第27話 ダンテの死

 精神を支配されながら、梔子の意識は深層意識にではあるが、確かに存在していた。

『どういうつもりですか黒咲 ユウ!』

 だが身体は一切の自由が聞かず、梔子は自分の身体を見知らぬ誰かに操られる様を見せられていた。

 そんな彼女の意識にも聞こえたのだ。

「ちゃんと聞いていたさ。俺が死ねばいいんだな?」

 彼の先程の言葉が。

「方法はいたってシンプルで、尚且つ梔子の身体にかかる負担がない。迷う要素は皆無だな」

 そして自分を救う為に彼が死のうとしている事を。

 嘘ならいい。あの金髪を油断させるためのブラフならば。

「さて、始めようか梔子」

 だがそう言いながら両手を広げてこちらに近付いてくる黒咲 ユウには一切の殺意も敵意すらない。

『やめて下さい! 黒咲ユウ!!』

 どうやってやられたかは今だに分からないが、あの金髪の個有魔術の術中に陥ってしまったのは自分の責任だ。

 殺されても文句は言えないし、それこそ自業自得。

 だが――

『どうしてあなたが死ぬ必要があるんですか!?』

 自分以外の人間が犠牲になるのは我慢ならなかった。

 それが例え自分の敬愛する『英雄』と姉を裏切った男であったとしてもだ。

「面白い。撃ちたまえ黒咲 梔子」

『!』

 ついに金髪からの命令が下された。

『い、いや!』

 自由を奪われた身体は、梔子の意識とは裏腹に両手を上げ、その銃口を黒咲ユウに向ける。

「やれ」

『う、あああああ!!!』

 そして引き金を引いた。

 両手の魔銃から放たれた弾丸は、黒咲ユウの肩と右太腿を貫く。

「舐めているのか?」

 だが止まらない。

 銃弾にその身を貫かれながら、黒咲ユウは決して歩みを止めようとはしなかった。

「そこを撃っても人間はすぐには死なないぞ梔子」

 信じられない事に、この状況で黒咲ユウは梔子にレクチャーをしていた。

「銃で人を殺すのは簡単そうに見えて意外と難しい。やるなら確実に相手の急所を撃ち抜け」

 自らの殺す方法を。その最も効率的な手段を。

「ちょうどいい機会だ。俺で慣れておけ」

 微笑みながらそう言う黒咲ユウを見て、梔子は始めて彼に恐怖を覚える。

『本当に、あなたは……』

 見えたような気がしたからだ。

 彼の異常さ。

 自分とは違う決定的な『何か』が。

『どうしてそこまで自分の命を軽んじられるのですか?』

 そう梔子が疑問に思った瞬間、操られた彼女の身体は両手の魔銃の引き金を引きーー



『!?』



 放たれた弾丸は黒咲ユウの額と心臓を正確に撃ち抜いた。

「……」

 2つの急所を撃ち抜かれた少年は何も言葉を発することはなかった。

 断末魔の悲鳴も。自分を殺めた梔子への呪詛もなく、仰向けに崩れ落ちた。

『……あ』

 死んだ。

 黒咲ユウが。

『ああ……』

 殺した。

 他でもない自分が。

 それを認識した瞬間――



「ああああああああああ!!!!」



 深く沈められていた梔子の意識は急速に浮上し、金髪の操り人形であった身体の自由も取り戻した。

 見ると、胸元にあった深紅の魔術紋は跡形もなく消え去っている。

 個有魔術の影響は完全に消え去っている証拠。

 梔子は完全な自由を取り戻した。

 だが取り戻した時には既に手遅れであった。

「黒咲ユウ!!!」

 駆け寄り、梔子は彼の身体を抱き起こそうとする。

 だがそれは出来なかった。

「っ!」

 近付くだけで分かってしまったからだ。

 黒咲ユウの死が。

 薄暗い部屋の床一面でも見えてしまう程に広がった彼の血と、意思のない虚ろな瞳。

 触れることすら必要ない程に、はっきりと感じられてしまった。

 黒咲ユウを自分が殺したという事実を。

「ナッシー」

 声がかけられる。

 顔を上げるとそこにはベアトリーチェ・アーリーが立っていた。

 感情が読めない表情で、ただじっと梔子を見ている。

「あ……」

 その視線を受け、梔子の脳裏には、黒咲ユウとベアトリーチェの仲睦まじい光景が甦っていた。

「気にしなくていいわ」

「私……は」

 身体の奥底から沸き上がる恐怖に、持っていた銃を思わず取り落とす。

 震えが止まらない。

 魔女からの報復を恐れたからではない。

 操られていたとはいえ、誰かの大切な人をこの手で永遠に奪ってしまったという事実が、梔子に殺人という罪を犯した事をこれ以上ない程に実感させる。

 自分の犯した罪に呼吸が上手く出来ず、吐き気すら込みあがってきた時、



「失望だ」



 冷徹な声が沈黙を破った。

 発言したのは言うまでもなく、この光景を生み出した元凶である金髪の男だ。

「まさか本当に死ぬとはな。流石に予想外だよ」

 苛立ちを前面に出しながらそう喋る金髪。

「だというのに、貴様は驚いていないな魔女よ?」

「あら、何処かに驚く要素があったのかしら?」

 普段通りの態度を崩さずに答えるベアトリーチェに、金髪は溜息を吐いた。

「あるだろう。貴様の弟子である黒咲ユウは絶花が生み出した殺人鬼だ。殺す事はあっても殺される事はない。そんな男が自ら死を選ぶとは、誰が予想できるものか」

「え?」

 梔子は自らの耳を疑った。

 絶花の生み出した殺人鬼?

 黒咲 ユウが?

「どういう、意味ですかそれは?」

「言葉通りの意味だ黒咲 梔子よ。お前の前任者は殺人鬼だ」

 「なにせ」と金髪は饒舌に喋り出す。

「絶花からの命令を受けて、奴は殺した。男も女も年老いた老人も、まだ幼い子供でさえ。来る日も来る日も殺し続け、黒咲としての使命を全うした」

「嘘です!!」

 反射的に梔子は叫んでいた。

「絶花が人を殺す事を命令するはずがありません!」

「今はそうであろうな。全ての栄光を手にした後なのだから。お前だけが例外なのだよ黒咲 梔子」

 自分だけが例外。

「何故、絶花の従者である黒咲と呼ばれているかその名の由来を知っているのか?」

「黒とは闇。その闇の中でこそ花を咲かせる黒咲は代々絶花からの闇の仕事に使役される存在だった」

「闇の、仕事?」

 それはまさか――



「そう。だ」



「!?」

 信じられない事実。

 だが同時に梔子は納得もしていた。

 黒咲ユウの卓越した戦闘技術も、そして何故彼の情報が後任である自分に秘密にされ続けてきたのかも。

 全てに説明がついてしまう。

「絶花の地位を高め、名声を勝ち取らせる為に自らの手を汚し続ける……それが黒咲の本来の役目であり、あるべき姿……最も魔女を打倒し、英雄を手にした今はそのような裏方の仕事を行う必要はなくなったようだがな」

「う、あ……」

 嘘だと叫びたかった。

「絶花は正義で、それを支える黒咲である私は――」

「正義の味方? それとも正義の従者とでも言うつもりか? だとすればそれは勘違いだ」

「勘、違い?」

「まさか、が、絶花の罪だとでも?」

「……何が、言いたいのですか?」

 聞いてはならないと理性が訴えかけてくる。

 聞けばきっと自分は今まで通りの自分ではなくなる。

「教えてやろう。この場所は孤児院であると同時に――」



「喋りすぎだよお前」




 声が聞こえた。

 聞こえるはずのない声が。

「!?」

 ぎょっとし、振り返った梔子の目は見た。

 ゆらりと、亡者のように立ち上がった彼の姿を。

「ば、バカな……」

 声には出さなかったが、梔子も驚きで目を見開ききる金髪と同じ心境であった。

 あり得ない。

 彼は確実に死んでいた。

「くふふ。何をそんなに驚いているのかしら?」

 ただ1人、魔女だけは驚かず、笑っている。



「たった一度殺した程度で私の宿敵兼弟子が止められるとでも? 言ってやりなさいなダン」



 瞬間、梔子は思いだしていた。

 自身の姉の言葉を。



『奴にとって奇跡は日常だ』



 そして梔子は見た。



「勝つのは俺だ」




 その証明を。

 悠然と立つの姿を。



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