マイと火の魔女

「本当に1人で大丈夫ですの?」

「ああ、大丈夫だって。多分唸ったり叫んだりするかも知れないけど気にするな。いつもの事だ」

「でしたら尚更……」

「慣れてるから良いって、それより見られるの恥ずかしいだろ。

 それにこれを見ろ! 水やら食べ物やら準備万端だし森で1人食べるより安全だ!」

「それはそうなのですけど……」

「はい、はい、出て行った」


 扉の前でニサは舞を心配して必死に食い下がるが、抵抗虚しく舞に押され廊下へ出されてしまう。


「何かあればすぐに呼ぶのですよ!分かってますの舞!」


 そう言ってニサは鍵のかけられた扉の前を離れる。



「さて、食うか。この感じ、いつになっても慣れないなあ」


 舞は生の雷鳥の肉を一切れ食べる


「モグモグ……以外に何もないな……口の中ピリピリするけど」


 一切れ食べ終わりもう一つ食べてみようと手を伸ばす。


「ん?」


 腕が動かない……ビリッ!!

(声が出ない、痺れてる? これは、まさか全身にくるやつか!)


 普通魔物を食べた場合、体の一部が変化する。熊のように手と足に出す場合は複数に分けて食べる。


(今まで全身に来たのは血を操る魔物を食べたときぐらいだった。そのときは生死をさ迷ったっけ)

 

 ガハッ!


 血を吐く。見れば体のあちこちにヒビが入り血が流れ出している。


(あ~こんなに汚したら、ドワーフに怒られるな……)


 そんなことを考えながら意識は無くなる


 ***


「んだよ、友達1号って」


 マイは森の木の枝に寝そべっている。


「さて、今日もあいつのとこ行くか」


 枝から飛び降り、その辺で拾った木の棒を振り回しながら天使の町へ向かう。


「今日は何くれるかな? お菓子ってうまいんだよなーー」


 段々天使の町が見えてくるといつもの様に正面からではなく一度森に入り裏から中へ侵入する。


 元々魔物が町に入るのは禁じられているので警備が厳しい。

 日頃から裏へ回り見つからないように侵入していたから町の変化に気付くのが遅くなった。

 アオイの住む屋敷へ向かおうと人気のない住宅地の裏道を通っていたマイは鼻につく匂いでようやく異変に気付く。


「血の匂い?」


 世の情勢など全く分からないマイだったがアオイに何かあるかもしれないそんな嫌な予感がした。


「アオイの無事を確認しなきゃって……いや何でだよ」


 一瞬心配になった気持ちを振り払う。魔界の森では当たり前じゃん。これでアオイが死んでも本人が弱かったか運が悪かっただけだ。

 

 昔のことを思い出す。よく一緒につるんで狩りをしていた魔物の子。

 いつもの場所で狩りをしていたら、大きな熊みたいな魔物が現れマイは大怪我、その子は目の前で食べられた。

 あいつもあたしも運が悪かった、ただあたしの方がちょっと運が良かっただけだ。

 だから生きている。

 マイは来た道を戻り始める。


(アオイ、いなくなったらお菓子もらえないな、ついでに遊べないか……まあ、仕方ないな……)


(そう言えば昔、魔物に襲われたとき、あいつなんか言ってたな……)


 朧気おぼろげに思い出す……魔物に爪で体を裂かれ血だらけのあたしに向かって、魔物の子は熊の魔物に食われながら何か言ってた……


「……て」


 …………もう少しでなにか


「に…………て」


 ………………口の形を思い出す


「にげて!」


「!?」


 マイは振り返りアオイの元へ走りだしていた。

「何が運が良いだ! 助けられただけじゃねえか! 何で忘れてんだ、バカかあたしは!」

 

 あの子を失った後の全てが空っぽになった感覚。忘れていた!

 長い時間が痛みを忘れさせ、記憶を良いように書き換えていたのか!


「もうあれは嫌だ!」


 走り続け屋敷の前に着く。

 血の匂いが濃い

 扉は開いていた。中に入ると大量の天使の死体が広がっている。

 死体を避けながら、もしかしたらアオイがいるかもしれないと探しながら進む。


 3階の廊下に他の天使より立派な鎧を着ている天使がバラバラになって死んでいた。


 そのすぐ先にリングを握った見慣れた小さな手が落ちていた。

 その先を見ると


「ア、アオイ?」


 かつてうっとうしい位にマイにつきまとっていた女の子は、もう立つことも、手を握ることも出来ない体になっていた。


「アオイ……」


 血だらけの女の子に触れる

 ビック……反応がある! 生きてる?


「おい、アオイ!…………っつ!?」


 思わず抱きあげマイは絶句する。

 目が切られている……


「なんだよ、これ……」


 涙が頬を伝う。


「なんで……なんで……」


 舞はアオイを手に抱えたまま膝から崩れる。涙が次から次へと溢れ止まらない。


「魔物の子が、天使の子の為に泣いているのですか?」


 ふいに後ろから声がする


「んだよ! 悪いか!」


 そこには赤い髪の毛を肩まで伸ばした優しそうだが、どこか悲しそうな目をした女の人が立っていた。


「お前誰だよ! お前がこれをやったのか!」

「いいえ、私も魂の火が消える声を聞いて今来たのですから」


 マイの敵意むき出しの声に穏やかに答える。

 不思議と落ち着く声にマイも冷静さを少し取り戻す。


「魂の声ってあんた何しに来たんだよ」

「助けられる命があれば助けようと思って来たんですが、皆肉体から魂が剥がれるのを待つだけみたいですね」

「助ける命!? なあ、あんたこの子助けられないか!」

「この子を……」

「なあ何でもする。あたしの命がいるってんならやる!」

「それは本末転倒でしょう。貴女が死んでは意味がないですよ」


 舞の必死な姿を見て、女の人は何かを決意したように語る


「……魔物と天使の貴女達なら何か変えてくれるかも知れませんね。じゃあ約束をしてください」

「約束?」

「簡単です。私がいたことは誰にも言わないこと、この天使の子を信じて友達であり続けることの2つです」

「そんなので良いのか?」

「そうだ! あたしから1つお願いがある!」

「なんでしょう?」

「えーと、腕とかお腹とか目立つ所に消えない印を付けて欲しい! あたしバカだからすぐ忘れるんだ。悲しい事や大事な事も! このこと忘れたくないんだ! ナイフとか刺すのも自分じゃ手加減しちまう!」


 マイの提案に乗り気でない雰囲気を出すが、真剣にお願いする彼女を見て諦めた表情になる。


「あんまりお勧めしない方法ですが……良いでしょう。ただ肩にしましょう。少しでも目立たない方が良いですよ女の子ですから」


 女の人は屋敷中の魂を使ってアオイに注ぎ込む。

 死体から剥がされた小さな魂が火の様に燃え集まりそして混ざり少しづつ大きな火になっていく。

 死体から剥がれ集まるときに残る火の軌跡が幻想的で美しさすら感じさせる。

 彼女の力なのか手足の切り口も火が燃えると引っ付き、目の傷も消えてしまう。


「手足は無理に動かしてはいけませんよ。あとしばらく記憶が混濁しているでしょうけど優しく見守ってあげて下さいね」

「ありがとう……本当にありがとう……」


 マイは泣きながら感謝を述べる。


「そうだ、さっきのお願い、印をつけるってやつ」

「本当にやるのですね。それではもう1つだけ私もお願いを追加して良いでしょうか?」


 女の人は右手の人差し指を立ててマイにお願いをする。

 アオイを助けてもらって断る理由のないマイは頷いてお願いの追加を承諾する。


「もし、私に何かあれば貴女を頼らせて下さい」

「ん? 何かあるような言い方だな、でも良いぜ! いくらでも頼ってくれ!」

「頼らせていただきますね」


 そう言ってマイの右肩を背中側から焼く。マイの肩から煙が上がり、マイの顔が熱さで歪む。


「出来ました。しばらく水膨れが出来るでしょうけどちゃんと消毒して下さいね」

「あつつ、ありがとう、そうだあたしはマイでこの子はアオイって言うんだ。あんたは?」


「私は火の魔女です」

「魔女って名前ないのか? あたしはアオイに付けてもらった『マイ』って名前があるぜ!」

「ふふ、いい名前ですね。私はミーテ、よろしくお願いします。マイ」


 火の魔女、ミーテは優しく微笑む。

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