明日へ向かって

決戦前

 天使の町に攻める2日前、天使の町へはここから半日かかる。

 移動時間を考えると皆で一緒にいられるのは今日が最後だ。


 魔物の人たちは戦いに備えて自分の住みかに帰って準備をしている。

 メイさんとアイレさんリエンさんはそれぞれの持ち場に向かって行った。

 ノームさんは前線に壁を張る準備と魔物の連携に忙しそうにしているがたまに戻ってきてはジュースを飲みに帰ってくる。


「後輩! このジュースはどこで手に入るですぅ?」

「それはシベリ族の女性の方が作るんですよ。果実を絞って越すらしいんですけど、絞る果実1種類じゃないらしいんです。秘伝だそうです」

「ふ~ん、あのワンちゃん達はこんな美味しいもの作ってたんですねぇ」


 ノームさんがガラスで出来たコップをしげしげと見つめている。コップの底に沈む果汁の実の欠片を回して楽しんでる? のかな。


「あの~ノームさんのその可愛い格好、どこで手に入れてたんです?」

「これ? 人間界ですよぉ、あっちでこの格好を見たときは衝撃的だったですぅ。一目惚れして買ったですよぉ」


 ノームさんはくるっと一回転して自慢げな顔でポーズをとってくれる。


「へぇ~人間界に行ったことあるんですね」

「後輩の出身だったですねぇ。ごちゃごちゃしてたけど楽しいとこですぅ」


 ジュースを飲み終えるとコップを置き大きく伸びをする。


「ふーーさてノームは準備にいきますぅ。なにせ1番範囲が広いですからねぇ」

「お疲れさまです。いってらっしゃい」


 一旦背を向けて廊下を歩いて行くが、突然足を止め振り返るとグイグイ迫って来て私の頬を人差し指でグリグリしてくる。痛い……


「後輩、お前は弱いですぅ」

「え、はい皆さんに比べれば全然だと思います」

「魔女の中で1番足が速いのはノームですぅ。なにかあれば助けに行ってやるから死ぬなですぅ。ノームの初めての後輩に死なれるのは嫌ですからねぇ」

「はいありがとうございます」


 そう言うと満足したように去っていく。ほっぺが痛いけどいやじゃない。


 ***


 天使の方は、ソフィーさんとカノンちゃんは私の日だまりの森宣言した後すぐ準備の為に帰っていった。

 村の広場でニサちゃんとメサイアちゃんが話をしていた。私を見つけるとメサイアちゃんが走ってくる。


「むっ 葵 日だまりの魔女?」

「日だまりの魔女? 灰の魔女だよ」

「昨日の葵の宣言を受けて一部で、日だまりの魔女って言われてるみたいですわ」


 ニサちゃんが説明してくれる。


「あぁなるほどね。まあどっちでも良いかな」

「そんなものですの?」

「灰の魔女の方が馴染みあるし、ニサちゃんに刺された時に宣言したから思い入れもあるけどね」


 私の言葉にニサちゃんが罰の悪そうな顔をする。これは私が悪かった。本人かなり気にしてたから気をつけるべきだったと反省してたら案の定ニサちゃんが謝ってくる。


「う、あのときはその……ごめんなさい」

「あ、いや攻めるつもりで言った訳じゃ無いんだよ。お互い必死だったしさ。それにあの後すごく謝ってくれたじゃん。今は友達になれたんだし結果的に良かったんだよあれは」

「葵は優しいですわね。わたくしも友達として葵を助けますわ」

「もう助けられてるけど」

「くっ、そう言う事をさらっと言えるの羨ましいですわ」


 ニサちゃんは悔しそうにする。


「むっ メサイアも 友達」


 メサイアちゃんが抱きついてくる。


「そして お母さん」

「おぉ、その設定まだ生きてるんだ」

「ダメ?」


 背が低いのもあるけど上目使いで見られると断りづらい


「うん、うん、そうだね。メサイアちゃんなら良いかな」


 メサイアちゃんの表情がパーーと明るくなる。

 この表情に私は弱い。もうお母さんで良いやと思わせる表情だ。


「おーー メサイア頑張る 後、お買い物行く」

「それは絶対行こうね、メサイアちゃんに服を沢山買ってあげよう!」

「絶対 行く! いっぱい買おう」


 メサイアちゃんをぎゅうと抱き締めながら


「ニサちゃんも来るよね……」

「わ、わたくしも……」

「カレー食べようよ」

「行きますわ」

「約束ね。よし、じゃあ私は行くね。2人で話てたんでしょ、邪魔してごめんね」


 立ち去ろうとした私をニサちゃんが引き留める。


「葵、2日後の作戦でわたくしとメサイア、お姉さまがどれだけ敵の注意を集めるかが成功の鍵になると思っていますわ。出来ることならトリスまで引き付けたいところですわ。だからアリエルは任せましたわ」

「むっ メサイアも 頑張る 期待して」

「うん、分かった。お互い全力で行こうね」

「帰ったら……」


 ニサちゃんの言葉を私が遮る。


「ストップ! 死亡フラグは立てないよ。漫画でなかった?」

「ですわね。危ないところでしたわ」


 この流れの意味が分からないメサイアちゃんを抱き締めながら2人で笑う。


 ***


「ここが前戦の救護室になるとこなんだね。あんまり利用されないと良いけど」

「灰の魔女様はお優しいですね」


 村の一角に作られた簡易小屋にエルフの女性に案内された。

 彼女、エルシリアさんは治癒魔法が使えるのでここに志願したらしい。


 エルシリアさんに中を見せてもらう、サキさんとコルさんがいた。


「サキさん調子はどうですか?」

「戦闘には加われないけど、この村を守る事ぐらいはさせてもらうさ」

「無理はしないで下さいね。まだサキさんの事聞いてませんし」

「あぁ帰ったら話そう」

「あっ、それは死亡フラグなんでやめましょう」

「死亡フラグ? よく分からないけど、まあ私も武器が刃こぼれして使えないのもあるし無理はしないさ」

「お願いしますね」


「でコルさんでしたっけ?」

「はい、コルです。魔女さんはミカ様のなんなんです?」


 毛布をかぶって目から上しか出ていない状態のコルはそのまま話す。警戒されてる?


「なにって友達だけど」

「それ以上ではない?」

「いや、それ以上ってどこに行くのそれ?」


 あ、メサイアちゃんはお母さんになるんだったっけ。


「ふーーなら大丈夫です」

「コルさんはミカに助けられたんだよね。最後まで村の為に戦ってたって聞いてるよ。ミカ誉めてたよ。」


「たまたま最後まで生き残っただけです。みんな一瞬で死んで行く中、たまたま立ち位置が良かっただけです。そして運良くミカ様に助けられたんです。

 ミカ様に会えたのは良かったですけど、なんで私が生き残ってしまったんだろうって、何で私生きてるんだろうって考えるんです」


 目しか見えてないが暗い表情を見せる。


「んーー私も何度か死にかけたけど、ミカや舞に助けられ運良く生きてるだけだし。生きてる理由ってのは分からないね。

 まあ、こうやってコルさんと話せて私は嬉しいよ。生きてないと話せなかった訳だしそれが私の生きてる理由の1つって事で良いかな」


 コルさんが毛布から顔を出して私の方を見てくれる。


「むぅ~コルで良いです。そう呼んでください」

「じゃあ、私は葵って呼んで、足の怪我早く治るといいね。

 それじゃあ私行くね、サキさんとコルまたね。エルシリアさんもありがとう」


 葵が去った後。


「変わった魔女だろ?」

「かなり変わってますが良い人です……ミカ様の次にですけど」


 ***


「晩御飯までもう少しかぁ、ミカはどこ行ったんだろ」


 葵が上を見上げると物見櫓にミカと舞がいたので行ってみる。


「2人ともここにいたんだ。探したよ」

「あぁ、葵。あたしもミカがここにいるの見つけてさっき来たんだ。ミカはすぐ高い所に上るからな」

「ちょっとマイ、それ私がバカだって遠回しにいってる?」

「ああ、言ってるよ」

「なにーー!!」


 2人が額をこ擦り合わせていがみ合う。そんな姿が微笑ましい。


「2人とも凄く仲良いよね」

「まあ付き合い長いしな」

「1000年以上だっけ? 途方もないね」


 私の言葉にミカがニシシと笑う。


「マイは命の恩人で育ての親みたいなもんだからね。何回か変なもの食べさせられて殺されかけたけどね」

「それは悪かったな」

「なんかいいなぁ、友情って1000年でも変わらないもんなんだね」


「100年会わないとかあるけどね。それでも久々の再会ですぐ元に戻れる位馴染むと言うか、うーーんなくてはならない存在?」

「ミカ、以外に恥ずかしい事言うよな」


「私もなれるかな?」

「なれるよ。今以上に仲良くなれると思うよ」

「だな」


 沈黙がちょっと支配するけど私がすぐに破る。


「私さ、人間界からここへ来るとき、アリエルに話を聞いて今後を決めるって言ったけど、流れに流されまくって明後日戦いだなんて想像もしてなかったよ」


「誰も分からないよそんなの。門からバラバラになって無事再会出来たと思ったら突入! とか。」


 ミカに続き舞が村を眺めながらしんみりと話す。


「みんな心の底に疑問はあるもんだよ。それでも答え求めて進んで、成功しても失敗してもなにかしら後悔が残る。本当に良かったのかって。

 それを悔やみ続けるか、または忘れていく。何年生きても変わらないな」

「何年生きても、心って不器用なんだね」

「変わらないね」

「あぁ変わらないな」


「おっといけない、しんみりしすぎた! 明後日みんなで頑張ろう。

 この戦いが終わったら人間界行ってみんなで洋服でも買いに行こうよ!」

「いや、それはいい」

「遠慮する!」


 2人が即否定する。


「なにぃ~! ここは嫌でもおーー! とか言うとこ! ほら言う!」

「おぉーーーー」


 やる気のない気合いが空に響く。



 後で気づく、私死亡フラグ自分で立ててるじゃん!


 ***


 私はミカ達と別れ1人高台から森を眺める。

 いや1人じゃないか。


「イグニスなんかドキドキするね」

(ぼくもドキドキしてます)


「他の子達と話し出来た?」

(はい、皆さん良い方でした。もぐらさんが謝ってましたよ。うちの子がごめんねって。あ、水毬みずまりさんが必殺技名叫ぶの止めたか? って聞いてました)


「おぉ、リエンさんとこの水毬ちゃんはご主人に似て厳しいのね」


 苦笑いをしながら視線を森に戻す。夜風が気持ちいい。


「ねえ、明日から出発だけど宜しくね」

(はい、頑張ります。ぼくはいつでもご主人さまと一緒ですから)

「あれ? 寄生って言わないんだ?」

(ぼくも成長してますからね)


 ここまで心の中での会話。この会話にも大分慣れてきた。

 もう一度森を見渡す。私が支配する森だ。


「支配が決まっていきなり大きな戦いになるけど頑張らないとね」

(はい、一緒に頑張りましょう)


 魔界の森、これから私が生きていく森、言わば家になるであろう場所。ここには多くの者が住んでいる。

 まだ来たばっかりだけどそれなりに思い入れはある。これからもっと好きになりたいから守らなきゃ。


 深呼吸をして森の空気を吸い込み緊張を和らげる。

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