第2話 土星

 土星は鉛を司る。そう教えてくれたのは他ならぬエステル=メイジだった。

 空前の錬金術師にして、絶後の占(せん)星(せい)医術師(いじゅつし)。

 ただし自称。

 そんな彼女が、シグルドにそのことを忠告したのは、彼が意気揚々と冒険者ギルドから依頼書を持ち帰ったときのことであった。

「急募。ダンジョンの最下層に生える薬草を採ってくるだけの簡単なお仕事」

 得意満面でその紙切れをエステルの鼻先に突き付けると、彼女は深くため息をついて、頭(かぶり)を振った。

「シグルドさんは『下のものは上のもののごとく』という言葉をご存知ですか?」

「何それ、禅問答?」

「惜しい! 古(いにしえ)の賢者の言葉です。要するにこの世界は、思ったよりも星の巡りに振り回されているということですね」

「うーん。いまいちピンとこないな。具体的にはどういうことなの?」

「例えば、今年の春分の日、太陽が牡羊座に入った時、東の地平線(アセンダント)に上っていたのは土星でした。こんな年には、地中深く眠る金属は自ずと「鉛」の性質を帯びてきます。ほら現在、あちこちで鉛(なまり)瘴気(しょうき)による健康被害が問題となっているのはシグルドさんもご存じでしょう」

「うん、そういう奴らをエステルさんがいつも拾ってきて治療してるもんね。治らなくても診察代だって身ぐるみを剥いで…」

「ゲフン。ゴホン。とにかく。それも元を質せば、気化した鉛が地上に噴出したものなのです。そうした毒は地下ダンジョンに棲息する魔物の爪や牙にも溜まっていきます。もしそんな奴らの攻撃を受けでもしたら、たとえ傷は浅くとも致命傷になりかねません。だから、今は地下ダンジョンなんかに足を踏み入れないのが最も賢明な判断であり、踏み入れちゃった人はバカなんです」

 そう口を酸っぱくして、彼女は警告していたのに…。

 それでも、シグルドがのこのことその死地に赴いてしまったのはバカだった上に、とある紳士にそそのかされていたからである。


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