土星の子らとメランコリー 勇者様が鬱病になったようです

かんかん先生

第1話 ヒル瀉血

「私が処理しますので、どうぞ道具としてお使い下さい」

 エルフの少女はそう言うと、桜色の愛らしい唇をシグルドの体に這(は)わせはじめた。

「うう、エステルさん。これ以上いけない。後生(ごしょう)だから思いとどまってくれ」

 エステルと呼ばれた少女は、しかしシグルドの言葉にまるで耳を貸そうとしなかった。

「はあ? 何を言っているんですか。これは、神聖な医療行為ですよ。決して変な意味はありません!」

 そう言って、その細くしなやかな指を滑らせながら、新しい吸いどころを探っていく。

シグルドは、ぼんやりとする意識の中で、これが医療行為であるという彼女の主張を反すうしてみた。

 確かエステルは、最初シグルドにカミソリを突き付けながらこう言ったのだった。

「瀉血(しゃけつ)は究極の治療法です。これは静脈をちょこっと切って悪い血をぱあーっと体外に排出することで翌日にはケロッと治ってしまうという方法で、シグルドさんの症状にも断然有効だと思われますから是非やりましょう」

エステルはノリノリであったが、シグルドは尻込みした。

エステルのエメラルドの輝きを宿した目(め)ん玉(たま)は、正気とは思えないほど血走っていたし、彼女の手に握られたカミソリには、血のカタマリがこびりついていて、何かよくわからない動物の毛がそれによって糊付(のりづ)けされていたからだ。

 シグルドには、医学についての知識は何もなかったけれど、本能が「ヤバイ」と告げていた。

「いや、それは少し遠慮したいかなあ…」

その時、エステルが舌打ちしたように聞こえたのは、あるいはシグルドの空耳だったのかもしれない。

次の瞬間には、彼女はいつものように柔和な笑みを浮かべていたのだから。

そして、にっこりとほほ笑んだまま「もう、仕方がないですねー」と、代わりの治療法を提案してきた。

 ヒル瀉血(しゃけつ)―吸血(きゅうけつ)ヒルを使って病気の原因となる悪い血を吸引するという治療法である。

 ところがエステルはそのための道具、すなわちヒルを持ち合わせていなかった。

「どうするの?」

 恐る恐る問いかけると、エステルは自信満々に、

「だったら、私自身がヒルになればいいんですよ」

 と言い放った。

そして、現在の状況に至る。

 何度考えてみても、シグルドには意味が分からなかった。

 自分は、今何を経験させられているのだろう?

なにしろ女の子が男の上にまたがって、全身にキスの雨をふらせているわけだから、これはもう、そこに性的な意味合いを見出すなというのは、どだい無理な注文であった。

 しかも悪いことに、このエルフ、なかなかの美人である。

 男好きのする愛嬌のある顔立ちに、ぱっちりとしたつぶらな瞳は澄んだエメラルドグリーン。彼女が顔をうずめるたびにシグルドの皮膚をくすぐる柔らかな髪は、降り注ぐ朝日を束ねたように透き通った金色だった。

体つきこそ華奢だったが、シグルドに密着したその体はしっかりと女の子の柔らかさである。

その感触、温もり、匂いの全てがシグルドの情欲を掻き立てた。

それでも、彼の名誉のために言っておけば、シグルドとて好きでこのエルフに弄ばれていたわけではない。

なにしろシグルドは、誇り高き冒険者なのだ。少なくとも自分では、そう思っている。

この時彼の全身には「鉛(なまり)」の毒が回っていて、抵抗したくても出来なかったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る