第3話 相談関係開始

 柳瀬さんが新しく入って1週間が経過した。

 ホールの仕事を一通り教え終えると、彼女は真面目に毎回のバイトに取り組んでいた。

 まだ危なっかしいところはあるが、それでも一生懸命に頑張る姿はとても好感が持てた。


「ご確認いたします。ええっと、ご注文は○○と△△でよろしいですか?」


 空いた卓の食器を片付けながら、柳瀬さんの行動を見守る。

 柳瀬さんはまだ慣れないハンディを操作しながら、注文を打ち込んでいく。なんとかやり終えホッとする表情が目についた。


「あ、一ノ瀬さん、私何したらいいですか?」


 注文を取り終えたらしく、柳瀬さんはトコトコと俺のところに来て尋ねてくる。


「んー、じゃあ、机に乗ってる食器とか片付けてもらえる?持ち方は教えたよね?覚えてる?」


「はい、大丈夫です!」


 元気な返事と共に食器運びへと向かっていった。


♦︎♦︎♦︎


「あ!」


 ガチャーン!!


 食器の割れる音が店内に響き渡る。

 慌てて様子を見に行くと、膝をついて倒れている柳瀬さんと、何やら文句を言っているお客様の姿があった。


「ちょっと!人の目の前で食器を落とすなんてどういうこと!?破片が飛んできて危なかったじゃない!!」


「す、すみません……」


 ふくよかな身体をしたおばさんが金切り声を上げて、柳瀬さんを責め立てている。

 柳瀬さんはそのおばさんのの険相に萎縮してしまって縮こまっていた。


「すみません、お客様。どうなさいましたか?」


 俺はすぐに柳瀬さんとお客様の間に割って入る。


「ふん、その人が私の目の前で転んで食器を割ったのよ。その破片がこっちに飛んできて危なかったわ!」


 おばさんは俺のことをチラリと見やると、高慢な態度のまま捲し立ててくる。

 確かに破片は飛び散っているが、それでも1メートル程度にしか広がっておらず、大方このおばさんのクレームだろう。


「それは申し訳ありません。今、掃除道具を取りに行かせます」


 とりあえず柳瀬さんがこれ以上責められないよう、彼女をこの場から遠ざけることにした。


「柳瀬さん、事務所にいる店長に掃除道具を取ってきてもらえるよう頼んでくれる?」


「……は、はい!」


 柳瀬さんはすぐに俺の意図を理解したのか、サッと去っていった。

 おばさんの口撃を上手くかわしつつ、店長が来るまでの間、時間を稼ぐ。少し待つと店長はやってきた。


「大変申し訳ありません」


 ペコリと頭を下げて謝罪から入る店長。俺は店長に状況を詳しく説明する。

 色々お客様に文句は言われたが店長の対応もあってなんとか無事解決することができた。


 その後は特に問題が起こることなくバイトの時間は終了した。

 柳瀬さんはバイトの時間が短く、先に帰ったらしい。きっと失敗を気にしているだろう。あとでフォローするか考えながら更衣室で着替える。

 着替え終え、裏口から出るとそこには柳瀬さんの姿があった。


「あ、一ノ瀬さん!」


 どうやら俺を待っていたらしい。トコトコと駆け寄ってくる。


「今日は本当にありがとうございました!凄く助かりました!」


 俺の近くになるとペコッと頭を下げて礼をしてきた。

 わざわざ礼を言いに来てくれるなんていい人だ。


「いいよいいよ。上手くいかない時は誰だってあるし、柳瀬さんは入ったばかりだからね。気にしなくていいよ。それにあのお客さんがクレーマーみたいなものだから、普段なら失敗しても全然問題にならないし」


「ふふふ、一ノ瀬さんは優しい人ですね」


 俺が気遣うと柳瀬さんは嬉しそうにはにかんだ。


「そう?別にそんなことない気がするけどな」


 マニュアル通り対応しただけだし、誰でも同じような対応は出来る気がする。たまたま近くにいたのが俺だったというだけの話だ。


「いいえ、一ノ瀬さんは優しい人です。本当はお礼とかしたいのですが……」


 気にする必要はないと言っても、やはり気になるものは気になるらしい。

 柳瀬さんは申し訳なさそうに少しだけ眉をヘニャリと下げる。


 そんな申し訳なさそうな顔をさせるのはこっちの心が痛む。

 柳瀬さんは俺が話せる数少ない女の子なのでせっかくの機会だし、俺は提案してみることにした。


「じゃあさ、今、悩んでいることがあるんだけど、相談にのってくれる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る