AV ーエイリアン・ビデオー

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AV ーエイリアン・ビデオー

宇宙生命体から送られてきたAV企画書を見た助監督の飯田はつぶやいた。

「監督、これどうやって撮ればいいんですか?」

「そんなもん俺だってわかんねぇよ。なんだよ、これが奴らの裸体だってのかよ。」

監督の越山は企画書と一緒に送られてきた物体を眺めて言った。



星間貿易が発達した西暦6000年。

地球のアダルトビデオ産業は他の星の追随を許さなかった。


穴に棒を入れる。

ただそれだけのオチでありながら、多様なジャンルを確立し、巨大産業が発達した地球のそれは極めて異様な文化であった。

他の星の住人からすると、アダルトビデオは理解できないものであったが、その反面、高尚で羨望の対象になっており、熱狂的な人気を博していた。


ある宇宙生命体は自分たちの種族を官能的に撮ってもらいたいと考え、思い切って企画書を地球のAV制作会社に送ったのだった。



「むちゃくちゃなオーダーしてきやがってあいつら」

越山は憤った。

無理もない。宇宙生命体から届いた企画書はアダルトビデオへの熱い思いが書かれており、どういう作品にしてほしいなどの情報はなかった。こんなに雑なオーダーを見たことなかったが、向こうは日本語を理解している時点で人間よりも高度な生命体であることは間違いなかった。


企画書の最後に、彼らの生体を別途送った、という旨が書かれていた。

スタジオに到着した二メートル四方の巨大なボックスを開けると一対の物体が入っていた。

姿を見た途端、皆が目を丸くした。


その形状が問題だった。


完全なる“球体”だったのだ。

球体はステンレス状の表面を持ち、撮影クルーの姿を反射うつしていた。


「イカ型やグレイ型であればなんとかなるんですけどねぇ」

飯田がため息交じりに言った。

実際、過去に内需でそういったマニアックな作品を作ったことがあった。

コスチュームや、CG、実物のタコを利用すればしのげないことはない。

しかし、今目の前にあるのは、直径1メートルほどの球体なのである。


「どうします?越山監督。」

「どうしますもなにも、うちの社長が受注しちまったんだからやるしかないだろ。」


越山はこの道25年のベテランである。様々なジャンルのアダルトビデオを撮影し、越山に撮れないものは無いとさえ言われていた。

彼の鬼気迫るこだわりは業界を超えて、一般人にも名前が知られるほどだった。しかし、職業に貴賎がないわけではない。越山がAV監督だという理由で、実の娘が学校でいじめられるようになった。それでも一向に監督をやめようとしない越山に愛想を尽かし、女房と子供は家を出て行ってしまった。

それがさらに越山の作品に対する情熱に拍車をかけていった。


「人外に試されてるのかも知れねぇなぁ。腕が鳴るぜ」

越山は準備をしながら、鼻を鳴らした。

「全く新しいコトはしなくてもいいんだ、奴らは地球のAVをリスペクトしている。俺らの土俵で相撲してやればいいんだよ!」

飯田はその姿を見て発起した。

「そうですね!いつも通りにいきましょう!相手が丸いだけです!まず、生殖器を探しましょう。その周りにきっと快感スポットはあるはずです。」


腕を組んで球体に対峙していた越山が言った。

「いや、まず体重を量るんだ。」

「え?」

飯田は固まった。

「二体あるということは、どちらかがオスでメスなはずだ。地球に限った話だが大方の知的動物は、オスの方が大きい。重い方がオスで、軽い方がメスと仮定して、そっから生殖器を吟味していこう」

撮影クルーから感嘆の声が上がった。


四人がかりで重さを量ってみると、それぞれ90kgと70kgだった。向かって右側の球体が重いことがわかった。クルーは右側を玉雄たまお、左を珠美たまみと名付けた。



「次は二つの違いをみつけろ、きっとどこかに何かしらの些細な違いがあるはずだ。そこが生殖器かもしれん!」

表面を注意深く観察したり、斜面に置いて偏りがないか、曲率や、サーモグラフィーで温度に違いがないか、隅々まで測定した。

しかし、玉雄と珠美には形状的な違いはなかった。


「まぁ、想定内だ。いつもの始めるぞ。」

越山は飯田に撮影を進めるように言った。

珠美を四人がかりで撮影スタジオに移動した。

「男か女かはなんとなく把握したんならもう十分だ。女優さんを相手にするように珠美を丁寧に愛撫していくぞ!」

室内だというのにサングラスにキャップを被った越山がディレクターズチェアに座り叫んだ。

「とりあえず、珠美にローションをかけていこう!」


AV男優がローションを取り出し、掌であたため始めた。

ローションの一滴を珠美に触れるか触れないかの距離感でじんわりと垂らしていった。ローションが触れたところから、少しずつ指でのばして、ゆっくりと離す。まさにそれは職人の手さばきだった。次第に珠美はローションに汚されていった。

接写していたカメラマンは思わず唾を飲んだ。

目の前にあるのはただの、球体である。それがここまでいやらしくなるとは。カメラマンは越山の演出に舌を巻いた。


「いいねー珠美ちゃん!かわいいよ!えろいよ!!初めてだと思えないよ!」

休憩中、テカテカになった珠美を見て遠くから越山が声を掛けた。

それに同調にするように、スタッフ全員が珠美に向けて声をかけ始めた。スタイリストがバスローブを珠美にかけた。


「つぎはフェザーを用意しろ、なで回すぞ!」

越山の撮影チームは段取りよく準備を進めていった。


三人のAV男優は羽を片手にいやらしい顔で、球体を囲った。

フェザープレイは珠美に触れるか触れないかの距離から始まった。フェザーの先端に意識を集中して、触れた瞬間、徐々に、しかししっとりと、表面をいやらしくなで回していった。

はじめはやや困惑していたAV男優もいつの間にか、女の子に接するような甘い言葉をささやきながら球体を愛でていた。


「いいねぇ珠美ぃ、もう少し恥じらってみようかはぁ」

先ほどのローションプレイから引き続き撮影していたカメラマンも徐々に珠美の些細な変化が見えてきた気がした。


サーモグラフィーで様子を見ていたアシスタントが興奮した声で言った。

「今、カメラ向かって左側いじってる部分ですが、すこしだけ表面温度があがっています!」

越山はサングラスをとって立ち上がり、皆に聞こえる声で叫んだ。

「おっしゃ!ついに見つけたな!性感帯!そこをいじり回すぞ!」


越山は長年付き合いのあるAV男優 チョロボール向田 を急遽招集した。

越山が絶大の信頼を寄せているその男は、どんな女優でさえもその気にさせてしまう名プレーヤーである。


撮影クルーは、先ほど見つけた性感帯らしきところをマスキングテープでマークした。

向田はその部分を凝視した。

カメラマンも照明もその部分に焦点を当てた。


「温度上がっていってます!」

アシスタントが叫んだ。

「興奮してんだなぁ!かわいいな!珠美ぃ!」

越山も負けじと声を張った。


撮影開始のカチンコの音が鳴った。

向田は目をつむり、マスキングテープで囲まれた部分に唇を当てた。

全員が固唾を飲んで見守った。

20分ほど続いた愛撫の後、向田はバイブを珠美の秘部にあてた。

「ぎぅぃーん!」

金属がこすれる工事現場のような音がスタジオを包んだ。

現場にいた全員が、官能的な音だと認識した。


そのプレイと音は数十分鳴り止まなかった。

汗でびしょびしょになった向田は最後に珠美の秘部を優しくなでた。

越山はそれを確認してカットの声をかけた。



「いったんお疲れ様です。珠美はどうですか?」

越山はバスローブ姿の向田に握手して言った。

「いい感じに仕上がってるよ。次はSMプレイだったけね。楽しみだ。」


越山は飯田に珠美を縛るように指示した。

飯田は困惑の目を向けていった。

「珠美ですがどう縛るんですか?つるっつるの球体じゃないですか。身動きとれない縛り方とかあるんですか?!」

「それは、あれだ、サッカーボールとか結ぶ方法があるだろ、それでいこう。」

飯田はさらに困惑した。

「え、ボールネットのことですか?」

「そうだよ、ボールネットだよ!それに蜂蜜をかけるぞ」

「え、」

「急げ、納期は明日だぞ、できるだけ色んなパターンを組み合わせるんだ!」

「わかりました。」


スタッフが準備している間、越山は昔撮った、嫁と娘の写真を眺めていた。


越山は今回の作品が自身の集大成になると確信していた。

宇宙生命体とはいえ、球体にまでエロスを見いだせる演出家などどこにも居ない。

なによりも他の星との国交を保つための作品として後世に語り継がれるかもしれない。


これでAVという煙たがられる業界から、新境地にいける。

文化人としての名声が手に入る。

そうすると、もしかして、妻も娘も帰ってくるかもしれない。


遠い目をしながら、ささやかな幸せを夢見たその瞬間―――



“ドーンッッ”


大きな鈍い音が響いた。

音源は先ほど珠美をロープで縛ろうとしていたクルーの現場だった。


駆け寄ると球体が半分に別れていた。

どうやら持ち上げた拍子に変な力が入り割れてしまったようだった。


その中身から、人型の生命体が出てきた。

「キョウハヨロシクオネガイシマス」


越山はゆっくりとキャップを脱いで言った。

「よ、よろしく。」


飯田は困惑しながら越山に尋ねた。

「…と、ということは先ほどの珠美のカットはどうしま」

「破棄だよ!珠美なんか俺は知らん!あんなもん最初からただの球だよ!!馬鹿たれが!」

台本で飯田の頭をはたいた。


越山は飯田に指示してディレクターズチェアに向かった。

飯田はスタジオにとどろく声で叫んだ。

「改めてAV女優さん入りまーす!というか入ってましたー!撮影再会しま-す!」

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