最強ゲーマーの電脳シスター

岩井喬

第1話【第一章】

【第一章】


 この日のステージは、荒野だった。

 ひび割れるほど乾き切った地面に、ぽつぽつと大岩が点在している。とはいっても、市街地ステージに比べれば明らかに遮蔽物は少ない。しかも、『現実世界』での時刻が反映されているため、今は真夜中だ。視界が悪い。慎重に動かなければ。


 僕、伝上一翔は、取り敢えず岩陰から向こうを覗き、自動小銃の残弾を確認した。八割方入っている。まだ弾倉を交換するには早いだろう。


 バチン、と音を立てて、弾倉を再び自動小銃に叩き込む。その時だった。

 パン、パンという軽い音がして、空が明るくなった。真っ白い光の球が、ゆっくりと下りてくる。これは照明弾だ。


 僕は内心、ほくそ笑んだ。このステージで照明弾? 愚の骨頂だな。

 突っ立っている敵に対しては有効だろうが、僕のように遮蔽物の陰から様子を窺っていた者からすれば、立ったままの敵を仕留めるのにちょうどいい。


 自動小銃をフルオートからセミオートに切り替え、僕はそっと、岩陰から銃口を覗かせた。

 すると、照明弾を上げたと思われるキャラと、それに炙り出された他のキャラたちが、まさに銃撃戦を始めるところだった。


 漁夫の利だ。内心呟いて、僕は短く自動小銃を連射する。

 倒した。一人、二人。しかし三人目以降は、正気に戻ったのか、すぐに岩の陰に駆けたり、その場で伏せたりして死角に入った。

 ふっと息をつく僕。


 次の瞬間、僕は異様な殺気を背後に覚えた。横倒しに倒れるように重心を移動し、殺気の主からの攻撃を躱す。発砲音からして、敵の得物は拳銃。気配を消して拳銃の有効射程範囲まで迫ってくるとは、なかなかやるな。

 ここまで接近を許してしまったのだから、大振りな自動小銃で応戦するのは分が悪い。


 僕は振り返り、思いっきり自動小銃を投げつけた。でたらめな投擲だったが、敵を怯ませるには十分だったようだ。

 こちらもホルスターから拳銃を抜き、敵の胸部を狙って発砲。二発。そのいずれもが、際どい所で敵に回避される。


「だったら……」


 僕はわざと敵に背を向け、大岩の反対側に回り込んだ。

 右回りをするか、左回りをするか。左だな。そう思って、大岩の側面に沿うように駆け出すと、ちょうど出合い頭に敵とぶつかった。


 空いている左腕で、殴る。間髪入れずに、傾いた敵の胴体にミドルキック。呆気なく転倒した敵の頭部に向かい、再び二射。

 すると、敵は出血することもなく、ホログラムのように消え去った。その死体のあったところに『Terminated』の表示が出る。


 僕は舌を湿らせ、次の敵に狙いを定めた。先ほど、照明弾騒ぎがあったところへと向かう。視界は既に、月と星々の淡い光に頼るのみ。戦況からして、残っている敵はせいぜい二人だ。

 拳銃の把手を両手で握りつつ、緩やかな坂を駆け上がる。その途中で、横合いに先制攻撃を仕掛け、まさに大岩から顔を出そうとしていた敵を仕留める。あと一人。


 僕は斜面を駆け上がる直前、コケた。わざとだ。すると、ちょうど僕の頭があったところを、狙撃銃の弾丸が通過していった。月明りの元ならば、狙いをつけやすいと踏んだのだろう。


 ふん、と鼻を鳴らし、僕は拳銃を自動小銃に持ち替え、狙撃手の存在に備える。

 しばし、沈黙。先に動いた方が負ける。とは思いつつも、敵にこちらの場所が知られているのは面白くない。

 僕はのそのそと、斜面を並行に移動した。見たところ、狙撃手は平たい大岩の上に陣取っていた。動く気はないらしい。


 時間が惜しい。もうじき流果も帰ってくる。僕は腰元から、携行用ナパーム弾を取り出した。


「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」


 小声で呟いてから、狙撃された時にいたポイントにナパーム弾を投擲。これまた軽いパン、という音がした直後、ゴオッ、と火球があたりを照らし出した。

 月も星も、その光を遮られ、代わりに真っ赤な炎が敵の居場所を示す。


 突然の爆光に、敵はスコープから目を離していた。


「悪いな」


 僕はヘルメットの遮光バイザーを下ろした状態で狙いをつけ、三発を狙撃手に撃ち込んだ。そのうち一発が、見事に眉間に吸い込まれていく。


 僅かなタイムラグの後、狙撃手のいた場所にも『Terminated』の文字。

 よし。敵は全滅させた。


 すると、


「こんぐらっちゅれいしょ~~ん!」


 という女性のアニメ声と共に、フィールド全体が明るくなった。空はいつの間にか、昼間のそれになっている。青空を背景に、ティンカーベルみたいな格好の(ただし胸はやや盛られている)少女が降ってきた。すとん、と俺の眼前に降り立ち、ニッコニコの笑顔で言う。


「今日の大会の優勝者は、カズト・デンジョウで~~す! カズトには賞金百万円が授与されます! では、またの大会でお会いしましょう! スィーユー!」


 そう言いきられた直後から、世界は変質し始めた。ゆっくりと五感、特に視覚が真っ暗に塗り潰されていく。何も見えなくなったと思ったら『GAME OVER』の文字。


「ふう……」


 誰に聞かせるともなく、僕はヘッドギアを取り外し、長いソファの隣席にそっと置いた。既にコントローラーは、眼前の低い丸机に安置されている。


 さて。妹の流果が帰ってくる前に、晩飯、というか夜食の準備をしておかなければ。僕は我ながら慣れた手つきでエプロンを纏い、部屋の隅の冷蔵庫へと向かった。


         ※


「それにしても……」


 先に部屋を掃除しておくべきだったかと、少し後悔する。

 ここは、本来一人暮らし用の1LDKの部屋だ。玄関ドアを抜けると、短い廊下の先にリビング兼食堂兼ゲーム部屋がある。トイレとシャワーは廊下の中ほどの脱衣所と繋がっている。


 これだけ言うと、ごく普通の住居に思われるかもしれない。しかし、残念ながらそれよりはやや、いや、かなり劣悪な環境であることは否めない。何せここは、かつての工場地跡なのだ。


 二十一世紀も半分を折り返してしばし。貧富の差は拡大し、貧乏人は、このように薄暗く日の当たらない場所での生活を余儀なくされていた。

 僕たちの部屋は一階だが、それでも床は傾いているし、付近を大型トラックが通ればガタガタと柱が軋む。


 そして何より、電力の供給が足りない。

 水は、海水を飲料水に変換する技術が開発されたお陰で不自由はしない。だが、電気と、僕がゲームの対戦モードで使う通信システムには障害が出ている。

 それでも、どうにかこうにかプレイできるようになっているのは、電力と通信回線を無理やりこの部屋に引き込んでいるからだ。無論、これは法に触れる行いだ。


 警察だってそのくらいのことは把握している。あまり下手に電力消費を続けると、いずれは『看過できない案件』であるとして、しょっ引かれる可能性もあるだろう。

 だからこの部屋において、照明の役割を果たしているのは、薄明るいLED電球が一つだけ。残りの電力は、日常生活を送る上で最低限度に抑えてある。

 ただでさえ長時間ゲームをやっているのだから、このくらいは我慢しなくては。


 僕が冷蔵庫を覗き込み、今日の夜食のメニューを考えていると、勢いよく玄関扉が叩かれた。


「あんちゃん、あたし! 流果だよ、帰ったよ!」

「おう」


 僕は短く応じて、内側から鍵を開けた。今時、こんな原始的施錠システムに頼っているのは、僕たちのように廃棄区画に住む者たちだけだろう。


 それはいいとして。


「今日は大漁だぜ、あんちゃん!」


 そう言って、流果は小振りなビニール袋を差し出してきた。

 少し長めのツインテールに、爛々と輝く瞳。服は僕のおさがりなのでダブダブだが、今は冬だから問題ではあるまい。

 小柄な同居人にして実妹、伝上流果の頭を、僕はそっと撫でてやった。


「で、何が手に入ったんだ、流果?」

「えーっとねぇ……。ああ、これこれ!」


 流果が僕の胸に押しつけてきたのは、一枚のマイクロチップだった。

 

「これで近所のコンビニのセキュリティを破れる、って若林さんが言ってた!」

「そうか、ありがとな」

「うむ! これで非常時の食糧調達には困らんぞよ!」


 えっへん! と小さな胸を張る流果。

 若林というのは、最近このあたりで名を馳せている反政府組織『ディジネス』のリーダー格らしい。男性なのか女性なのか、若者なのか高齢なのか、その正体は謎である。流果は面識があるようだが、僕も敢えて尋ねようとはしない。


「あ、それでさ、あんちゃん! 今日の晩飯は?」


 僕は冷蔵庫のそばにしゃがみ込み、再び中を確認した。


「スクランブル・エッグと、ベーコンでいいか?」

「よし!」


 ガッツポーズを取る流果。


「ただし、サラダもつけるからな。ちゃんとトマトも食えよ」

「んぐ」

「寒かったろ、取り敢えず部屋に入れよ。ちゃっちゃと作るから」

「あーい!」


 駆けていく妹の背を見つめながら、僕は思い返した。

 どうして僕たち兄妹がこんな生活を強いられているのか。そもそも、どうやって金銭を得ているのか。そんなことを。

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