葵とミカの出会い(後編)

「はーーい、皆さん静かにしてね。こちらが、お父さんのお仕事でアメリカから日本に来たミカ テレーゼさんです。

 日本は初めてみたいだからみんな仲良くしてあげてね。じゃあ自己紹介してくれるかな?」


 先生の紹介の後、ミカに自己紹介をお願いされる。

(あーー昨日色々考えたのに忘れた……何て言おう。そもそも日本初めて設定は失敗かな? 日本語バリバリ話せるし)


「あ、えとミカ テレーゼで……デス、あーーと日本初めて……で好きデス、はい」

(なにを言ってんだ私)


「はい、ありがとうミカさん。日本が初めてでこれだけ話せるのは凄いわ。皆さん仲良くしてあげてね」


 先生のその言葉で教室の皆が拍手をする。


 1時間目が終わりミカはクラスの女子に囲まれる。ちょっと遠巻きに男子がチラチラ見ていて、外国からの転校生を見に廊下にも野次馬が沢山いる。


「ねえねえ、ミカさんの髪って自毛なんでしょ」

「ああ、はいデス」

「本物、本物の金髪だよ! 凄くない?」

「染めたのとは違うよねーーきれーー」


「ねえ! 目も凄いぃきれーー! カラコンとは違う本物って輝きだって!」

「えっと目?」


 ミカが不思議そうに上を向くと周囲の子達が歓喜の声をあげる。


「ちょっとやばいよねこれ」

「ほんと、ほんとしかも可愛いしさ。なにこの完璧な子」


「か、可愛い? いえいえそんな私なんかネ」

「もーー謙遜とかしなくて良いのに」

「なんかミカさんって、見た目のギャップ凄いよね! 外国の人と違って日本人ぽい感じ」

「あ! 分かるそれ! 謙遜でさ、ワビサビが分かる感じだよね」

「そうそう、分かってる! 間違いなく分かってるよねぇ」


 皆が笑う。


(あれ? 今どこで笑えば良かったんだろう。難しいなこれ。やっていけるかな)


 ミカが後ろを見ると机に座って本を読んでいる子がいた。こっちには全く興味ないといった感じで視線すら寄越さない。


「あの後ろにいる子は誰ですカ?」


 何人かがミカの視線の先を見て声のトーンを落としてミカの問いに答えてくれる。


「あの子は、葵。まあ色々大変なんだろうけどちょっと暗すぎだからそんな関わらない方が良いかも」

「だよねーー昔は明るかったけどあんな塞ぎ混むなんてね。こっちが気を使うよね」

「仕方ないよ。両親死んでさ、自分は怪我して火傷で手も見せれないんだよ、将来厳しいじゃん。塞ぎ混むって」


 同情してるようで、結構自分勝手な意見を言うこの子達の怖さを垣間見た気がしながらも、葵の事が気になって仕方ないミカだった。


(アオイ、私の昔の名前か……)


 そうこうしてる間に授業が始まり、休み時間の度に人に囲まれ、放課後になったら拉致られるような感じでマッハバーガーへと連れていかれる。


 ポテトを食べながらも葵の事を考える。

(アオイ……話してみたいなぁ。どうすれば良いかな。

 まずこの取り巻きをどうにかしないとなあ)


「ねえねえミカさんって一人っ子? お父さんの仕事ってなにしてるの?」

「えと、一人っ子でス。お父さんは外資系? の会社員でス」

「えーー外資系ってアメリカから来たんだから当たり前じゃん!!」


 皆が笑う。


「あれ? あえっとなんだったカナ……忘れた」


 更に皆が笑う。


 ***


 それから日がたち、葵と話すことなく金曜日になってしまう。

 その日は手続きの為、職員室に呼ばれ終了後、教室に戻る。


 教室には葵が1人窓から外を眺めていた。

 他の子と違い腕にアームカバーをつけ、足も肌が見えないようにニーソックスで隠している。表情も暗く、前髪が長いのも今の状態だと暗さに拍車をかける要因になってしまう。

 窓から外を見る姿もどこか暗い感じを受ける。


(話しかけるチャンス! でも暗いなあ……この世の不幸を全て背負ってる顔してる。だが今しかない!)


「あ、あのーーあ、アオイサン?」


 葵がミカを見る。普通の黒い瞳のはずなのだが深く真っ黒に見える。


「はい、なんですか?」

「あ、ワタしミカ テレーゼデス、アオイサン……よ、よろしくデス」

「知ってますよ。こちらこそ、よろしくお願いします」


 表情も変えずに話してくる。


(ぐわ~~圧が凄い。な、何かないか。そうだ何か誘って話せば良いんだ。よし!)


「う、うどん美味しいヨ」

「??」


(なんでうどん? 昨日食べたから引っ張られた? どうする、ここからどうする)


「ああ、うどんが食べたいんですか。それなら他の人に聞くか、本屋さんに行ってガイドブック買えば良いと思いますよ。

 確か地元のうどんマップみたいなのがあったはずです」

「ありがとウ……」


 そう言うと葵は鞄を抱え教室を出ていく。

 その背中を見送ってしまうミカ。

(あーー失敗だ! 次、次こそ)


 数日もたつとミカの取り巻きも減ってきて、葵に話すチャンスが何度か巡ってくる。


 何度も誘うが玉砕する。


 他人と関わりたくないって感じがヒシヒシと伝わる。


 1ヶ月以上粘っただろうか、あの手この手で誘いついに葵が折れる日が来る。


「アオイ 放課後 コメドコーヒー 行こう……イク ワタシとアオイ イク」


 この頃になるとミカの片言具合に磨きがかかっている。

 そして葵に対してもぐいぐい押せるようになっていた。


「はぁ~分かりました。行きましょう」


 葵が、ため息をついて観念した表情を見せる。そしてミカは感激する。


「オオォ! ありがとウ!」

「なんでミカさんがお礼言うの?」

「嬉しいカラ!」

「そ、そうなんだ」


 葵がミカの嬉しそうな姿を見て少しだけ葵の表情が緩む。


 ***


「おーー! 大きい! メニュー見たときは不安デシタがアオイさんの言う通り2人で別けるので大丈夫そうデスネ」


 ミカが注文して出てきたハンバーガーに感激している。4等分に切り分けられたハンバーガーをニコニコしながら本当に美味しそうに食べる。


「ミカさん、なんで私を誘ったんですか? もっと他にも人はいますよね?」


 ミカがハンバーガをサイダーで流し込む。


「んっと、それはワタシが興味あったからデス。お話ししたかったんダ」


 天使のような笑顔で言う。この笑顔に裏はまずないだろう。

 葵もそれを感じ取りちょっとだけ態度が和らぐ。


「では、何を話しますか? 面白い話は出来ませんよ」

「そーだネ、何でも良いよ。適当に話そうヨ」


 ミカの言葉に葵が目を丸くする。


「え、あんなに誘って適当ってそれでミカさんは良いんですか?」

「うん、良いよ。何でも良いからアオイとお話しがしたいナ」


 そう言うと本当にどうでもいい話を始める。

 こっちの国は寒いだの、昨日食べたパスタがめちゃくちゃ美味しかったとか、うどんのお店特集の本を買ったとか、自動販売機の仕組みを教えて欲しいとか。

 葵も始めは答えるばかりだったが、徐々に話を振るようになる。

 そして本人も気付いていないが少し笑みがこぼれる。


「ミカさんってアメリカでどんな生活してたの? なんだか話聞いてると、何て言うか住んでる世界が違う気がするんだけど」

「えぇっと、うん、箱入り娘だったノサ。世間知らずってヤツ」


 我ながら上手くごまかせたとホッとした表情を見せるミカと、若干疑いの目を向ける葵。


(ふーーなんとか誤魔化せた。話した感じ魔女とかそんな感じはしないけどなぁ。

 命令には一定の距離を置いて刺激を与えず観察せよって書いてたけど無理だ。

 そんなに器用じゃないし。何よりも私がアオイの事が気になる。

 アオイは何か仲良くなれそう。友達になれたら友達2号だね。

 まあ、お義母様も笑って許してくれてるさ)


「ねえ、ミカさん、私の事故の話聞いてる?」


 深く黒い瞳で葵がミカを見つめる。


「事故のこと? 聞いてるよ」


 真剣な話にミカの喋り方が戻るが2人とも気付かない。


「そう、去年の夏にバスの事故で両親が死んじゃって、私は助かったけど、これが」


 そう言って葵が右腕のアームカバーをずらし火傷と、前髪を上げ額の傷を見せる。


「ね、これは大きな傷だけど小さい傷は体のあちこちにあるんだ」


 葵がうつむく。


「気持ち悪いよね、こんな腕とか傷だらけの人間ってさ」


 そんな葵を見てミカは静かに答える。


「アオイ、ワタシはその傷を消すことも、心を癒すことも出来ない。

 アオイの話を聞いて、私の話を聞いてもらうだけ。そして側にいるだけ。それだけが出来るよ」


 葵が潤んだ目でミカを見る。

 ミカも葵を見る。

 しばらく沈黙が続き、葵が口を開く。


「ごめんねミカさん、こんな暗い話して、卑屈になってるのは分かってるんだけど、何て言うか止められないんだ」


「うんうん、謝らなくて良いヨ。あのサ、ワタシはミカって呼んでヨ! ワタシ既にアオイって言ってるけどね」


 ミカが屈託のない笑顔を見せる。


「ミカ……ってなんだか天使みたいだね」

「えっええっと天使じゃナイヨ」


 この日最大の動揺を見せるミカ


「ふふっ、ミカって面白いよね」

 

 葵が初めて笑う。


 ***


 それから2人で出掛ける日が増える。

 その日も放課後ドロールコーヒーへ行く約束をしていた。


「ミカさん今日暇?」


 クラスメイトからお誘いがかかる。


「ごめんなサイ。今日はアオイと約束してるんだ、明日はどうカナ?」


 ミカがやんわり断るとクラスメイトはちょっとムッとした感情を表に出す。


「最近、葵さんと仲良いよね? 話してて楽しい? 同情かなにかならやめといた方がいいよ」

「同情? 葵と話しするの楽しいから一緒にいるんだヨ」


 その言い方に頭にきていたがミカは必死に冷静に務め答える。


「ふーーん、ミカさんの勝手だけどさ。あんまりおすすめしないかなあの子と付き合うのはさ」


「ああ勝手にさせてもらうよ。私は自分の意思で動くから」


 そう言って睨むミカの視線にクラスメイトは後ずさりする。


 可愛らしい姿をしているが、それなりの死線を越えてきたミカの殺気に、殺気の概念がない子でも何か感じ取り押される。


 そのまま黙って去っていく。


(まったく、この世界の子はあんな感じなのか、あの子だけがそうなのか)


 ミカはため息をつく。


 ***


 ドロールコーヒーでコーヒーを飲みながら葵が口を開く。


「ねえ、皆が私のことなんて言ってるか知ってるよね。

 私とあんまり関わらない方が良いよ」


 最近明るくなってきた瞳に影が射す。


「ほら、私さいっぱい傷とかあるじゃん、気持ち悪いし、一緒にいたらミカにも迷惑かけるから」


 目を潤ませる葵に対しミカは必死に訴える。


「か、関係ナイ。傷とかあってもなくても、アオイはアオイ」


 その言葉にも顔を上げず心のそこから絞り出すような、きつくて苦しそうなのにハッキリと聞こえる声が葵の口からでる。


「私の事分かったふり? そう言うのもう、うんざりだよ……」


 ミカは更に必死で訴える。


「ワタシ、アオイじゃないからアオイの気持ちは分からないヨ。

 だからアオイの声聞かせてよ!

 ワタシはアオイにはなれないけド、トモダチになりたい!」


 ミカが立ち上がり、人目もはばからず大きな声を出す。

 潤んだ目で葵がミカを見る。そして小さくもはっきりとした声で謝る。


「……ごめん、言い過ぎた」


 ミカは座り笑顔に戻ると

「じゃあ今から友達ダネ! それじゃあ、次回の予定。マカロンが食べたいヨ!」

「マカロン? なんで?」


「ワタシがアオイと食べたいからサ! 一緒に行こうヨ!」


 ぱあっと明るい笑顔でミカが葵を誘う。


 この時、葵にはミカが本気で天使に見えた。


「うん! 一緒に行きたい。行こうミカ!」


 葵がミカと出会って初めて心からの笑顔を見せる。


「実は調べて来ててサ、気になるお店あるんダ」


 そう言ってミカが鞄から雑誌を取りだしマカロン特集のページを開いて葵とお店の話で盛り上がる。


 マカロン特集の最初のページにマカロンの歴史、意味などが書いてある。


 マカロンの意味……「あなたは特別な人です……好きな人・大切な友人・家族など色々な意味があります」


 その一文に鉛筆でなぞった跡があるのを葵は気付かない。

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