第三章

3ー1






「結衣さん、お願いがあります」


「……どうしたの?」



 俺は今、最大の窮地に立ち向かっていた。それは……



「この問題が分からないので教えて下さい」


「……うん……いいよ」




 俺は今、結衣と休みの日に図書館へ寄ってマンツーマンで宿題の問題を教えて貰っている状況だ。


 何故、こんな事になっているかと言うと建築問題に構っていたせい(言い訳)で、学業の方を疎かにしてしまった結果、中間考査で俺が苦手な数学で赤点を取ってしまったというわけです。


 それで数学担当の先生からお叱りのお言葉と赤点分の宿題を出されたのだ。



「なるほど、これをこっちに移行して計算するのか……ありがとう、分かったわ」


「……じゃあ……また何か……分からない事が……あったら言って 」


「すまないねぇ〜、こんなバカに付き合って貰って」


「……図書館なら……本もあるし……気にしないで」


「ありがたや〜、ありがたや〜」



 教えて貰った俺は数学の宿題の続きをし始め、結衣は隣で本の続きを読み始めた。





 宿題をし始めてから1時間ちょっと経った俺はずっと座っていたので思いっきり背伸びをした。



「うぅ〜〜ん」


「……終わった?」


「おかげさまで出された宿題は全て終わりやした」


「……そう……でも追試の……勉強は?」


「ぐっ、それは……また明日……」



 宿題が終わったとしてもまだ学校で追試があるので、まだ気が休めなかった。

 そんな俺を結衣は困った笑みを浮かべながら本を閉じた。



「……ま、今日は……宿題を終わっただけでも……良い」


「そうだな、それだけでも苦労の一つが無くなっただけでも良っか」



 どうせ、今追試の事を考えてもどうしょうも無いし、明日は明日の俺に任せるか。

 

 考える事を放棄した俺は帰るために勉強道具を鞄にしまい、結衣は本を借りるようで受付のところへ行った。



「どんな本を借りたんだ?」


「……達也には……難しい本」


「お、言ったな。これでも本の知識はーー」


「……はい……これ…」


「………無いとも言えないけど、あるとも言えないからなぁ〜、どうだろうなぁ〜」



 なんだよ『罪と罰』って、いや、知ってるけど女子高校生が読むもんじゃないでしょ。でも、結衣だからって思えば分からずも無いけど……。


 本を見せて貰った俺はなんの本なのか分からず誤魔化しながら歩く速度が速くなった。



「……ふふっ……分からないんだ〜…」


「人間は万能では無い。分かる物も有れば分からない物もあるんだ」


「……だから……分からないでしょ?」


「気にしたら負けだと思う」


「……それは……負けと自覚……してる言い分」


「もうこれ以上、俺をいじらないで下さい!」



 悪〜い笑みをしながらいじってくる結衣の反対に俺は段々と恥ずかしくなって顔が熱く感じた。

 これはまずい!と思った俺は無理やり話の内容を変える為に近くに出来た新しい洋菓子店の事を話した。



「そう言えば、この近くに新しい洋菓子店が出来たらしいな」


「……!?……私もっ……知ってる!」

 

「お、おう。なんか予想以上に食いついてきて俺びっくりやわ」



 さっきとは違う輝くキラキラとした目をしながらぐいぐいー!と近づいてきた。

 そんな結衣の反応に俺は予想外で驚いたが、それ以上に目と鼻の先にいる状況にもっと驚いた。



「……だって、めちゃくちゃ……美味しいで有名な……洋菓子店!」


「そ、そんなにか」


「……うん!」


「じゃあ今から行くか?」


「……本当?」


「おう、俺も気になってたし、宿題を教えてくれたお礼という事で」



 洋菓子店に行くか?と聞いただけで、結衣は嬉しそうに頷いた。



「そんなに行くのが嬉しいのか?」


「……うん……少し……行きにくくて……」


「どうしてだ?行って買ってくるだけだろ?」


「……それが……ちょっと……」



 一人で行きにくい事を聞いたら結衣は俺から目をそらし、少し頬が紅く見えた。


 少し気になったが結衣に見たらすぐに分かると言われ、疑問に思いながらも向かって行った。








 あっちを見るとイチャイチャ、こっちを見てもイチャイチャ。



「あー、納得」


「……でしょ?」



 一見、その新しい洋菓子店は何にも変哲のない店だが、その店にいる客達は全員ラブラブのカップルだったのだ!


 来てすぐに分かったよ。確かにこれは行きにくいな。イチャイチャしてんなぁ〜、別に羨ましくないけど。



「ま、お前が行きにくい理由が分かったよ」


「……どうする?……行く?」


「ここまで、来たら手ぶらで帰れないし、さっさと買って帰ろっか」


「……うん」



 凄く入りたくは無いが、美味しくて甘いお菓子の為に俺と結衣は店へと入った。


 店の中は新しく出来たと言う事で、内装はとても綺麗で店員も満面の笑顔で対応してくれた。


「いらっしゃいませ!店内でお食べしますか?それともお持ち帰りですか?」


「お持ち帰りで……ほら、さっさと決めようぜ」


「……うん……いっぱいあって……悩む」



 俺が店員と話している間にも結衣はケーキガラスケース越しに見える数十種類もある洋菓子やケーキをキラキラした目で悩んでいた。

 それを見た俺は微笑ましくなり、店員は俺と結衣を見て何か思い出したのかメニュー欄の端っこを見せてきた。



「恋人で来て下さったお客様に特別なキャンペーンをしてるんですよ!」



 店員さん………俺に何か恨みあります?



「ご購入して下さったカップルに『恋人キーホルダー』をプレゼント!それに全品半額にさせてもらうキャンペーンなんですよ!」



 …………此奴




 ここの話をした時の同じぐらいのキラキラしている目で俺に勧めてくる店員に対して俺は真顔で断ろうとした時、結衣から止められ耳元で小さな声で言ってきた。



『……待って……達也…』


「なんだよ。俺はこの勘違い系店員に懇切丁寧にお断りをしようとしたのに」


『……考えて……ここで私と達也……恋人になれば……全品半額』


「俺と結衣が?」



 うーん、確かに俺と結衣が恋人にならば全品半額か……でもなぁ〜、あいつらが何処かで嗅ぎつけてるかもしれないし……。


 荒木筆頭の親衛隊がどこで嗅ぎつけてるかもしれないと思っていたが、周りにはイチャイチャしているカップルしか居ないと再確認し、どうしようかと悩んだ。



「……そんなに、私と……恋人になるの……いや?」


「ぐっ!!」



 ニセの恋人になる事に苦い顔をした俺に対して結衣は真剣な顔から悲しそうな表情になり、俺の心に大ダメージを受けた!



「分かった!分かったからその悲しい顔はやめてくれぇ……」


「……なら、やる?」


「やりますやります。もう何でもやるからその悲しい顔はご勘弁」


「……うむ……では、今日は……達也と私……恋人」


「……あい」



 そうと決まったら結衣は店員さんに注文をしに向かった。

 なる意味、一難去った俺は一息つくと嬉しそうに店員と注文している姿を見て少しだけ微笑ましくなった。



(結衣と恋人……ねぇ?学校で有名な美少女様と恋人になるほど俺はイケメンでも無いし、頭も良く無い……でも、地位はあるなぁ〜)



 そんなバカな事を考えていたら、満足そうにしている結衣が店のマークが入った袋を持って来た。



「お望みのお菓子は買えたか?」


「……うん!……満足、満足……」


「よし、ならさっさとリア充の魔境から去るとしますかな」



 満足そうにしていた結衣は何か気づいたのかお菓子が入ってる袋から一つのキーホルダーを取り出した。



「それって、店員が言ってた……」


「……そう、恋人……キーホルダ……」



 ハート型のキーホルダーで、明らかに恋人専用装備の物だとすぐに分かった。

 これがどうした?と聞くとハイッと俺に渡して来た。



「……うん」


「くれるのか?」


「……協力のおかげで……手に入れた物……当然の報酬……」


「うん、まぁ……貰えるもんは貰っとくわ」



 よく見てみると、他のカップル達も持っており同じやつと思うと少しリア充の仲間になった気がした。



(実際、リア充でも無いしな。貰っといて特別感は湧かんな)



 少しだけリア充の仲間だと思った自分に対して苦笑をしたが、結衣が買ったお菓子やケーキよりも嬉しそうにキーホルダーを持っているのが見えた。



「……♪」


「…………」


「……うん?……帰らないの?」


「そうやな、帰ろっか」



 店員から貰った恋人キーホルダーをうれしそうに持っているのは俺の見間違いだな。うん、だって恋人関係ってのは半額の為だし、うんうん、帰ろっか。


 自分にそう言い聞かしながらこのリア充の魔境から帰ろうとした時、それを阻む者が現れた!









「こんな所で奇遇だな、達也」







 自動ドアの所で不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちしている俺の元婚約者、香坂 澪がいたのだ。






ーーー

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