確認済飛行少女


 いつでもそう、人がいなくなるまで待ってしまう。


 例えば、放課後の教室——帰り支度をして、生徒や先生が帰宅していくのを待ってから、静まりかえった教室を後にする。五人グループで並んで歩くときなどは、必ず一番後ろからついて行く。


 最後の一人になれないことが、怖い。

 競争心は人一倍あるつもりだった。自分は特別でありたい。他の人に負けたくない。じゃあこれは、選ばれた一番、最初の一人になれないことがわかっているからこその反動——?


 バスケットボールは中学に入学した時から、友人の江嶋桜子と二人で始めた。私たちは下手でもないけど上手くもない、取り立てて特徴のあるプレイヤーじゃなかった。十七番と十八番の控えフォワード——それが江嶋と私の定位置だった。

 でも、三年になってから江嶋はぐんぐんと背が伸びて、センターに抜擢された。ポジションとプレースタイルがマッチした彼女は頭角を現し、十番——控えセンターにまで昇格した。私はまた、十八番をつけたまま一人で待っているんだ。


「岸本、聞いた!? わたしが十番だってっ」


「そりゃあ、よかったね」


 私は喜色満面にはしゃぐ江嶋の脇をすり抜けて、黙々とボールをケースに詰め込む。


   *

   *

   *


 地球が終わる日の夢を見た。

 昼か夜かも分からない、紫色のオーロラに包まれた空。円盤の両面にお椀をくっつけたようなベタベタな未確認飛行物体が、次々と地上を飛び立っていく。

 ママ、パパ、弟、江嶋、友達——皆あれに乗っているだろうか。

 無事に避難してほしいと願いながら、私はただそれを眺めている。草木の枯れ果てた世界を一望する小高い丘で、このまま最後の一人になるまで残って、彼方へ消えていく未確認飛行物体を眺めるんだろう。


   *

   *

   *


「選手交代! 岸本、早く出えや!」


 ぼんやり立っていた私は、先生の怒鳴り声に我に返る。練習試合——メンバーチェンジで私が入ることになっていたんだった。アップを済ませて待っている間に呆けてしまった。

 うちの戦術はオーソドックスなマンマーク。私の相手は五番——ちびっ子だった。


「悪いけど、シュート全部叩き落としてやるよ」


「岸本——」


 江嶋が見下ろしてくる。彼女もコートに立っていた。


「アンタはゴール下で口開けて待ってなよ。私が全部決めちゃうから」


「良いパス、頼むよ」


 そう言って、肩を叩かれた。

 相手のちびっ子にボールが渡ると歓声が上がる。さっきから見ていたが、コートに入るとなおのこと調子を狂わされる。そんなに有名な選手なのだろうか。

 さぁ、パスか——シュートか——ドリブル、だった。外側から抜いてくる。だが、対応できないほどじゃない。江嶋とダブルチームで封殺。身長差もあってできることは無いはずだった。

 足を止めた彼女からボールを奪う。


「え————っ」


 そう思った頃にはすでに、逆サイドに詰めていたフォワードにパスが回っている。いとも容易くレイアップシュートが決まった。まるでその子が来るのを予言していたかのよう。ディフェンスが完成する間際、ワンテンポ早めのパスを出していたのだ。

 今度は、私がオフェンス側でのマッチアップ。ちびっ子を退かせば、同サイドのセンターにいる江嶋へのパスコースができる。


「——あっ」


 フェイントを入れて、彼女を抜き去る。付いてくる気配はあるけど、もう何もできないだろう。私は手を上げる江嶋にパス——ではなく、ミドルレンジからシュートを決めた。


 試合は危なげなく勝利した。ちびっ子からシュートを決められることはほとんどなく、逆に私は1 on 1でちびっ子を圧倒していた。結局、私から江嶋にボールが渡される場面はなく、彼女は相当むくれていた。


 しかし私はもっと腹を立てていた。それは——、


「一対一で勝負しなさいよ!」


 何度も勝ったけれども、一度も負かせなかった。

 ちびっ子はシュートを決めなかったんじゃない——他のプレイヤーをアシストして得点を決めさせていた。

 試合には勝ったけれど、勝負に白黒つかなかった具合の悪さだけが残る。


「岸本さんはバスケ、楽しんでますか?」


「そんなのあんたにゃ関係ない!」


「うーん。それじゃあ、今度ゆっくりデートしましょっか」


「何がデートよ————って、——はぁ?」


「約束ですよ〜」


 ちびっ子はお手製らしき猫型の名刺を寄越して去っていく。その楽しむような声は春の日向を思わせた。


   *

   *

   *


 今日も世界は終わるらしい。

 私はいつもの丘で一人、よくもまぁ飽きずに空を見上げている。

 朝焼けであり夕焼けでもある、星々が黄昏る紫色の空に未確認飛行物体が次々と飲み込まれていく。

 でも、今日は少し違った。

 ゆっくりと少女が空から降ってきた。

 その子は光をたくわえた純白の、長い一枚布のドレス——本当はユニフォーム姿しか知らないのに——を纏っていた。

 ふと思った。私はこの子を待っていたんだろうと。

 この子なら、最後まで一緒にいてくれるかもしれない、とか、そんなことを考えた。


 本当は孤独になるのは嫌なんだ。

 最後の一人というポジションにいて、同じように最後に転がり込んでくる人を待ってるんだ。


   *

   *

   *


 練習が終わった後、一人で歩く江嶋の背中に追いつき、隣に立って腰に手を回す。江嶋は途端に膨れっ面になる。


「試合。悪かった、ごめん……」


「——帰りに焼き芋な。それでチャラにしたげる」


「私も十一番くらいなら、目指してやるよ」


「わたしだって十番で終わる気はないんだけど」


 江嶋の鼻筋の通った横顔が夕日に映える。

 地球は今日も回っていく。私や江嶋、それとあの憎っくき宮古いちかを乗せて。




   ***おしまい***

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