追憶②
「今日からあんたの部屋はここだよ」
ルーシッドが連れていかれたのは部屋というよりは物置小屋だった。ルーシッドは今まで住んでいた部屋を追い出され、家に隣接する物置小屋をあてがわれた。今までは農機具などを置くために使用していた場所だ。住むために必要なものは何一つ揃っていない。農機具などはどこか別の場所に移動したようで、がらんとして何もなかった。
「魔法が使えない人間を一つ屋根の下に住まわせることはできないんだ。追い出されないだけでもマシだと思いな」
そう言って母親は、寝具として使用するためのブランケットを投げてよこした。
「食事の時になったら呼ぶから、それ以外は家に入るんじゃないよ」
母親が出て行ったあと、ルーシッドはしばらくその場に立ち尽くしていた。自分の身に突然に降りかかったことに、理解が追い付いていなかった。
そしてしばらくすると、目から涙が自然と流れ落ちた。そしてルーシッドは声をあげて泣いた。
どうして自分がこんな目に合わなければいけないのか。魔力とかいう得体の知れないものを急に測られて、それが無いからといってこの仕打ちだ。魔力を持っていない者はもはや人ではないとでも言うかのような扱いだ。なぜそれだけのことで人はここまで残酷になれるのだろうか。
しばらくして、ルーシッドはブランケットを被って抜け殻のようにうずくまっていた。泣きすぎて涙も枯れ、声を出す気力も無くなっていた。母親が食事だと呼びに来たが答えなかった。答える力が無かったという方が正しい。母親は食べたくなかったら食べなくて結構だと捨て台詞を吐いて戸を強く閉めた。
ルーシッドはこのまま死んでしまおうかと思った。誰からも必要とされず、誰からも愛されない、そんな自分が生き続けることに何の意味があるのだろうか。ルーシッドは生きる気力を完全に失っていた。そしてルーシッドはそのまま目を閉じて、意識が無くなるに任せた。このまま深い深い眠りについて、一生目覚めなくても構わないと思った。
その夜、ルーシッドは夢を見た。
それは夢と呼んでいいのかわからないような、あまりにも抽象的なものだった。
朦朧とした意識の中で見た幻想なのかもしれない。
それは微かな光だった。
暗闇の中で微かに明滅する光を見た。
手を伸ばしてそれを掴んだところでルーシッドは目を覚ました。
今のは一体…?
ルーシッドは自分の手のひらを開いてみた。
当然のことながら何もない。
いや、違う。
これは……なんだ?
不思議な感覚だった。
何もないはずなのに、確かにそこに何かあると感じたのだ。
ルーシッドは直感的に感じた。
これは『魔力』だ。
思いを集中させると、自分が生み出している魔力を確かに感じる。
私には魔力が無いんじゃない。
魔力は確かにあるんだ。
無いのは色だ。
ルーシッドは手のひらに全神経を集中させてみた。
「こ、これが……私の力」
ルーシッドは自分の手のひらにあるものを握りながら、思わず独り言を言った。
手の中には、ふにふにとした触感の物体が形成されていた。
感じるだけではない。
確かに見えないがここに存在している。
これが魔力。
何を思ったのか、ルーシッドはその物体を口に運んだ。
もぐもぐと咀嚼して、ごくんと飲み込んだ。
「まずい……というか、恐ろしいくらい何の味もしない。
何の味もしないのに食感はある。うぇ、変な感覚、気持ちわる…。
これじゃあ、妖精も食べたくないよね。納得だよ」
そう考えたら妙におかしくなって笑えてきた。
笑いが止まらなくなって、ルーシッドは声を上げて一人で笑った。
ひとしきり笑った後で、ルーシッドは昨日、もう死んでもいいと思っていた気持ちが消え去っていることに気づいた。
自分は持たざる者ではないと気づいたからだ。
この『色のない魔力』が何の役に立つかはまだわからないが、でもこれがわたしに与えられた力だ。
そう、私だけの力だ。
妖精に好かれていない?
上等だ。
魔力がないから魔法が使えない?
知ったことか。
この力の秘密を探るんだ。
そのためにはどうすればいい?
調べなければ。
まずはこの力について色々実験してみないと。あと、普通の魔力についても調べる必要がある。魔力の仕組みとか魔法の関係性についてもだ。何かこの魔力のヒントが得られるかも知れない。
調べることは山ほどある。
死んでる場合じゃない。
ルーシッドの目に力が戻った。
ぐぅ……
やる気が出てきたら突然お腹がすいてきた。しかし、もう夜も遅い。家族は寝て、さっきのご飯もとっくに片付けられてしまっているだろう。ふと手を見ると、さっき口にした残りの魔力があった。背に腹は代えられない。意を決してルーシッドはそれを再び口に運んだ。
「……まずい」
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