灰の魔女 ~アオイ日だまりへ~

功野 涼し

プロローグ

      宙に舞う人、物



 どっちが上で下かも分からない。鉄のぶつかる音やガラスの割れる音、悲鳴なのか怒号なのか……もうすべてがぐちゃぐちゃで自分が何なのかも分からない。


 もう何回ぶつかったかも覚えていないし、最初痛かった右足の感覚もない。手も何処にあるか分からない。


 薄れ行く意識の中で、弱々しくもはっきりとした声で


「生きたい……?」


 そう聞こえた。その声に対して


「生きたい!」


 とそう叫んだような気がする。


「私の魂……足りない……ココ……魂を混ぜ……あなた……いかす……」


 その言葉を聞き終える前に


  ガシャーーーーン!!


 大きな音を最後に意識は飛んで、気が付いたのは病院のベットの上だった。


 * * *

 

 私が覚えているのはこれだけ、それに後半の「生きたい?」の声が聞こえたなんて信じてくれないだろうから誰にも話したことはない。

 

 高校1年の夏休み、お父さん、お母さんと私の3人でバスツアーを利用して旅行に出掛けた。

 その途中バスがガードレールを突き破って崖から転落して乗客、乗員38名中生存者1名。

 事故の原因は、運転手がスケジュールの遅れを取り戻そうとしてスピードを出し過ぎたことによる運転操作ミスらしい。


 この事故があってから暫くは、「旅行会社の無理な運行計画!」「バス会社の勤務体制問題!」などの話題がテレビや新聞を賑わせた。

 

 生存者1名、それが私なのだが当時「奇跡の生存者!」とか言われマスコミに囲まれたりした。


「運転手の様子は? おかしいところはなかった?」

「お父さん達いなくなって悲しいよね?」「ツアー会社に何か一言!」


 そう質問攻めにあい。ときには亡くなった人の遺族を連れてきて写真を見せられ「この子の最後の様子を教えて欲しい」何てことも聞かれた。

 事故のことはほとんど覚えてないし、正直私のことはほっといてくれって感じだった。

 

 ただ人の噂も45日とは言ったもので暫くして他の話題が世間を賑わせた始めると、徐々に私の周りも静かになっていった。

 あの事故の原因がどうとかはあまり気にしていない。お父さん達がいなくなってしまったのは悲しいけど、どこか信じられない自分がいる。


 退院した後の葬儀では周囲が心配するほど泣いて、それから数日間塞ぎこんで泣き続けた。

 でもあるとき体の芯からぽわっと暖かくなったら涙が枯れたようにピタリと止まり、悲しい感情がごっそり落ちた感じがした。

 

 それから更に日がたち、私は体の異変に気付く。そのことに驚き、不安を感じながらも、それがあったことによって悲しみから少し目をそらすことが出来たのも事実だった。


 ***


 私の名前は 日向ひむか あおい 現在16歳の高校2年生。


 若干オタクが入っているが、「○○入りドリンクがきてる!」「今年流行る絶品スイーツ!」とか聞けば友達と並んで手入れSNSにあげたり、ファッションの流行を追いかけたりする普通の女子高生だった。

 

 あの事故で病院へ搬送された私は、お腹と左上の額は切れ、右足のふくらはぎには大きい鉄の破片が刺さりあちこちに細かいガラス片なんかが食い込んでたらしい。

 中でも右腕は肩から手首まで激しく火傷を被い皮膚移植までしている。


 額の傷を隠すため前髪は伸ばし、足の傷はニーソックスで隠す。腕の火傷は日よけ用のアームカバーで隠している。

 もちろん学校に許可をもらっているのでアームカバーつけたまま学校に行ってるしプールの授業なんかは免除されている。

 この傷痕を見るとあの事故が現実だったんだと実感する。

 

 バスが転落して落ちたときより落ちた後の火災で亡くなった人の方が多いと言われている状況で右腕しか火傷していないのは奇跡的なことだと言われた。


 この右腕、退院したときは移植後や皮膚の変色なんかで酷い火傷後って感じだったのだけど、だんだん黒いところが出てきて文字みたいになり、今では肩から手首までを螺旋状に巻いている。

 病院の先生からは火傷後の変色で問題は無いって言われたけど「本当?」って感じだ。

 

 それで本題。体の異変についてだが、まず身体能力めちゃくちゃ(私的に)上がった。

 測ってはないけど100mを10秒台前半いくんじゃないかって位速くなってるし、フルマラソンは余裕で走れる体力に、近所のブロック屏(推定1m)を助走無しで飛び乗れる。

 後、目が良くなった。前はコンタクトを着けていたけど今は無くてもハッキリ見える。

 

 そしてなんと火が操れる!


 今住んでいるアパートが停電になって、オール電化の影響をもろに受けた日。備えてあったカセットコンロで温めていたレトルトカレーの袋を取りだそうと右手を伸ばしたら突然コンロの火が大きくなった。

 あわてて手を引っ込めると火は元の大きさに戻った。


「ガス漏れ?」と思ったけど恐る恐るもう一度右手を伸ばすと火はまた大きくなる。

 ただその火は攻撃的ではなくなんとなく優しい気がした。火の勢いが増したのも「燃やすぞー!」ではなく「気づいて!」って感じだった気がする。


 試しに火に向かって「右に傾向いて」って念じたらコンロの火が一斉に右へ傾いた。偶然だろうと「今度は左!」やはり左へ傾く。「炎を大きく」と念じれば2倍位の大きさに大きくなった。

 ただ正直分かりにくい。火を操ってるように見えるが空気が動いて、たまたまそう見えただけの気もする。


 ちょっと考え、少しオタクな私(自称)はベタベタな火の技で炎が渦を巻く「ファイヤートルネード」をコンロの火に実行させることにした。

 炎が渦を巻けば流石に空気の流れのせいとは言えないだろうと思い実行に移す。


 そこでふっと思う


「呪文的な物はあった方が良いのか? 雰囲気が大事かも……」


 いやでも、なに、呪文て


「コンロの炎よ 我が呼び掛けに応え敵を焼き尽くす炎の渦となりて今ココに ファイヤートルネード!!」


 とか……うん恥ずかしすぎる。というか痛い。


 そもそも火が渦を巻いたら凄いけど多分巻かない。その後この鍋に入っているレトルトのカレーを暗い部屋で食べると思うと余計に虚しくなる。ココは普通な感じでいこう。


 火に向かって「炎の渦……こうぐるぐるって感じで~」と呟きながら右手をかざし


「ファイヤーとりゅ……」


  噛んだ!!!


 恥ずかしい気持ちのままコンロを見たら火が鍋を包むようにぐるぐる回ってる……。


「えっ…なにこれ」


 よく分からない。しばらく火はぐるぐる回っていたけど疲れたようにゆっくり元の形に戻っていった。


 それから数日、コンロやライター、マッチなんかでも試してみたけど間違いなく火が動かせる。

 ただ自力で火を起こすことは出来なく火そのものが必要、火の勢いを2倍程度にするのと火が動かせるだけだと分かった。


 正直身体能力が上がったのを除けば微妙な能力、使い道も手品位しか思い付かないし、人に話すことでもない。あっ、キャンプでは使えるかも。


 ちなみに鍋で温めていたレトルトカレーは超熱々だった。

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