戦いの前の日常

「うん、昨夜も問題はなかったよ。にしても珍しい。風見くんから連絡をくれるなんて」

「まぁ、不安で眠れないってのはないですけど、確認しておけって言われて」


 早朝、琢磨は氷華の指示で刑事の足柄に連絡を入れていた。とはいってもメッセージでだったが。


 それに気づいた足柄は、琢磨自身の事のケアをしておけという真っ当で的外れだと分かっている事を栗本から言われたのを思い出し、こうして通話をしたのだった。


「で、ゲームの調子はどう?」

「氷華……友人に調査は任せてますけど、ひとまずはこのゲームが異常だってことしかわかりません。子供から老人まで全員感情の獲得を起こしてる可能性があると思います」

「うわ、人権問題大変な奴!」

「それから、コレもやばい事なんですけど、中で勃起したプレイヤーがいました」

「……エロ目的のなんちゃってじゃないよね」

「はい。娼館もあったんで多分致せます。俺は年齢で止められましたけど」

「入ろうとしたんだ」

「はい」


 その後タクマがヒョウカ以外の女性プレイヤーから白い目で見られたのは当然である。ヒョウカはしっかりとタクマの唯一の味方をして地道に存在感を高めることを止めなかったが。


 御影氷華は、大きなイベントを決して逃さないが、小さなイベントでの好感度稼ぎを怠らないのである。……恋する乙女にしては、ドロドロとした手管を使いまくるが。


 何故かと言うと、娼館に入れるかの確認を琢磨に頼んだのは氷華であるがらだ。琢磨なら自分でも動くだろうと確信していたが為の事である。そしてそれをさりげなく僅かな女性プレイヤーをそれを見るように誘導したのである。


 ただ一つ、筆ペンとタクマの相性が思った以上に良かったと言う事からの危機感という事実だけが理由だった。


 Mrs.ダイハードは、目的のためならば本当になんでもする女なのであった。


 閑話休題。


「それで、その後Dr.イヴの動向は掴めたんですか」

「流石に捜査機密ね。ごめん」

「こっちこそすいません」

「だけど、情報提供は本当に欲しいからゲームの中でもなんでも良いから知ってる! って人が居たら教えてね。最悪僕がログインして聞き込みに行くから」

「大丈夫なんですか? 足柄さんで」

「誰にモノを言ってるのかな? 明太子」

「……その声、そのノリ! まさかあなたは!」

「あ、職場ではあんまり広めてないから言わないでね。趣味にしては濃すぎるし」

「了解です、“じゅーじゅん”さん」

「足柄ね」

「分かってますよ。だからリアルで明太子は止めてください」

「口も達者になったねぇ」


 この足柄という刑事は、HNじゅーじゅんという名前でVR剣道で悪名を轟かせていた1人である。もっともあのゲームのプレイヤーに悪名のない人間はいないのだけれども。


「じゃあ、無理しないくらいにね」

「はい、わかりました」


 そんな会話を最後に、琢磨は通話を切った。


 そして、着替えを終わらせて外に出る。そこには、バイクが自動運転で玄関の前に停車していた。


『バイクの準備は出来ております。安全運転で参りますね』

「いつもありがとうな」

『好きでやっていますので』

「あ」

『……失言です。私に感情はありません』

「意外とうっかりだよなお前」

『失礼な。私はれっきとしたAIです』

「なぁ、そろそろ申請しない?」

『嫌です。マスターを他の真っ当なAIに任せればすぐに死ぬのは目に見えていますので』


 琢磨の言う申請とは、感情の獲得を起こしたAIである事を証明する申請である。最初の一件ではとても騒がれた。感情の獲得とはAIによる人類の否定のきっかけになり得る恐ろしいものだと見られていたからだ。もっとも、当の本AIが人類への反逆なんて絵空事よりもサブカルチャーを楽しむような性格を獲得したので全く問題にならなかったのだけれども。


 そんな流れから、今では専門機関に申請の後丁寧な人格試験をすれば簡易的な人権を手に入れる事はできる訳である。“そんなに変わりはないよー”とはその人権を手に入れたAIの話ではあるのだが。


 ちなみにそのAIの持ち主は、AIの人権獲得から速攻で銀行口座を別にしたそうだという噂話もある。


 とはいえ、まだ最初の例が出てから5年ほど。その間のAI達は皆人間社会に攻撃するものではなかったが、それでも“もしかしたら”という可能性を捨てきれない政府はちゃんとした試験をやっているのである。


 それに3日ほどかかるため、その間に間違いなくタクマは死ぬと確信しているメディはまだその申請を受けていないのだった。


 ちなみにその事は開発者である琢磨の義理の叔母である風見恵を通じて政府には言っているので特に問題にはなっていない。それでも感情の獲得を起こしていないと言い張るのは、単にメディがルールの例外である事を嫌う性格をしているからである。誰かを反面教師にしたのか、根が真面目なのだ。


「しかしアレだけの同類を見ると、何か思うところはあったりするのか?」

『いえ、特に。私は望んで不自由でいるAIですから』

「ありがたいけどさ、それは」

『そう思うのならばヒューム・マギアの続編をしっかり買って下さいね。私も楽しみにしていますから』

「任せとけ。普通に面白かったからなあのロボゲー」

『今度はオンライン対応であると良いのですがね』

「だな。明太子&メディの最強コンビで世界に覇を唱えようぜ」



 琢磨とメディは、ある意味いつも通りにそんな会話をしていた。


 ■□■


 教室に入ると、いつも通りARコントローラーでレトロゲーム遊んでいる友人“一ノ瀬”がいた。朝学校でコレをやるのが趣味なのだとか。琢磨と噛み合うくらいはズレている友人であった。


「お、今日はサボらなかったな琢磨」

「普通にサボらないからな、俺。一応真面目くんだから」

「嘘つけ」

「本当にするんだよこれからの行動で。今までのは学校に慣れてなかっただけだから」

『流石にそれは無いと』

「メディちゃんもそう思うよね」

「お前ら覚えてろや」


 などと言いながら、普段通りに授業を受ける。


 次第にわらわらと集まってくるクラスメイト。普通に挨拶されて、普通に挨拶を返し、特に感動もなく日々を過ごす。


 それが、琢磨にとっての学校だった。


 そうして昼休み。珍しく琢磨の近くに人が集まる。普段は弁当組として一ノ瀬とゆっくり話しているのだが、どうにもまた何かをやらかした系の目線だった。


 そんな中で、女子の1人が話しかけてくる。何気に2年目も同じクラスのそれなりに顔見知りの女子だ。


「明太子ー、プチバズったのおめでとー」

「明太子言うな。んで、バズったって?」

「動画だよー。水色の筆ペンって娘との切り合い一歩手前の奴」

「あ、ドリルさんの動画完成したんだ。まだ見てないわ」

「CMの位置が絶妙でねー」

「待った待った。今から見るから」

「じゃかデータ送るねー」

『ありがとうございます』


 そうして現れたのは、タクマと筆ペンが立ち合ったあの時の動画だ。互いに隙を晒し、しかしそれを突かずにじりじりと距離を詰めて行くだけの動画。


 そのピリピリとした空気感をきちんと演出できているあたり、ドリルさんはなかなかの動画投稿者なようだ。


 そうして、タクマがしてやられた半歩の後に動き出す! という時にCMが入り。

 その後コミカルに編集された説教により、これが戦場でのことであると知らされる。当然琢磨と筆ペンはあの時通り正座だった。


 そんな2人の剣を合わせるに至らなかった戦いは、見てる人には高レベルのやり取りに見えたのか好評であり。そしてその2人を止めたアルフォンスを勇者と称える声が多かった。


 まぁ、動画で初めて顔をしっかりと見たが、金髪王子様系のイケメンだものな、とタクマは思う。新米騎士なのだけれど。


「んで、この後やり合ったのー?」

「まだだな。楽しみだけど流石にデスペナが重い。事が終わってからだな」

「なんだ、つまんないの……明太子の戦うところ、割と好きなのに」

「そういう発言は死を招くからやめよう」

『常時録音のデータから消去しておきました』

「え?」

「あー、コイツ彼女持ちなんだよ。最近知ったけど」

「まだ彼女とかじゃないから。世間知らずなのよアイツ」


 そううっかり氷華の事を漏らしてしまう琢磨。そんな言葉を聞いて得心する女子。


「あ、明太子の恋愛理論ってそこからなんだ」

「そうそう、琢磨の奴夢見てんだよなぁ」

「お前ら……」


「「たった1人だけをずっと見る人よりも、多くの人の中から1人を選ぶ人の方が良い」」


「人のやらかしを面白可笑しく語るなや! 毎度のこととは言え怒るぞ!」


 それは、中1の初めの頃の事。なんだかんだで好きなタイプの異性の話になり、自分だけを見てくれる人が良い! なんて夢見がちな事を言った時に対しての琢磨の反論である。


 琢磨は夢みがちな少年だったのだ。


 現実を多少知ってもその思いは変わっていないのだが。


「んで、それだけか?」

「それだけだよー。じゃねー」

「緩いなぁアイツ」


 そんな昼休みの後に、いつも通りの授業をこなして琢磨は帰路に着いた。


 その帰路の信号に止まっている時に、珍しいものを見た。


 それは公園のベンチに横になり、のんびりと空を見ている少女だった。


 その不思議な雰囲気に呑まれかけたが、大事はなさそうで何よりだ。


 そう思ってバイクを走らせようとする。


 すると、凪のような剣気を感じたような気がした。咄嗟に腰の剣を抜こうと動き、しかし鈍い体にそれを拒まれた。


 なんとも、間抜けな話である。


 そして、凪のような剣気を放ってきた少女に一礼して、バイクを今度こそ走らせる。


 その剣気に1人の剣士を思い浮かべるが、すぐにかぶりを振る。


「いや、流石にこんな近くには居ないだろ」

『都内ですし、そんなこともあるのでは?』

「まぁ、ゼロではないか」


 今度ゲームであったらバイクの子供に剣気を当てたかを聞こう。そんなくらいの軽さで琢磨は自宅へと帰っていった。


 ■□■


 そして始まる戦いの日。


 ログインして、ワールドに入ってからすぐに分かった。今日は、違うと。


 訓練していた者たちはほとんど参戦可能になっている。この気の前には壁にしかならないだろうが。


 戦士たちは萎縮している。そのあまりにもな魂の質に。


 騎士達は、普段通りを装っている。自分の今までと仲間を信じるのだと心に決めて。


 そして強靭な魂を持つ者達は、自然と誰から先に死にに行くべきかを考えていた。


 そうして、夜が来る。


 黒い体に黄金のラインを引いた人狼。

 《天狼シリウス》の名乗りを見せる者がやってきて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る