第25話 ダンテVS梔子1
「死んでください黒咲 ユウ」
言葉と共に、マズルフラッシュの光が食堂を照らす。
「!」
発射前に回避行動は既に終えているとはいえ、頭の近くを弾丸が通過していくというのは、何度経験しても慣れないものだ。
「危なく死にかけたぞ梔子」
「無駄口が多いですよ裏切り者。黙って戦えないのですか?」
「言う権利はあると思うがな」
なんせ咄嗟に身を屈めなければ、額を撃ち抜かれていたのだ。
相手が梔子でなければ、無駄口だけでは済ませていない所である。
「少し容赦してくれよ。こっちは丸腰なんだぞ?」
「関係ありません」
答えながらも、魔銃を連射してくる梔子。
(躊躇いなし……か)
やはり神父の時と同様に、動きに鈍さは感じられない。
それ所かまともな人間なら忌避する殺人という行為にも躊躇いがない。
「あなたを殺すのが私の今の役目です」
「そうかい」
正確無比な射撃を、俺は向けられた銃口と直感で躱しきる。
「ちょろちょろ動かないで下さい」
「それは出来ない相談だな」
この射撃精度ならば、足を止めた瞬間に急所を撃ち抜かれる。
俺は梔子に狙いを一か所に定めさせないために絶えず動き回るしかない。
(だが、それも時間の問題だ)
今はまだまだ余裕があるが、魔女と違って俺の体力は無尽蔵ではない。
いずれ動けなくなり、その次の瞬間に俺は梔子に殺されるだろう。
(さて……どうしたものか)
飛来する弾丸を防ぐ事の出来る遮蔽物も、身を隠す場所もないこの食堂では圧倒的に不利。
であれば一時撤退するのが得策なのだが――
「させません」
「!」
俺の思考を読んだように、食堂の入口の床に一発の弾丸が撃ち込まれる。
着弾した床は一瞬で凍結し、入口の扉を氷で固めてしまった。
(まあ、そう来るよな)
魔銃の名は伊達ではない。
あの銃は術者が込めた魔術を弾丸にチャージする機構がある。
術を込める際に、針の穴に糸を通すような魔力コントロールと、長時間は弾丸の中に魔術を込め続けられないという弱点は存在するが、それさえクリアしてしまえば、魔銃は強力な武器と化す。
弾丸の速度で発射される魔術は勿論の事、弾丸の形に圧縮された魔術は発動範囲を狭める代わりに、通常時よりも威力が倍近く向上する。
そして凍結した扉を見る限り、梔子は魔銃の性能を十二分に発揮している。
「退路を断つか――徹底的に追い詰めてくれる」
「そう言う割にはまだ軽口を叩く余裕があるのですね」
「いいや逆だよ」
軽口を叩かないとやってられないほど、追い詰められているだけだ。
「やり方がえげつない。流石は黒咲の人間だ」
「あなたにだけは言われたくありません」
冷徹に告げて来る梔子は喋りながらもマガジンを交換、銃弾をリロードする。
「今も何とか隙を見つけて私に付与魔術を直接マーキングする気なのでしょう?」
「ほう」
やはり見抜いていたか。
装填を終え、弾を補充した梔子がその銃口を俺に向ける。
「言っておきますが、あなたの戦闘記録は全て解析済みです。まともに付与魔術を使えるとは思わないで下さい」
「だろうな」
俺を決して接近させようとしない立ち回りが何よりの証拠だ。
遠距離戦。魔術紋をマーキングする必要のある付与魔術しか使えない俺が苦手とする戦闘だ。
(まともに接近すれば、その前に撃ち殺される)
梔子の宣言通り、彼女の身体に直接魔術紋をマーキングする事は出来ないだろう。
(であれば梔子を操っているあの金髪を直接叩きたい所だが――)
本来ならこういう場合、術者を直接叩くのが定石なのだが、それも少々位置的に厳しい。
「くくく、どうした魔女の弟子? 防戦一方のようだな?」
不愉快な笑みを浮かべるあの金髪の現在位置は梔子の後ろ。
(意図しての事なのだろうが、最悪の位置だ)
奴を殺すための距離にまで接近するには、梔子の魔銃の弾丸を掻い潜り、その後にある梔子の妨害をもはね除け、更に未だ未知数の力を持つ金髪がしてくるであろう抵抗を捩じ伏せなければならない。
梔子の弾丸をかわすので精一杯の現状で、それはあまりにも難しい。
(力押しは無理だな。仕方がない)
非常に不本意だが、いつも通りにやるしかない。
この絶望的な状況をひっくり返し、逆襲する為の策が必要だ。
操られた梔子を打倒し、薄ら笑いを浮かべながら俺達の戦闘を観察しているあの金髪に一泡を吹かせる策が。
「……はあ」
思わず溜息が出る。
いつもの事とはいえ、絶対絶命だ。
ここにアトの奴がいれば、今頃上機嫌で俺を煽っていた所だろう。
(たまには、余裕を持って勝ちたいものだ)
内心で愚痴りながらも、俺は覚悟を決める。
これから行う策と。
そしてそれによって発生する全ての責任への覚悟を。
「分かった」
俺は両手を無防備に上げた。
「諦めた」
「はあ?」
操られながらも俺の言葉は梔子にとっては予想外すぎたのだろう。
訳が分からないと言った顔で、引き金にかける指が動きを止める。
「聞こえなかったのか、諦めたと言ったんだ」
「ふざけているのですか? それとも追い詰められて頭がおかしくなりましたか?」
「まさか。アトにも言われたが、俺にボケの才能はない」
ツッコミの才能はかなりのものらしいがな。
『私達、やっぱり色々相性抜群ね♪』
等と言う不本意な言葉も言ってきていたか。
「いいえ。おかしくなっています。降参をしても、私はあなたを殺します。その程度の事も分からなくなっているのですから」
「いいや。分かっていないのはお前だよ梔子」
「……どういう意味ですか?」
やはり自覚はないか。
「今確信した。お前に人は殺せない」
例えそれが憎むべき裏切り者である俺であったとしても。
「なら何故引き金を引かない?」
「! それは、あなたが無防備だから!」
「引き金を引かないと? なら、それがお前に人を殺せないと言った理由だ」
俺なら引く。
無抵抗だろうが、戦闘の意志がない等関係ない。
殺すと決めた人間はただ殺す。
そこに至る過程は問題ではない。
殺したという結果が全てなのだ。
「梔子、お前は甘い」
「私を侮辱するつもりですか!」
「いいや」
正当な評価だ。
金髪の個有魔術の影響下にあって尚、相手が無防備になった途端に殺人に対する躊躇いを見せる程である。
間違っても、俺のような人殺しにはなれないだろう。
「それでいい」
「それで、いい?」
「ああ」
人を殺せない『黒咲』等、俺がいた五年前では決して認められる存在ではない。
だが今は違う。
「お前はそのままでいいんだ梔子」
人殺しの出来ない甘く優しい人間。
今の『黒咲』にはそういう人間がいていいのだと。
そうなったのだと信じたい。
(でなければ……)
この第三特殊孤児院で死んでいった俺の『家族』達が浮かばれない。
「そんなお前だからこそ、助ける事に命を賭ける価値がある」
「な、なにを言っているのですか黒咲 ユウ」
「違う」
「え?」
「俺はダンテ・アーリーだ」
黒咲月花に言われた時は否定したが、今はダンテとして肯定させてもらう。
「そしてお前は俺の妹だ梔子」
「ほ、本当に、何を言っているのですか?」
俺の言葉に操られていながら何故か狼狽する梔子に、俺は構わず続ける。
「誓いだ」
「誓、い?」
「ああ」
梔子に対してと、自分に対してへの。
「俺は『家族』を見捨てない」
絶対に二度と。
「だから守る。例えこの身が滅びようと、死んでも守って見せる」
だからこそ――
「梔子。お前は俺の敵かもしれないが、俺はお前の味方だ」
「言っている事が滅茶苦茶です」
「だろうな」
だが言っておかなければならなかった。
これから先の地獄が始まる前に。
「――いやはや、何をするかと思えば、こんな興ざめする茶番を見せられるとは」
それまで黙っていた金髪が、嘆息を尽きながら、天を仰ぐ。
「心の動揺を突いて、私からの支配を解除しようという魂胆なのだろうが、下らない。確かに多少なりとも、精神支配は揺らいだようだが……」
パチンと金髪が指を鳴らす。
「うあああああぁァァ!?」
すると、先程と同じく梔子の胸元に刻まれた深紅の魔術紋が発光した。
「支配権はまだ私にある。そして今度は出力を上げた」
「……」
「どうだ魔女の弟子よ。これで黒咲 梔子は完璧な操り人形だ」
梔子の目から焦点が消え、虚ろな物となった。
表情からも感情は消え失せ、完全な無表情だ。
「一秒後に黒咲 梔子は引き金を引く。その前に君も戦闘を再開したまえ」
忠告のつもりなのだろう。
だがあまりに的外れな言葉に、俺は呆れざる負えない。
「お前、何か勘違いしていないか?」
「なんだと? 戦いを諦めると言って戦闘を中断したのは君ではないか」
「それがまず一つ目の勘違いだ」
俺は戦闘を中断してなどいない。
会話をしていたのは、付与魔術の効果が浸透するまでの時間を稼ぐ為だ。
そしてもう一つの勘違いは――
「さっき俺が諦めると言ったのは、戦いの事じゃない。梔子にこの施設の秘密を隠す事だ」
血は繋がっていないとはいえ、『妹』にわざわざ地獄を見せる事はないだろうと隠していたが、それもこれから不可能となる。
「さあ、お前も覚悟しろ。どういうわけか絶花と黒咲の事情には色々詳しいようだが、ここから先は地獄しかないぞ?」
「!……まさか君は――!」
どうやら俺が何をするのかに気付いたようだが、遅い。
既に下準備は完了している。
「エンチャント・アースブレイク」
俺は足を床に叩き付けたと足元に密かにマーキングしておいた魔術紋を一気に発動させた。
エンチャント・アースブレイク。
その効果は極めて単純にして強力だ。
「ぐ!? 狙いは我々の足場か!?」
正解だ。
エンチャント・アースブレイクはただ純粋に足元の地面や床を破壊する為の付与魔術。
その効果は極めて強力で食堂全体の床に破壊の力が伝播し、亀裂が入ったと同時に一気に床を崩壊させる。
(本当は意味がないんだがな)
いくら床を破壊しても、その先には剥き出しの地面があるだけ。
本来ならば確かにそうだろう。
だが――
「下に参りますってな」
瞬間床が下に向かって完全に倒壊した。
(出来れば、二度と行きたくなかったんだがな)
食堂の真下。その地下。
そこに存在するのは、俺が住んでいた第三特殊孤児院の真実の姿であり、
五年前のあの日、俺が黒咲 ユウの名を捨てた場所でもある。
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