ユリ色、ユリ模様、
白湊ユキ
共倒れ三姉妹
チャペルの鐘が鳴り響く。
荘厳な音色を乗せて、アーチ形の開き窓から吹き込むそよ風に、薄いレースのカーテンがふわりと舞う。窓辺に置かれた花瓶の上、白い百合の花も淑やかに揺れている。
「一目見た時から好きでした」
ふっくらとした曲線を描く唇が、秘めた想いを紡ぐ。
「付き合ってください」
心の熱を伝えるように、薄く紅潮した目元と潤んだヘーゼルの瞳。つやつやの黒髪を左右に分け、濃紺色のセーラーカラーに包まれた撫で肩の前で結っている。
「——わたしたちと」
そこには、冗談みたいにお揃いの見た目をした、————『三人』の少女。
頭の上を飾る、白、黄、赤——、色違いのリボンだけが個性を主張する。
三者一様の告白が向けられた先には、もう一人、見た目の違う少女が棒立ちになっている。ぽかんと口を開けて。
そうなるのも無理ない状況だった。
「————な、えっ!?」
教室の戸口に寄りかかって、その様子を眺めていた私は、そっとこめかみを抑える。
ようやく我に返った少女は、ふわりと軽そうな茶髪をいじりつつ、視線を彷徨わせる。しばらく、三人の少女を行ったり来たりとしてから、最後に私のところで留まった。不意にぴりっとした頬を、ぽりぽりと掻く。「助けて」——そんなテレパシーを受け取っちゃった気がする。
「——ごめん、こいつらバカだから……。嫌ならばっさり断っちゃって」
鐘の音が止んだ木造の教室に、引き攣った「ごめんなさい」が響き渡った。
返事をするなり、茶髪の女の子はそそくさと教室から逃げていった。
残っているのは私と、たった今失恋したばかりの三人娘。
彼女たちは即座に私の前に殺到してくる。
「うわーんっ、また振られた!」
私の正面で膝から床に崩れ落ちたのは、白いリボンの長女——雪子。私の脚にすがりついて、子どものような声で泣き出す。左目に寄り添うように付いた小さなほくろを、ぽろぽろと涙が伝う。
「ふぅちゃんのせいだ。余計なこと言うから」
右肩に取り付いたのは、黄色いリボンの次女——月子。三人の中では一番——といっても半音くらい——低めの声を、さらに低くして恨み言を投げかける。
「ふぅちゃーん、責任とってよぉ」
左肩にしなだれ掛かるのは、赤いリボンの三女——花子。彼女も月子に続いて、非難するような言葉を投げかけてきた。左手で私の頬を小突く。三人の中で彼女だけが左利きだ。
一卵性の三つ子姉妹。身長体重その他測定値は完全に一致。ぱっと見は綺麗に瓜三つで、先生やクラスメイトでも見分けがつかないほどである。かつて初等部の頃は三人とも別のクラスにされていたが、小テストの際、得意科目に合わせて入れ替わりを行ったという不正がバレた結果、今では必ず同じクラスに纏められるようになった。
幼い頃から一緒に遊んでいた私にとっては、皆がどうして区別できないのか疑問なくらいだけど。
ともあれ、外見が紛らわしいなんてのはたいした問題じゃないと思っている。
本当に厄介なのは、好きになるもの、嫌いになるもの——、そのタイミングまでそっくり一緒なことだ。
今までずっと色んなものを取り合っていた。ケーキ、クレヨン、ぬいぐるみ、服、——親の愛情までも。しかし、彼女たちが躍起になればなるほど、『公平に』取り上げられるのがオチだった。
「本気で三人セットで付き合ってもらうつもりだったの?」
「「「うん」」」
「ハモるな、きもい」
「ひどー!」
あれは三人揃って初恋が破れた後のこと。相談して取り合いにならない方法を考えたと言って、私の下に飛び込んできたのを覚えている。
曰く、「全員でシェアすればいいんだよ!」と。
「——どうしてあの子がいいの?」
普通の子じゃん。
「だって、ねぇ——?」
雪、月、花はお互いに顔を見合わせて頬を染める。
「おっぱい大きいじゃんか」
揃いも揃って凹凸のない胸の手を当て、照れくさそうに語る三人。
そろそろ縁の切り時なんじゃないだろうか?
「ちょっと待ってよ、ふぅちゃん!」
追い付いきた三姉妹。私の右手を花子が、左手を雪子が握る。すると、背後で月子が難問を前にした時のように唸り出した。
「仮に付き合ったとしてさー、手繋ぐときどうしようか。——ほら、手が足りない」
「——? 足りてるんじゃない?」
しれっと答える花子。
「ボクはどうすればいいのさ!」
「ああ! なんか自然に並んでたからつい」
「じゃあ、こういうのは?」
そう言って、雪子が背中から抱きしめてくる。空いた左手を月子がすかさず握ってきた。
「——動き辛いんだけど」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「よーし、帰りにボーリング寄ってこー」
「嫌——」
「さんせーい!」
私は賛成してないんですけど。
三人がかりで身体がずるずると引き摺られていく。
「あ。ウチ、大変なこと思いついちゃった」
雪子が私の頭の後ろでバカっぽい声を上げる。
「なになに?」
「おっぱいも二つしかないよね」
——やっぱりバカだった。
「確かに、それは盲点だった! 三等分できないのは困る」
「三人で顔埋めればいいんでね? 柔らかさは同じっしょ!」
やいのやいのと議論する声を、私は仏の心で無視する。通行人がちらちらとこちらを見ている気がするけれど、それも見なかったことにしよう。
「そうかなー。実験してみたいわ」
「うん、実験したい」
三姉妹の視線が私に集中する。
「こっちを見ながら言うなっ!」
三人はそれぞれに笑い声混じりの悲鳴を上げる。その悲鳴は三者三様——、雪子は子どもっぽく、月子は半音低めのトーンで、花子は少し間延びている。
——のだけれど、このニュアンスの違いを友達は誰も分かってくれない。
「あんたら……。もういっそ、牛と付き合えばいいんじゃないの」
「それは無理だよー、何言っちゃってんの」
バカが突然真顔になって否定してきた。腹の底からいらっとする。
しかし、続いた雪子の言葉で怒る気も失せた。
「さすがに、ウチらは草食えないもん」
「そうそう。舌が合わない子と付き合うのは大変だ」
「牛タンはうまいのにねー」
「そういえば、こないだ行ったお店のタンシチュー、また食べたいなぁー」
こいつらの脳味噌は一体どうなってるんだろう。従姉としては、甚だ心配である。
ぼんやりと聞き流していた私の胸元に何かが押し付けられる。
「ひゃ——っ?」
日常感じることのない感触に恐怖心すら覚える。
おそるおそる見るとそこには——。
私の胸に顔を埋める三姉妹がいた。
「ふむふむ」
「これは——」
「まるだね、まる」
これはぼこぼこに殴り倒してもいい展開だ。確実に。
のうのうとセクハラをするバカどもに然るべき雷を落とそうと、私は両手を振り上げる。しかし、振り下ろした拳は空振り。三人が同じ方向に駆けていく。
「止まれ、この三バカぁ!」
「わぁ、ふぅちゃんが怒ったーっ」
「あはは。実験は大成功だねー」
「ふぅちゃんくらい胸が大きければ大丈夫。やったー!」
空振りした怒りはどこかにいってしまう。
縁が切れるものならとっくの昔にそうしている。
けれど、こっちを向いたまま、通行人を奇跡的に避けて走っていく三人を見ていると、どうしたって放って置けない。
きっと私はこれからも見守ってしまうだけ。
彼女たちの恋は共倒れ。三人四脚すってんころりん。
でも、どうせならこっちに向かって倒れてくればいいのに。
そうしたら——、三人とも受け止めてあげるんだけどな。
***おしまい***
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