなどで調べましたから会話の内容は全て分からないのですが、読唇術でなんとか分かりました」



 読唇術?マジで?やるねぇ。あの、相手の唇の動きで何話してるか分かるやつか、凄いねぇ、俺も是非教えてもらおうっと



「それで何言っていたんだ?」


「『入信』『教祖様』『昔の栄光を』『君が言う事を』としか分かりませんでした」



 入信?宗教関係か?それなら調べても出てこないよな……昔の栄光はバスケット選手の事か?、君が言う事をって事は何か命令をされているのか、組でも無く、行政でも無い第三勢力の介入か……クソが、俺の嫌いな面倒な展開になったな。


 俺は表情が固くなり、段々と考えるだけで不機嫌になって来た。その時、もう一人の【日ノ河】諜報員が現れた。雀の面をつけた諜報員で、剛の監視をするもうに命じた者だった。



「剛の監視を命じた筈だが、何かあったのか?」


「はい、監視を続けている時に剛に接触してくる者はいませんでした。酒に酔い、暴れてはいましたが電話の相手を見た時に一変しました」


「ほう……それで何を話していた?」


「『約束』、『元に戻れる』と言っていました」



 約束?高尾家の当主になる事で何か叶えて貰う約束でもしてるのか?元に戻れるってなんの事だ?ふっ、まさか人間じゃ無い何かになれるとかじゃ無いよな。そうだったら元はなんなんだよって話だよな。


 俺は大事な事を考えているのに馬鹿な考えをしてしまった自分に対して自笑した。



「お前は剛の監視を続けろ。そしてまた何かが有れば報告しに来い」


「分かりました」


「【狐】は俺を隠から護衛しろ。明日は穏やかにすみそうに無いし、いざとなったら守ってくれよ」


「命に変えましても御守り致します」




 冗談か本気かは分からないが【狐】と本気で戦った俺的には居てくれるだけで安心する。監視を命じた諜報員はすぐにその場から消え、【狐】もその場から消えた。


 俺は高尾家の跡取りの件でも疲れているのに第三勢力の介入まだと来たら……考えるだけでもぶっ倒れそう。


 廊下で明日の事と第三勢力の事を考えているとポケットに入れていたスマホが振動した。電話だと思い、相手の名前を見ると『白崎 結衣』と表示されていた。



「あれ?結衣か?」


『……私だけど……問題でもある?』


「いや無いが……お前に連絡先教えて無かったんだけど、どうやって掛けてきたんだ?」


『……心ちゃんに……教えて貰った』


「あいつ……人のプライバシーをなんだと思ってるんだよ」



 今の時間は10時過ぎ、寝ているか荒木と電話している竹本に向かってジト目と呆れをくれてやったが届くわけが無かった。



「それで?こんな時間に電話して、何かあったのか?」


『……違う……ただ、達也に電話……したかったから』


「……俺はそれに対してどう捉えたら良いんだ?」


『……好きに捉えたら……良い。少しだけ……電話しても良い?』


「別に良いぞ。でも、明日は少し用事もあるから電話にも出れないし、早く寝ないといけないからな」


『……分かった。数分だけ……お話し』



 正直に言うとさっさと帰って寝て疲れを取ろうとしたが、結衣様の頼みとあらば睡眠時間を削っても話をしようと妥協した。


 内心、女子と電話でお話をするのは初体験でもあり、学校でも美少女として有名な結衣と『電話越しの会話』に緊張した。



『……夏休みの宿題……進んでる?』


「全く持って進んでおりません」


『……ハッキリと……言えるね』


「自分、正直者ですから。それに嘘をついたところで得は無いと思って」


『……どうする?……一緒に勉強するの』



 あーそういえば結衣に数学の宿題を教えて貰うって約束してたな。でも、今は面倒くさい事に巻き込まれてるし、あの【悪女】にもどうにかせんとダメだし、中々出来る時間が無いな。


 高尾家の跡取りの事でも面倒で、豹変した?変貌した?千夜の事でも面倒と感じた俺は小さくため息をついた。



「そうだな……最低でも3日後には一緒に出来る」


『……分かった。それにしても……何かしてるの?』


「ん?あーえ、えっとだね……ちょっと遠い実家の方に帰ってだな……」


『……そう……楽しい?』


「楽しい……です、はい」



 ハッキリ言おう!楽しくなんて無い!以上!


 影響がある高尾家の跡取りに厳つい大人達がいる所を楽しいと言える奴は俺の前に出てこい!ドラム缶の中に入れて、放置してやる!ふん!




「そう言う結衣は夏休みを満喫してるか?」


『……半分だけ』


「半分?残り半分は?」




 学生にとって夏休みは唯一の長期休暇でもあるし、パリピな者達にとっては暴れるにもってこいの休暇でもあるのに結衣はそれを半分だけ満喫と言っているのだからもう半分が気になった。


 それに対して結衣は恥ずかしいのか小声で言ってきた。





『……達也に……会えて無いから……寂しい……です』




 ……………ブチッ




 あ……




 画面を見ると真っ暗で結衣との電話履歴が残っていた。多分、俺の考えでは恥ずかしい事を言ったのを自覚していたから切ったのだろうと推測した。


 実際の俺もこんな事を言われてもどうしようも無いし、すぐに言い返せなかった。




「やばい……顔のニヤケが止まらん」




 自宅ならば、ニヤケ顔を枕に埋めて隠したい所だが、ここは他者の家。下手に大声を出したら厳ついおっさん達にボコボコにされるかも知れん。だから、今は我慢することにした。




「やべぇーニヤケが止まられねぇ、助けてくれぇい」




 両手でニヤケている顔をパチパチと叩いているとまたスマホが振動し、また結衣が電話を掛けてきたのかと思って電話に出た。




「はい、もしもー……」


『やぁ!君の愛しの元婚約者、香坂 雫だ。夜遅くに電話を掛けてすまない。でも、君とは何日も会って無いし、会話してもいない、それは私にとって食事や睡眠、後は性欲を発散していないのと一緒なんだ!だから、私と少しだけ話をーー』




 ブチッ!




 スー、ハー、スー、ハー……良し!





「さっさと寝よ」





 色々と何かあったが一旦忘れる事にして自室に戻り、寝る事にした。


 そして香坂に対して認識を大幅に変更する事に決定した。









ーーー

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