新型ウイルスの感染が怖いからと言ってあざとかわいい後輩が部屋から出ていってくれない
しゆの
第1話
「せんぱーい、お腹空きました」
何故か俺の自室のベッドでつくろいでいる少女──
去年の四月からの知り合いであるが、今では一人暮らししている俺の家に普通に上がってくる。
理由は全くわからないけど、奈々は俺が所属している文芸部に入部してきた。
そこからの付き合いというわけだ。
「いや、お腹空いたら帰れよ」
「ええ~……先輩は私が新型ウイルスにかかって体調崩してもいいんですか?」
「良くはないが、近いんだから大丈夫だろ」
「もう……せっかく可愛い私がいるというのに、この無反応さは逆に尊敬してしまいますね」
確かに奈々は可愛く、思春期男子であれば誰もが見惚れてしまうだろう。
肩まであるサラサラとした亜麻色のストレートヘアー、長いまつ毛にライトブラウンの大きな瞳、整った鼻梁、シミ一つない透き通るような白い肌はどこから見ても美少女だ。
しかも白いブラウスは第二ボタンまで外して鎖骨をしっかりと見せ、丈の短いプリッツスカートは綺麗な太ももを露出させて、男を誘惑しているとしか思えない。
そんなあざとかわいい後輩と自室で二人きり……普通なら襲いかかってもおかしくはないだろう。
何で俺が奈々に襲いかからないのかと言うと、単なる甲斐性なしというのもあるかもしれないが、一番の理由は濃厚接触を避けたいだけ。
世界的に流行っているウイルスのせいで俺たちが通っている高校は休校になり、不要な外出は控えてほしいとのこと。
若い人は感染しても無症状のことが多く、俺も奈々もそのウイルスを保有している可能性は否定出来ない。
だからなるべく接触を控えたいのだが、この後輩は休校して数日がたった今日、普通に俺の部屋に遊びに来た。
感染するのが嫌なら自分の部屋から出なきゃいいのに……。
「……ぱい……鈍感な
「お、おう。ギャルゲやラノベの冒頭でヒロインが主人公の紹介するような台詞をありがとう。鈍感は余計だが」
「何言ってるんですか? それより早く何か作ってくださいよ」
「普通は女の子が作るものじゃないのか?」
「先輩はラノベとか読みすぎだと思います。全ての女の子が料理を作れるなんて思わないでください」
俺の趣味はラノベを読むことで、部屋には多くの小説がある。
あざと可愛く、奈々はラノベやアニメに出てくるようなヒロインであるが、料理だけは壊滅的だ。
学年が違うから詳しくわわからないけど、調理実習だけは見学になるというほどに料理が苦手。
先月のバレンタインに日頃のお礼というとこで手作りチョコを貰ったが、食べて気絶するとは思わなかった。
料理が苦手と自覚があるのであれば、市販のチョコをくれた方が嬉しかったよ……。
アニメのヒロインでも料理が壊滅的な人はいたりするのだけど。
「俺だってそんなに得意ではないんだけど……」
「私のより全然美味しいから問題ありませんよ」
「カップラーメンでいいか?」
「やり直し」
いつもの猫撫声と違って完全に地声になる奈々。
若い内はお腹の中に入れば何でもいいと思うのだが、奈々にはカップラーメンでは不満なようだ。
頬を膨らませている奈々はやっぱり可愛く、これで何人の男を虜にしてきたのだろうか?
そんなことを考えても仕方ないことなので、聞くことはしないが。
「わかったよ。面倒だから簡単な物な」
「わーい。先輩はチョロ……いい人ですね」
完全にチョロいと言いかけたし、そこまで言ったら全部言えばいいのに。
そんな言葉が喉まで出掛けたが、俺は立ち上がりキッチンへと向かった。
☆ ☆ ☆
「……簡単な物しか作れないと言う割には凝ってますね」
「そうか? 普通だったら作れると思うが」
俺が作ったのは鶏卵の天ぷら丼で、濃厚なタレの匂いが食欲をそそる。
鶏卵の天ぷらはとある料理漫画で出てきており、それを真似して作っただけ。
卵を冷凍させれば殻を剥いても固形になるので、それを衣につけて揚げれば半熟卵の天ぷらが出来る。
卵の天ぷらと紫蘇の天ぷらをご飯の上に乗せ、タレをかければあっという間に鶏卵の天ぷら丼が完成。
以前に作った時に美味しかったので、食べたくなった時用に卵は冷凍させてあった。
「まあ、いいです。いただきます」
奈々は鶏卵の天ぷらを箸で崩し、ご飯に絡めて食べていく。
「美味しい」
卵は何にでも合う万能食材で、天丼にも相性抜群。
それを食べて美味しいと思わないわけがなく、奈々も笑みを浮かべる。
よっぽと美味しかったのか、奈々はあっという間に完食させた。
「これから美味しいご飯を食べたくなったら、先輩の家に行けばいいですね」
「いや、来るな。休校中は大人しくしとけ」
「むう……なら私はどうやってご飯を食べればいいんですか?」
「知るか。親に作ってもらえよ」
奈々は実家暮らしのはずなので、家にいれば料理が出てくるはずだ。
だから家にいればウイルスの心配も減るし料理の心配もないはずなのに、どうして奈々は俺の家に来るんだろうか?
本当に不思議でしょうがない。
「私……家に親がいないんです」
「え?」
真剣な声で悲しそうな眼差しでそんなことを話す奈々。
家にいないってことは、もしかしてウイルスに感染して入院しているのだろうか?
家族が感染してしまったら、家にいたくないのはわかる。
ウイルスが家具なんかに着いたら、それに触れただけで感染してしまう恐れがあるのだから。
「親は今年から長期の海外出張で家にいません」
「あ、そう……」
だから俺の家にご飯をたかりに来てるというわけか。
奈々の親に物凄く言いたい……料理が壊滅的な娘を一人にするな。
「それこそ自分の家にいろよ。一人だと感染の心配は減るぞ」
「えぇ~、一人じゃ暇じゃないですかー」
一人でいた方が確実に感染のリスクは減るし、料理だってデリバリーがある。
感染したくないなら俺の部屋に来ない方が良いので、出来ることならこのまま帰って欲しい。
今の時代はスマホという便利な道具があるから、一人でいても暇潰しなんていくらでも出来る。
「本当に先輩は鈍感です。ウイルスに感染するのが嫌なんてただの口実なのに……」
「え? 何て?」
何やら奈々が頬を赤く染めて小さい声で呟いているが、俺には聞き取れなかった。
「な、何でもありません。先輩は鈍感で難聴主人公みたいですね」
「本当に失礼な後輩だ。俺は鈍感でも難聴でもない」
何故かラノベの主人公はヒロインの好意に対して鈍感だが、俺は決してそんな主人公とは違う。
奈々は俺のことを見てため息をつき、「先輩だからしょうがないですね」と呟いている。
「と、とにかく今は外に出たくないので、しばらく先輩の部屋に厄介になりますね」
「……何て?」
「やっぱり難聴じゃないですか」
「聞こえなかったから聞き返したわけじゃない。奈々の言葉だと俺の部屋に泊まるように聞こえたが気のせいか?」
「気のせいじゃないですよ。鈍感な先輩が私の気持ちに気づいてくれるまで泊まる気でいます」
どこまでも俺にあざとく接してきて、とても可愛らしい後輩である奈々の気持ち……新型ウイルスが流行ってるのに来た理由を考えると一つしか思い浮かばない。
「今日がホワイトデーだからお返しをおねだりしにきたんだな」
「あ、そっちですか。確かに欲しいですけどね」
「作ってはあるけど、今から食べるの? お腹空いてる?」
「甘い物は別腹なんで大丈夫ですよ」
俺は「そうか」と頷いてから、丁寧にラッピングされたチョコを取り出す。
面倒だったから市販のにしようかと思ったが、奈々が手作りが良いと言うから作る羽目になってしまった。
「家に来るなとか言うくらいなら、学校で渡せば良かったのに……」
「うっせ。いらないのか?」
「いりますよ」
奈々はチョコを受け取ると、ラッピングを外していく。
「本当に美味しそうです」
「そうだな。奈々が作ったチョコとは大違い」
「むう……私だって頑張って作ったんですよ」
「知ってる。だから全部食べた」
あのチョコは俺が知っているチョコとは形や味は違っていたが、せっかく作ってくれたので頑張って食べたのだ。
一瞬だけ三途の川が見えたのは気のせいだったと思うことにしている。
人体に有害になるような物は使っていないはずだが、どうすればこんなになるのか不思議だ。
「うぅ~……先輩あざとい……」
また頬を赤くしながら小さな声で呟いているが、何か言うなら聞こえる声量で言ってほしい。
「先輩、あーんってして食べさせてください」
「ウイルスが流行っている中、この後輩は何を言ってるの?」
普段ならあざと可愛い後輩にお願いされたらしても良いと思ったかもしれないが、今はあーんってして食べさせたら感染するリスクが上がるだけだ。
俺も奈々も感染してはいないと思うけど、下手に接触しない方が良いのには変わりないのだから。
「……先輩」
「何?」
何やらうつむきながら、奈々はぶつぶつと呟いている。
得体の知れないプレッシャーを感じさせ、思わず息を飲んでしまう。
「先輩はあれですか? わざと鈍感なフリをしているんですか?」
「そんなことはない」
「じゃあ、何で私の気持ちに気づいてくれないんですか? こんなに分かりやすくアピールしているというのに」
うっすらと瞳に涙を浮かべながら、奈々は俺に向かって言ってきた。
一年近く一緒にいるが、こんな真剣な奈々を俺は見たことがない。
「アピール? 男にちやほやされたくて皆にしてるんじゃないの?」
「何で好きでもない人にそんなことしないといけないんですか?」
どうやら奈々があざとく接している相手は俺だけだったようだ。
学年が違うから学校では部活以外に会うことはないし、他ではこうやって家にいることが多いので、他の人との絡みはわからない。
「本当は先輩から言うのを待っていたのですが、鈍感すぎるし甲斐性なしなんで私から言います」
奈々は落ち着かせようとしているのか、大きく深呼吸をした。
そして……。
「私は……指原清隆さんのことが好きです。私がちやほやされたいのは先輩にだけなんです。だから先輩に振り向いてもらえるようにあざとくしてるんですよ」
顔を真っ赤にしながら奈々は俺に告白をした。
その表情はとても嘘を言っているように思えなく、声も真剣そのものだ。
「私、クラスでは真面目にしてるんですよ。まあ、見た目だけで寄ってくる人はいますが……」
あざとく接していなくても奈々は可愛いので、一目惚れする人がいてもおかしくない。
「俺を好きになるのが不思議なんだが……。アニメとか好きなオタクだぞ?」
「そんなの私には関係ありません。この様子だと先輩は覚えてないようですね」
奈々の言い方だと、文芸部に入る前から俺のことを知っていたように聞こえる。
だけど俺は記憶にないので、「覚えてない」と答えた。
「まあ、そうですよね。あの時にの先輩は早く買ったラノベを読みたそうにしていましたし」
「あの時?」
「はい。私をしつこいナンパから助けてくれた時です」
俺が奈々をナンパから助けた……?
「……ああ、あの時の女の子って奈々だったのか」
「はい。ようやく思い出してくれたんですね」
高校一年生の夏だったか、アニメショップでラノベを買った帰り道にナンパされてる女の子がいた。
あまりにしつこそうだったし、周りは誰も助けようとしないので、すぐ近くにあった交番まで行って警察官を連れてきてナンパから助けたのだ。
しつこいナンパは軽犯罪になり、警官を連れてくるとすぐにナンパしてきた人は立ち去った。
「あの時から先輩のことが好きになってしまいました。他の男の人が考えられないくらいに……」
あの時のことを思い出しているのだろう、奈々はうっとりとした表情をしている。
「まあ、警官連れてきただけだけどな」
俺一人だけだったら、間違いなく返り討ちにあっていたはずだ。
「何を言ってますか。他の人は見て見ぬフリだったんですよ。それなのに先輩は助けてくれた。とてもカッコ良かったです」
思い切りラブコメのラノベにありそうな設定のヒロインがここにいるが、奈々には俺のことが王子様のように思えただろう。
俺にとっては新作ラノベを買って気分良く帰っていたのだが、そこに水を差されたような気分になって嫌だった。
だから助けただけに過ぎなく、普段だったら面倒でそのまま帰っていただろう。
てか、あの時の奈々は中学三年のはず……ナンパしてきたのは大学生くらいだったからロリコンなのかな?
今更考えてもしょうがないが。
「それから先輩の通ってる学校や家なんか調べました。買ってるラノベもチェックして先輩の好きなあざとい後輩を演じているんです」
確かに俺はあざとい後輩がヒロインのラノベを好んで読むが、調べられているとは思ってもいなかった。
「先輩と同じ学校に入学して、先輩と同じ文芸部に入部したんです」
三次元でのヤンデレ娘がここにいたようだ。
「まさか俺が留守の間にいえに忍びなこんだり?」
「そこまではしてませんよ。てか、鍵がかかってる家にどうやって侵入するんですか?」
「それもそうだな」
鍵がかかってるってわかるってことは一度侵入しようとしたのかな?
このマンションは一人暮らし向けだし、外に出る時は鍵をかけるってわかるか……。
「今日、先輩の家に来たのは一緒にいたいからなんです。ウイルスなんて口実ですよ。感染はしなくないですけど、先輩と沢山いれるチャンスですから」
普段の平日は学校の授業であんまりいれないし、長時間一緒にいるということは少ない。
奈々が家に来るようになったのは今年になってからであり、それまでは部活が終わったら自分家に帰るだけだった。
つけられた可能性があるのは否定できないが……。
「私はもう先輩しか考えられません。どうなろうと離れることなんて出来ないんです」
「奈々……」
「ストーカーみたいなことをして重い女だと思ったかもしれませんが、私は先輩じゃないとダメなんです」
一年以上のも間、俺のことを好きだった奈々の想いは本物だろう。
「俺は本当に鈍感だったようだな。奈々の気持ちに気づかなかったんだから」
「本当ですよ……」
ここまで言われないと奈々の好意に気づかなかったのだから、自分のことを鈍感だと思わずにいられない。
「今まで、先輩好みに……あざとく接してたのに……本性がバレてしまったから……フラれちゃいま……すね……」
うっすらとたまっていた涙だったが、奈々の瞳からは大粒の涙が流れ出す。
どう見ても本気の涙で、今までのように演技だとは思えない。
普通に考えたら、ヤンデレなんて束縛されるだけだし窮屈に思うだけだろう。
「奈々、悪い」
「……え?」
俺は思わず奈々を抱き締めてしまった。
「先……ぱい?」
「俺は奈々のことが好きだ」
奈々が自分の想いを告白してくれたのだし、次は俺の番だ。
「でも……先輩は帰れって……」
「そんなの好きな人に体調を崩してほしくないからに決まってるだろ」
若い人は無症状が多いとはいえ、稀に重症化するケースがある。
重症化するのは持病がある人がほとんどだけど、それは絶対ではない。
無症状でもウイルス感染している可能性があるとニュースで聞いていたから抱き締めない方が良いのだが、今の奈々を見ていると抱き締めずにいられなかった。
「本当ですか? 付き合ったら私は束縛してしまいますよ」
「大丈夫。そもそも奈々以外の女の子と話したりしてないから」
「それもそうですね」
奈々と出会うまで女の子との絡みはほとんどなく、男友達が数人いる程度。
今日来た時もすぐに奈々を帰すべきだったのだが、心のどこかで一緒にいたいという気持ちにかられて家にあげてしまった。
「だから……俺の彼女になってくれるか?」
「もちろんですよ。ずっと待ち望んでいたことですから」
俺は奈々と恋人同士の関係になった。
「先輩は付き合うのって初めてですよね?」
「うん」
「良かった。私も初めてですよ」
「そうか。奈々の初めてを俺が貰ったんだか」
そう思うと自然と口元がニヤけてしまう。
付き合ったことがないということは、キスとかもまだのはず。
今はしないが、その内奈々のファーストキスは俺が貰わせてもらう。
「初めての彼氏だけじゃなくて、初めてのキスやその先の初めても欲しくないですか?」
「そりゃあ欲しいけど、キスは流石にまずい」
「もう抱き合っていますし、若くて健康なら大丈夫ですよ。私は早く先輩に初めてを捧げたいですし、先輩の初めてが欲しいです」
奈々は真剣そのもの。
確かに仕事なんかで外に出ている人が多く、そのほとんどは症状が出ていない。
俺が考えすぎなだけなのだろう。
「奈々」
「きゃ……んん……」
俺は奈々を押し倒して唇を奪う。
産まれて初めてのキスは奈々が誘惑してきたこともあり、本能のまま貪るようにしてしまった。
「先輩、愛してます」
「俺も愛してる」
この日の俺たちは休校やウイルスのことを忘れ、満足するまで愛し合った。
新型ウイルスの感染が怖いからと言ってあざとかわいい後輩が部屋から出ていってくれない しゆの @shiyuno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。