chapter2『再会』
第8話黒咲 梔子
「ついに着きました!! ここが魔術学園都市アーカムです!!」
「うん! 辿り着いたねー!」
列車から降りたヒスイは、興奮を隠せない面持ちでせわしなく辺りを見回していた。
「すっごいですね! 流石は世界で有数の魔術学園都市! 人の数も段違いです!」
「通常の三倍だね!」
「写真とりましょう写真!」
「おー!」
「……お前ら少し落ち着け」
いくらなんでも初っ端からとばしすぎだ。周りの視線が痛い。
「むー。お兄ちゃんノリ悪いよ?」
「お前が良すぎるだけだ」
目的地に着いただけでテンションMaxな綾瀬に合わせられる程のコミュ力は俺にはない。
「やることやって今日はさっさと休みたいんだよ」
魔女信仰者達との一戦で蓄積された疲労は決して軽くはない。
何とか身体は動くようになったが、動くだけだ。
残っている魔力は僅か。『個有魔術』を限定発動した右手にいたっては、見た目だけが治っただけで、今だにまともに動かない。
本調子には程遠いというのが正直なところだ。
「そういえばダンさん。戻ってきてから、しんどそうでしたね」
「ああ」
戦闘が終わった後、荒野を抜ける前に俺とアトは席に戻った。
その際、
「ダンさんにベアちゃん! 突然消えて一体どこに行ってたんですか!?」
――という戻った俺達に対する綾瀬の発言から、停止していた者達は停止中の記憶がない事が分かった。
それはいい。いずれまた戦わないといけないであろうあの金髪の個有魔術の情報を得られた事は大変喜ばしい事だ。
だが――
「ゲロりそうになっていたお兄ちゃんを、トイレに連れて行ってたんだよ!!」
アトが綾瀬にした言い訳が最悪だった。
「ええ!? ダンさん、吐きそうになってたんですか!?」
「うん! トイレに行く前に口からバーストしそうになってたから、私が連れて行ってたんだよ!」
「あ、じゃあ突然いなくなったのは――」
「そう! お兄ちゃんが列車のトイレまでに間に合わずにリバースした時の為に、私が気配遮断と認識阻害の系統魔術を使ったからなのだ!!」
……いや、いくらなんでもその言い訳は無理があるだろう。
話の辻褄がまるで合っていない。
誰が聞いても嘘だと分か――
「成程! そうだったんですね!!」
うっそだろ綾瀬。
「目の前で会話していたのに、本当に消えたように見せる程の系統魔術を使えるなんて、ベアトちゃんは凄いです!」
しかもなんかアトの評価が上がってやがる。
「いや、実はもしかしたらダンさん、気分が悪いんじゃないのかなって思ってたんですよ! ずっと能面のような無表情でしたし……」
「……」
これは地だ。思わず言いかけたが、寸前で堪える。
折角都合よくとしているのだ。
ここで話を蒸し返す必要はない。
「くふ! くふふふふ……」
だが笑いを堪えているように見せかけて、まったく堪えていない魔女。てめえは駄目だ。後で覚えておけ。
「ダンさん。気分は大丈夫ですか?」
「ああ。今は落ち着いた」
「あの列車の中でもいいましたけど、私ビニール袋持ってるんで危なくなったら言ってください!」
「……ああ」
無邪気な善意は、特に悪意よりも凶悪だな。
「よかったねお兄ちゃん。これでどこでリバースしそうになっても安心だね」
そしてお前はそれ以上に凶悪だなアト。
まじで後で覚えておけよ。
「それじゃあ、私は寮に行こうと思いますが、お二人はどうされますか?」
「いや、俺達は――」
そもそも一般的な生徒とは違い、寮生活ではないのだ。
それにおそらく、そろそろ迎えが――
「ダンテ・アーリー。ベアト・アーリー」
来たか。
声が聞こえた方に視線を向ける。
「同行してもらってもよろしいですか?」
桜色の長髪と、豊満なバストが特徴的な少女。
(……こいつは?)
学生用の制服を着ている所を見ると、この学園の学生なのは間違いない。
だが身に纏う雰囲気は明らかに周りの学生達とは違う。
絶対的な自身と、それに見合うだけの魔力。
成程。流石は絶花だ。
案内人にこれだけの実力者を、あててくるとは人材に不自由をしていないようだ。
「あんたが――」
「ああー!!!」
「……?」
使いかと尋ねようとしていた俺を遮る程の大声が、駅のホームに響き渡った。
「ひょ、ひょ、ひょとして! 黒咲 梔子さんじゃないですか!?」
興奮した面持ちで、少女に近付く綾瀬。
「はい。私は黒咲 梔子です」
「やっぱり! あの、月刊ファウスト23号からのファンなんです!」
「そうですか。ありがとうございます」
「あ、握手してもらってもいいですか!?」
「どうぞ」
慣れているのか、表情を一切動かさずに握手に応じる梔子。
「ふああ!!!」
そして何が嬉しいのか、天にも昇るような顔で喜ぶ綾瀬……なんだあれ?
というか……だ。
「誰だ?」
まるで顔に覚えがない。『黒咲』の名を持つ主要人物なら面識がある俺がである。
あのような整った容姿。一度見ていれば忘れないはずだが――
「知らないのお兄ちゃん?」
「そういうお前は知っているのか」
「勿論。はいこれ」
「?」
どこからともなく雑誌を出したアトは、それを俺に手渡してきた。
「月刊ファウスト。三年ぐらい前に創刊した魔術使とか魔術の特集をやってる雑誌だよ」
「はー」
そんなものがあったのか。初耳だ。
「3ページ目を開いてみて」
「ああ」
言われた通りに雑誌の三ページ辺りを開く。
するとそこには黒咲 梔子の特集が載せられていた。
「英雄の懐刀。黒咲家の若き
少々安直ではあるが、目を引くキャッチコピーであると言えるだろう。
あの英雄の懐刀という時点で、この世界の人間なら否が応でも注目してしまう。
しかしだ。
(……黒咲も変わったな)
昔は
(五年という月日は想像以上に大きいものなのかもしれない)
複雑な心境で俺は雑誌のページをめくり、
「あ」
さっきとは違う意味で目が留まった。
スタイルの良い梔子が水着姿で、ポーズを取っている。
誰がどう見てもこれは――
「グラビ――」
「!!」
呟きは最後まで言えなかった。
それ所か、見ていた雑誌は瞬きの刹那に縦に裂かれてしまった。
「あなた……破廉恥です!」
原因は梔子の手に持った得物が原因だった。
(短刀……いや、小太刀か?)
珍しい武器を使う。
かつて東洋と呼ばれた場所の武器を扱う事の多い絶花の一派の中でも、小太刀を扱う奴を見たのはこれで二人目だ。
ああ、しかしまあ、それは置いておいて……だ。
「何をそんなに怒っている?」
「何をって、あなたが私を破廉恥な目で見ていたからです!」
「?」
そんな目で見ていたつもりはないのだが――
「アト、俺はそんな目をしていたか?」
同性から見ればそうだったのかもしれない。
「してないよ」
「だ、そうだぞ?」
なら、梔子の勘違いという可能性の方が大き――
「だってお兄ちゃんは私の身体にしか興味ないもん!!」
「――は?」
何言ってんの
「お兄ちゃんはね! 大きい胸よりも貧乳が好きなの! 熟した果実よりも青い果実の方が好物なの!」
「まじで何言ってんだお前!?」
人の事を、ロリコンみたいに言うな! 変な誤解を受けたらどうしてくれるんだ!?
「破廉恥です」
真っ当な男女関係に疎い俺でも分かるぞ!! さっきとは別の意味で引かれてるってな!!
「ち、ちがいますよ! 梔子さん!」
「? 違うとは?」
「えと、その、私、ダンさんと今日初めて会ったんですけど、ペドフェリアなんかじゃないと思います」
……気のせいか綾瀬さん? 微妙に話がランクアップしている気がするのだが?
「……本当ですか?」
「はい」
今だに警戒はされているが、誤解は解けたようだ。
「ダンさんはロリコンでもペドフェリアでもなく、シスコンなんだと思います!!」
思いもよらない変化球で帰って来やがった!?
「綾瀬。お前、俺の事をそんな風に見てたのか?」
「だって! ダンさんとベアちゃん、明らかに普通の兄妹よりも、距離が近いんですもん!」
「距離が近い?」
遠いではなく?
「仲良すぎるんですよ! おかしいかもしれませんが、二人が会話している所が、兄妹というより、恋人同士に見えるんですよ!」
「む」
それはまずいな。ほんの少し会話をした綾瀬に違和感を感じられるようでは、これからの学園生活で兄妹を演じきれるはずがない。
「具体的に教えてくれ」
ちょうどいい機会だ。今後の参考にする為に第三者からの意見を聞いておきたい。
「ぐ、具体的にですか?」
何故そこで頬を赤らめる?
「えっとですね――会話の最中に妙に見つめ合っていたりとか……」
「……してたか?」
普段通りなのだが。
いや、むしろ普段よりも視線を合わさないように意識しているのだが。
「み、妙に触れ合ってたりとか……」
「……あれでか?」
普段のアトならもっとべたべた触ってくるぞ?
「い、今だってこんな大勢の人の中で手を繋いでいるじゃないですか!」
「……」
言われて見ればその通りであった。
戦闘から回復した俺の左手はアトの右手と握り合っていた。
(成程……)
普通の兄妹とは、こういう場合手を繋がないものなのか。
昔姉がいたとはいえ、普通の兄妹関係ではなかったから、こういう意見は勉強になる。
ならば早速、手を離――
「ん?」
れない。
いや、俺は離そうとしているのだが……
「……(にこっ)」
アトの奴が力をこめて、決して離そうとしないのだ。
「アト、手を離せ」
「やーだ。私はお兄ちゃんと手を繋いでいたいんだもん」
「……」
甘えたがりな妹を演技しているつもりなのだろうが、俺の手はゴリラも真っ青な握力によって握られている。
「それともお兄ちゃんは――いや?」
潤んだ目で見つめて来るアトに、溜息を吐く。
(何がいや? だ)
断れば俺の手を握りつぶすつもりなのに、よく言う。
いつもならそれでも無理やり手を離してやる所だが、生憎と今は人目が多い。
となると、俺の取れる選択は必然的に一つしかないな。
「嫌だが、お前が繋いでいたいなら仕方ないな」
(あ、これはまずいな)
今度は俺にも分かった。
第三者から聞けば、この発言はかなり重度なシスコンのものだと。
「「……」」
その証明として俺を見る綾瀬と梔子の視線がかなり痛い。
シスコンの汚名は甘んじて受けるしかないようだ。
「……そろそろいいですか?」
ぞっとする程冷たい声を、梔子は発した。
「私は遊びに来たわけではありません。あなたを迎えに来たんです」
「ああ」
それは勿論知っている。
「ならさっさと着いてきてください。これ以上の茶番は我慢なりません」
そう言うと梔子は踵を返し、一人で歩き始めて行ってしまった。
「あ、もしかして私、失礼な事を言ってしまったのでしょうか?」
突然の梔子の態度の変化に、不安になったのだろう、綾瀬はおろおろとしていた。
「安心しろ。お前に怒ったわけじゃない」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ」
賭けてもいい。あいつが怒りを感じたのは綾瀬ではなく、
(裏切り者であるこの俺に……だろうな)
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