第一戦 VSシリウス
その来訪に、鐘を鳴らして敵を知らせるだなんてことは必要なかった。なにせ、どこにいようとそいつの魂の強さは理解できるのだから。
「タクマ、なにこの冗談」
「敵だ」
「……そうね、飲まれていたら何もできない。私も私のできることをしましょうか!」
その言葉と共ヒョウカから放たれる
しかし、その無駄が天狼のあまりにも強すぎる
そいて、天狼の咆哮が鳴り響く。それと共に瞬間移動のように飛んでくる天狼。それをプレイヤーの一人が命を捨てて一瞬止め、カバーに入ったプレイヤーの
しかし、その体に傷はつかない。純粋に切れ味も打撃力も足りなかったのだろう。鎧に剣を叩きつけた時のように、剣は弾かれた。そして、一瞬右爪がブレるとともにそのプレイヤーの体は切り刻まれていた。
それを攻撃だと感じられた者は少ない。あまりにも速すぎたためだ。
だが、少ないだけで存在しないわけではない。プレイヤー側からは6人。直感、動体視力、想定の内側、様々な理由で動きを見切り見に回る。戦士団側には2人、一人が大盾を構えていつでも動けるようにしてもう一人が弓を引き絞っている。騎士団側は半数以上。だが同時に戦力差も理解したがために、どこで死ぬべきかという思考にリソースが割かれた。
そこが、命の分かれ目だった。
プレイヤーの5人と守られたヒョウカ以外は、最初に食い殺された。次に戦士団の2人以外が全て城壁に叩きつけられ、絶命した。そして騎士たちのほとんどは近づかれ、爪を振るわれて命が消し飛ばされた。
しかし、実力者達は一人一人が自分が攻撃されたと感じた瞬間に繰り出した
そして、畳みかけるように打撃を与えた騎士たち。それぞれの
そして、メガネの短剣使いが一瞬で飛ばされた箇所に先回りして心臓に剣を突き立てる。その一撃は皮膚を確かに貫いた。しかし、筋肉を切り裂くことはできずに、反撃の一撃で頭を飛ばされ殺された。
そして、それまでに与えたダメージは一瞬のうちに修復された。
これまでの狼の集団戦術とは違う。ただシンプルに強いというだけの身体能力のごり押しによって。作られた全力の防衛線は崩壊し、200人以上いた戦士たちはもう30人を下回った。
そして、シリウスにより作られた死体が分解されて飲み込まれていく。今でさえ手が付けられないのに、シリウスはさらなるパワーアップを果たした。
しかし、そこには確かな隙が存在した。戦いの前哨戦を完璧に勝ちすぎたシリウスは、
この国が、このソルディアルという国の人々が今日まで生き延びていたのは特別な力だけが理由ではない。
ただひたすらに、最後の最後まで自分にできることをするのがソルディアルの流儀だったからだ。
それは、死して喰われた戦士たち、騎士たちも例外ではない。
彼らは自分の命がシリウスのモノになる前に、一様に命を燃やし尽くした。
それはシリウスの中の弱い部分もまとめて焼き滅ぼし、その魂の奥にたどりつく道を作り出した。
それは一瞬のことであり、目で見た者は少なかったが、それでも戦う者たち気が付いた。
そこが、死に行った者たちが作った弱所なのだと。
そこは、胸のごくごくわずかな一点。剣先しか差し込めないような小さなものであったが。
それで生き物を殺せるエキスパートが、残った戦士の中にはいたのだ。
故に、
それが誰かを知っているものはその一撃を通すために。知らないものは知っている者からの合図を理解できるように
そして本人は、凪のように静かな心のままに。
そして、その中で自分に最も価値がないと知っている女は、大きく高らかに声を上げた。
「総員! 私を援護して!」
それはMrs.ダイハードの、剣を振る技を持たない女の、いつもの戦いであった。
その言葉に素直に反応するものに対して、ヒョウカは一瞥して右の拳に全ての命の力を込めて見せた。それは温かく輝く、光の力だった。
そして、その力以外のところを見た騎士たちは、それがどれほど強力でも意味がないものだと気が付いた。
力の収束は完璧だ。当たりさえすれば弱点など関係なくシリウスを殺せるだろう。
力の重圧も本物だ。唯一守られたがためにシリウスは本能的にヒョウカを最悪の敵だと見定めたのだから。
だが、その拳には明らかな不自然さがあった。シリウスにヒトの記憶があれば理解できただろう。
つまりそれは、残った戦士たちへのメッセージ。“自分が切り札ではないが、自分の指示に従ってほしい”という願いだった。
それを感じ取り、その冗談のような命の使い方に敬意を表し、この場の戦士たちは一つの意思にまとまった。
「私の道を! 切り開け!」
そういって前に走り出すヒョウカ。その側を離れず守るタクマ。
それを見て切り札を見間違えたシリウスは、全速力で食い殺そうとして、琢磨の剣が軌道上に置かれていることに気が付いた。
それを見たシリウスは、天狼の体を分裂させて軌道を直角に変え回避した。その、込められた殺気の塊に何かあると判断したからだ。
そして、その回避先にさらに置かれている穂先。それはアバターの全力を一点に込めた美しい一撃であり、彼女の全力の
その刺突は生命の力により狼の体に螺旋のように広がる衝撃を与え、その柄をさらに傷の男が全力で叩いてねじ込んだ。
それは皮を貫くことしかできなかったが、背中側の皮の表面をズタズタに引き裂いた。
そこで迷うシリウス。今逃げて修復に回ることは敵に利することではないかと。動いている敵は全力であるが、本命は動いていない。ならばここで引くよりも本命への圧力を高めるべきであると思考を回した。
そして、本命から逃げつつ手札を削るために騎士団へと向かう。あの指揮官は戦いの前から
「「
そこを、残った戦士団の二人は狙いすましたコンビ技にて狙い打った。
大盾の男が放出したのは重力場。盾から天狼へと向かう力は天狼をわずかに鈍らせ、その重力変化すら計算しつくされた矢が羽根から暴風を放って飛翔した。その矢は大気摩擦で溶けながらも、
確実に天狼の背中に傷を与えた。
そこからが騎士団の強さ。次々に「
強力な雷を全身から放った男が天狼の足を止め、それぞれの
人狼の形の名残を残していては勝てないと悟った。
瞬間、解放するシリウスの体以外の全ての命。それはまるで肉の嵐のように顕現し、すべての人を喰らわんと放たれ。
「そ、こ、だぁ!」
命を構成する全てをただの一撃に込めた紅の男、ユージの自爆のような一撃により嵐に隙間ができ、そこに飛び込んでくる最凶の女、ヒョウカ。
飛翔する力がないことを確認したシリウスはすぐに天狼の形に戻り迎撃しようとするが、その瞬間に放たれた今日感じた中で一番の、殺意を超えた鬼の意思をもって放たれた張りぼての風の斬撃によりその反撃を止められ、回避のために人狼の形に戻ったその時
流水のような剣が、僅かに天狼の胸を貫いた。
「これで終わり。
そしてその剣先から放たれる命の水が、天狼の肺を満たす。
それは昨日の剣士。これまで放たれ続けた戦士たちの剣気や殺気という熱が覆い隠した凪の心の剣士。
その少女は、唯一の生態端末を窒息させるという殺し方で仕留めて見せた。総数1000だった群狼は、1000の体を一つに纏めたがために一度の窒息で死に絶えるのだった。
それを仕方なしと感じるシリウス。多くを殺し、多くが殺された。それはもう仕方のないことだからと心を騙す。
どのみち、すべてを殺せという命令だったのだから。それ以外にシリウスの主が願う未来にたどり着くことはなかったのだから。
だから、仲間だった群狼との、自分を信じてくれた人狼とのつながりを断ち切った。
そうして、群体結晶シリウスは狼たちから離れ、主の影の待つ地下へと向かおうとした。
その黒いモヤのような姿こそがシリウスの正体。命を持つものに寄生する結晶の群れ。あるいはその中の極小のコアクリスタル。
それが、今まで狼たちを強くしていたカラクリである。
だが、それは2度のタクマの奮戦により気づかれている。それが何であるかはともかく、それを殺さなければこの世界はゲームオーバーになるという事を。
だから、当然に殺しきるための策は用意してあった。
「「もう、逃がさない」」
それが、この二人だった。
一人は鬼の殺気の少年、タクマ。彼の風の
そしてもう一人は金髪の騎士。そのゲートを潜り、その命を燃やした光の大剣を構え、その技を解き放った。いかなる大魔すら葬ってきた、人間の輝く剣を。
「
その光の美しさを、シリウスは忘れないだろう。
この輝きこそが、命だったのだと。
そう思考して、役割を果たせなかったことに満足しながらシリウスは光に飲まれ、この世から消え去った。体であった天狼と共に跡形もなく。
そして、アルフォンスは体を押して勝鬨を上げる。勝利者として、逝ってしまった仲間たちに誇るために。
「多くの犠牲があった。しかし、これで! ……私たちの勝利だ!」
その掲げられた剣は、まるで聖剣であるかのように神々しく輝いていた。
そして生き残ったプレイヤーの頭の中に流れる《Congratulationsons!》という音声。
これが、この戦いが終わったことを示していた。
「アルフォンス、お疲れ様」
「……体が消えているのは、傷か何かか?」
「……俺たちはどうやら、仕事が終わったら帰らされるみたいです」
「確かに、これから先のこの国を稀人に任せるわけにはいかないか。聖剣も粋な導きをしてくれる」
「だとしても、完全に終わったわけじゃないんでまた来るかもしれませんよ」
「その時は、共にまた戦おう。戦友よ」
「……そうだな、戦友」
そうして、互いに倒れながら無理に体を回して剣を合わせる。剣を合わせ誓う事こそが、この国の騎士の約束だった。
タクマは、ゲームの命とはもう思えなくなったアルフォンスのその姿に、内心で“これは友人扱いしていいのだろうか”と悩み、『あなたの相棒もAIです』というメディの声に納得して、仮面の上で笑った。
そこには、不自然さはあまりなかった。
そんな笑顔を残して、タクマ達残ったプレイヤーは光になって消えていった。
「彼らとまた会うことにならないように、頑張らないといけませんね副団長」
「しかし、まずは徴兵と葬儀を行いましょう。死体こそありませんが、多くが死にました」
「しかし、この国はまだ滅んでいない。
「そうですね、アルフォンス
その言葉を貰ったアルフォンスは、生き残った騎士の肩を借りて立ち上がり、街へと帰っていくのだった。
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