灰の魔女の庇護

「それは裏切るということか」


 そうアイネ隊長に聞かれた。

 メサイアは一瞬悩んだ。アイネ隊に入って20年は経っている。

 まだ会ったばかりの葵についていく。それは普通に考えればおかしい。


 お母さんの壊れた笛の音を聞いて来てくれた葵。

 お母さんの温もりを求めた、それもある。


 でもそれ以上に葵についていく事で何か変われる感じがした。年齢は320を越えているが、軍に入り、アイネ隊に入り何が変わったか……ただ生きていく為に命令を遂行し、これが何の為の仕事か分からず漠然と過ごしてきた長い時間。


 上手くコミュニケーションがとれてない自覚もある。皆と違う格好で浮いてるのも分かる。

 それでも皆がメサイアを必要としてくれるのは、戦闘能力と癒しの力のお陰。

 

 メサイアはなんなんだろ? 天使? 分からない、葵についていく事で分かる気がする。

 他の人からみたらおかしいと笑われるかもしれない。もはや勘としか言えない。メサイアは今までの生き方を否定してでも、もがいて答えを出してみたい。


「…… そう! メサイアは 葵と一緒にいる」


「スウォナーレ」


 斧の召喚と共に天使の兵が2人斬りかかる。

「デュオ」2本の斧で受け止めるとアイネがメサイアの首を狙って斬りかかる。

 それを葵が受け止める。


 そうなんだ……何年一緒にいても簡単に斬れるんだ、裏切っといて自分勝手なのは分かるけどメサイアは苛立ちを覚える。


 メサイアは受け止めた斧を反らし左右で受け止めている剣をずらす。メサイアを斬る為に入れていた力が反らされバランスを崩す天使兵の2人。


「デュオ トルメンタ」


 2本の斧を体を回しながら縦に円を描く。空気が震える。

 斧の斬撃と音の斬撃2人の天使はズタズタに引き裂かれ絶命する。


「よくも!!」


 残りの天使が上から1人斬りかかりもう1人が弓を引いている。


「ソヌス ラクエウス」


 斧を斬りかかる天使兵の方へ突き出すと、ボーーーンと低い音と共に空間に波紋が広がる。

 その波紋に阻まれ空中の天使兵は動けなくなる。

 その天使兵の腹に斧を突き立て振り回し、弓を引く天使兵の方へ斧ごと投げつける。

 2人の天使兵が重なる瞬間、羽を展開し猛スピードで突っ込んでいくメサイアが大きな斧を召喚し縦に振り抜く。


 2人の天使兵はそれぞれ真っ二つになり崩れ落ちる。


「むっ メサイアは決めた! 天使をやめる!」


 血の付いた斧を振り血糊を振り払いながらそう宣言する。


 ***


「メサイアーー!!」


 部下を殺され怒り狂うアイネ。魔女に剣を止められてから一瞬の出来事だった。

 いつもぼーーっとして、任務もなんとなくこなしていたのは知っている。やる気のない感じに正直イライラしたこともある。

 それでも戦闘力と特に癒しの力は必要な力だった。

 前線において自分の身を守りながら仲間を癒せる存在などそういない。アイネの隊にしかいない希少な存在。他の部隊より優れている為の存在。

 なのになんだあの動きと目、アイネの知るメサイアではない。


 ***

 

 アイネとかいう人かなり怒ってるなぁ。まあ部下を殺されたのだから仕方ないのだけど。

 それと、メサイアちゃんの天使をやめる宣言は私になにかを求めているのは感じてる。

 その求めに答えれるかは分からない。だけど私も精一杯はつくそう、結果は分からないけど。

 私は意識をアイネに戻す。


「アイネさんでしたっけ。メサイアちゃんを殺そうとしたんですよね。ならこの結果も覚悟してたんじゃないんですか?」

「うるさい! 私の部下を殺したんだぞ!」

「メサイアちゃんは? 部下じゃないんですか?」

「裏切ると言った時点で敵だ。魔女や魔物と同じだ!」

「じゃあなんで魔女と魔物は敵なんですか?」

「天使が正義に決まってるからだ!」


 ……この時点でこの人と話し続ける意味はないのは分かった。

 でも、もう1つ聞きたいことがあったので訪ねる。


「私はアリエルさんに会って聞きたいことがあるのでここに来ました。あなたの考え方はアリエルさんも同じですか?」

「魔女がアリエル様に会えるわけないだろ。20年程前に火の魔女がアリエル様に楯突き返り討ちにあったんだ! お前も一緒の道を辿る! 今ここでな!」


 若干質問の答えとずれてるけど、まあなんとなく分かった。

 思わぬところで火の魔女、ミーテさんの事も聞けたし。アリエルに会うのは難しそうだなってのも分かった。

 アイネが興奮するのと反対に私の心が冷えていくのを感じる。


「もういいだろ!」


 そう言ってアイネが剣を振る。私は避けるが刃先が当たり頬が少し切れる。


「魔女相手だ最初から本気でいく、リング」


 アイネは天使の輪を召喚すると剣に通す。


「エンチャント トロンベ」


 アイネの剣が竜巻で覆われる。その剣で斬りつけてくる。

 避けてはいるが風の効果か空気が私の身を切る。


「エンチャント ヴァッサー」


 剣が水で覆われ、水の刃を飛ばしながら、自らの剣でも斬りつけてくる。アイネの流れるような太刀筋と水の刃が飛び交う。


「爆」


 私はイグニスを球状にして投げると爆発させ水の刃を吹き飛ばす。 


「エンチャント フランメ」


 イグニスの爆炎を剣で絡めるように斬りながら剣に火を宿す。

 その剣を振り私の腕に傷をつける。血が流れる。


「火の剣でも灰の魔女切れるんだな」

「痛いものは痛いし、熱いものは熱いよ。当たり前。魔女は無敵ではないよ」

「そうだな、アリエル様が火の魔女を討たれたのだから倒せるのは当然だな。私は少し魔女を過大評価して恐れていたようだ」

「エンチャント グルント」


 アイネの体全体が光る。恐らく防御力が上がったというとこかな。


 私は攻撃を避けながらも考えていた、今後のことを。アリエルに会って話しを聞ければ早いが相手は会う気はなさそうだ。


 それになんだろう、このアイネという人強いけどなんか違う。天使達の本当の強さはここではない気がする。

 トリスはもちろん、ニサちゃんやメサイアちゃんの戦いで感じたなにかが、この人には無い。


 そのアイネの攻撃を避け続けているが、攻撃出来ないのではなくのだ。


 天使の1部隊いちぶたいの隊長の強さはこんなものなのかと感じていた。今まで人間界でやられていただけの私。でも今は違う負ける気が全くしない。

 この人をいつでも殺れる。変な余裕を持っていた。

 この世界で生きると決めたから相手の命を奪う、私はどこからか壊れたのか、元からなのか罪悪感を感じていない。


 心の中のもっと奥から黒い感情が思い付いてくれる。「殺すよりもっと最悪かつ効率的なことしよう。アリエルに対してもこれなら私の言葉が届くはず」 



「イグニス」


 イグニスを体の内から発現させる。

 火の粉を舞い上げ空気をねっし始める私にアイネや周りで見ていたドワーフ達までもが動揺し始めたのを感じる。


「な、お前手加減していたのか!ふざけて!」


 アイネが剣を握ると同時に私は右足でアイネの首もと目掛けて蹴り下ろす。


「剣に蹴りだと!」


 アイネは剣を私の足目掛けて振り上げるが私の足は切れること無く剣と足がぶつかる。


「なにぃ……」

「爆炎塵華」


 ズドーーーーン!!


 足と剣の間で爆発が起きる。アイネは吹き飛ぶ。


「グッッッ! なにが」


 吹き飛んでも剣を離さないは流石だと思う。


 ザシュッッ!


 乾いた音が辺りに響く。

 イグニスの剣が火の軌跡を残しながら振り下ろされるとアイネの右手が剣と共に宙をまう。


「があああああ!!」


 右手を押さえもがくアイネに冷たくいい放つ。


「傷は焼いてますから出血はそうでもないでしょう。このまま帰ってアリエルさんに伝えて下さい。

 まずこの村を私、灰の魔女の庇護下とします。今後、私が庇護する場所を攻撃するなら叩き潰すと。灰の魔女は天使の敵になると!」

「ぐぅぅ、お、お前は……必ず殺される……アリエル様がお前をぉぉ」

「人任せですか? アイネさんがやるんじゃないんですね?」


 ニッコリ笑いながら答えてみる。

 我ながらサイコパスだ……とは思ってる。


「グッ、魔女が……」


 そう言ってアイネは羽を展開し、よたよたと飛んでいく。


 ふーーー疲れた。精神的に……。

 これで良いかったかな。恐らく天使達は魔女を敵にしたい、でも他の魔女達には全く相手にされない。

 なら中途半端な私を狙って覚醒を促し敵に仕立てたかったはず。

 人間界での魔物と今のアイネ、強さを考えるとまだ準備段階の様な気がする。直ぐには仕掛けてこない可能性は高い。


 ならあえて私の方から宣戦布告すれば相手の動きがみれるはず。準備できていればすぐに動き出すはずだし。そうでなければこっちもなにか考える時間があるって事だ。


 まあ、結局相手の思惑おもわくにのせられてはいるんだけどね。


「むっ 癒しの光」


 いつのまにかメサイアちゃんが来て傷を治してくれる。


「これ本当に凄いね。あっという間に治るよ」

「むっ メサイア 便利? 必要? 一緒にいる?」


 なんとなくだが、今までこの子がどう扱われてきたか分かった気がする。


 私はメサイアちゃんを抱き締める。


「私にはメサイアちゃんが必要。便利だからじゃないよ。メサイアちゃんが好きだからだよ」

「むっ ……」


 抱き締められたまま胸で顔を擦りながらごそごそしてるけど、そっとしておこう。

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