第18話 一触即発と思いきや……惚気ですか?
「えぇ、認めません! 認めるわけにはいけませんわ!」
これは宣戦布告である。
刺々しい言葉を放ったのは、銀髪の公爵令嬢。
陽の暖かな光を受けても尚、瞳は冷たい炎を灯したまま目の前に佇む黒髪の君を睨みつける。
一方、黒髪の少女はその言葉を受け止めるだけで言葉を返すことはない。
ただ銀髪の公爵令嬢をじっと見つめながら何かを思案している様子が見て取れた。
これは戦いの狼煙である。
両者が『あるモノ』を賭けて持てる力を尽くす。
ただ両者が欲しいモノ……それは少女の笑顔なのである。
……あぁもう、ダメです!
たまにはクールなモノローグをつけてやろうかなって思いましたが、もう限界です!
挑戦することは大事なのかもしれませんが、自身の力量を鑑みよというのが本日の教訓ですね。
というか、そんなことのために喧嘩する必要ありませんから!
人の笑顔なんて占有するようなモノではありません。本人自体がそんなことをつゆとも考えていないのですから。
しかしこのピリピリとした空気はどうしたものか。
確かに修羅場を眺めるのはこの上なく面白いですが、我がご主人様にまで被害が及ぶのであればぼうっとしているわけにはいきませんからね。
すいません、嘘です。すごくウキウキしています。
なんだかんだとハルカさんとレオノーラ様、それぞれの考えを理解しているだけに私はニヨニヨしてしまいますよ。
あぁ、こうゆう時にこの身体になってよかったなぁと実感してしまいます。
「あ、えっと」
気まずそうに二人を交互に見るエルフリーデの表情は絵に描いたように困惑しています。エルフリーデさん、今は見守りましょうよ。きっと面白いものが見ることが出来ますから。
さてさて、視線を二人に戻しましょうか。
「……」
レオノーラ様の言葉に先ほどからと変わらずハルカさんは何も言い返さず、じっと彼女を見つめたまま。
「なんですか! 何か言いたいことでもあって?」
対するレオノーラ様。自分が無視をされていると思い至ったのでしょうか、再び語気を強めながら、ハルカさんに詰め寄っていきます。
ついに一触即発の状態でしょうか。これは気を引き締めないといけないかも。
エルフリーデの膝から飛び降り、4本の脚ですぐに飛び出すことが出来るように身構えます。
ですがやはり杞憂と申しましょうか。もう手を伸ばせば触れることが出来そうな距離までレオノーラ様が近づいた瞬間、驚きにも似た声をハルカさんが放ったのです。
「なるほど……そういう事ですか」
なんとまぁいつも通りの言葉足らずな一言ですよ。これも理解している人にしか分からない発言ですよねぇ。
「あの、ハルカ……さん?」
そして分かっていない人がここにも一人。
素っ頓狂とも取れる発言をしたハルカさんに辿々しく尋ねようとするエルフリーデですが彼女の言葉よりも早く、ハルカさんが矢継ぎ早に言葉を紡ぎます。
「すいません。エルフリーデ様。少し席を外したく思います。ねぇ? アーレンベルク様」
「何を……!」
突然声をかけられるレオノーラ様は一瞬驚きの表情を見せますが、ハルカさんの言葉の意味を理解したのか、不敵な笑みを浮かべます。
「いえ、そうですわね。エルフリーデさん、少し待っていなさい!」
うむ、この笑みはライバル令嬢然としていらっしゃいますね。踵を返して歩き去っていく姿も非常に悠然とされています。
本当に、何をしても絵になる人だなぁ。
いけない、少し見惚れてしまいました。
「あ、はい……」
エルフリーデも自身も見惚れてしまったようで、少しぼんやりとしておられます。
さて、エルフリーデにはお待ちいただいて、お二人のお話を聞きにいくこととしますか。
私が前脚を動かそうとした時、ふわりと浮く身体に心地良さを覚えます。
首を回して見上げると、そこにはニコリと微笑むハルカさん。
フフフ、今回もルートヴィヒ様の時と同じようにタッグを組もうというわけですね。
いいでしょう、今日も頑張りますよ!
中庭から離れ私たちは何故かお屋敷の玄関を出て、黒塗りの馬車の側までやってきました。これはおそらくレオノーラ様が乗ってきた馬車でしょうか。
馬車の側でシャンと立っていた男性に何かを指示を出されています。そして男性は言葉と共に頷き、馬車の扉を開けていらっしゃいます。
こ、これはまさか! やはり貴族の秘密の会話といえば、隠し部屋か馬車の中って決まっているのですね! こればっかりは私も興奮を禁じ得ませんよ!
思わず興奮で鳴き声を上げてしまいます。その声に驚いたのか、ビクリと身体を震わせるレオノーラ様。
あれ? もしかして私に気付いていなかったのでしょうか。
ゆっくりと私たちの方に顔を見せたと思うと、真っ赤な顔をしながらこう叫んでいました。
「なんでその子を連れてきますの!」
い、今更ですか? んーレオノーラ様、珍しく緊張されているようですね。
まるで百面相のようにコロコロと変わる表情を見ながら、どうにかしてあげないとなぁと考えていると、頭上から聞こえる声に私がびっくりとしてしましました。
「この子は彼女のナイトですから。この子にもお話を聞く権利はありますよ」
「それは、確かにこの子は非常に賢い子ですけれど!」
二人して褒めてくれているのでしょうか。すごくむず痒いというか、反応に困ってしまいます。照れ隠しではないですが、元気に吠えておきましょうか。
賢いとか言われたら動き辛くなっちゃうでしょ。出来る限り、何も考えていない風を装わないと『目的』は果たせませんから。
先はまだまだ長いのです。
ハルカさんの言葉に納得はされていないようですがとりあえず頷き、馬車に乗り込んでいきます。ハルカさんもそれに続き、馬車に乗り込みます。
グヘヘ、夢にまで見た極秘会談シーンですよ。胸が熱くなりますね。
馬車の中に入ってみると狭くもなく丁度いい空間と言えばいいのでしょうか。
華美な装飾は施されておらず、ただ移動の為の設えられたような無駄の無いものとしてそこにありました。
ですがやはり……さすがは公爵家の馬車と言いましょうか。ハルカさんの腕から飛び降り、椅子の上に寝そべってみると肌に感じる心地良さと言ったら! 思わず表情が緩んでしまいます。
おっと、いけない。汚れた脚でこんな綺麗な場所に立ってしまった。
怒られてしまうかなと視線を上に上げると、そこにあったのは怒りではなく慈しみの表情と言えばいいのでしょうか。レオノーラ様は温和な表情を浮かべていました。
なんだ、心配は杞憂であったかもしれません。
ですがいいんですか、レオノーラ様。
貴女が敵と認識している彼女が、貴女に一矢報いようとしていますよ。
「―――アーレンベルク様」
まさに主人公のカットインが如く、この丁度いい馬車の中に響くハルカさんの声。
この声を聞けば緩んだ表情を浮かべていたレオノーラ様も瞬時に厳しい表情を作りながら彼女を見据えています。
突然変わってしまった空気にピリピリと肌が痺れる感覚を覚えますが、
「先ほどのお言葉、拒否させていただきます」
端から聞いている私がびっくりするくらいの言葉を、ハルカさんは口にしてしまうのです。
これにはレオノーラ様も思わず息を飲み込み、ハルカさんに視線を送っています。ですが瞳からはすぐに驚きの色は消え失せ、はっきりとした不快感を示します。
「……貴女、私が誰だか分かって口答えをされているのかしら?」
「えぇ」
「であれば、貴女も身の程を弁えてなさいな」
そう。レオノーラ様は公爵家の一員。対するハルカさんはこの国随一とは言っても一介の商家の一人娘。
本来であればそのような無理難題や不条理な事であっても受け入れて然るべき身分差が横たわっているのです。
「申し訳ないですが、承知することは出来かねます」
だというのに……この人、思い切りが良すぎませんか? 不敬と認定されて、何をされても文句は言えませんよ?
これには私も冷や汗ものですよ。
「……何度も同じことは言いませんわよ?」
「そうですか。ですが私はエルフリーデ様との繋がりを断とうなどとは思えませんので」
何故ここまではっきりと言い切ることができるのでしょうか。
何か確信めいたものを感じていらっしゃるのでしょう。ここまで放たれた言葉に一切の淀みやつまりはなく、ただ事実と感情を籠めた無駄の無い言葉だと素直に思えました。
こんなところに彼女の、主人公たる性質を見てしまうとは。
この場にエルフリーデがいればなぁと考えていると、わざとらしくため息をつく音が漏れます。
「―――本当に、強かなんですわね」
先ほどまでの厳しかった表情はどこに行ってしまったのか、まるで風船から空気を抜いたように少し表情は緩むレオノーラ様。
「まったく、お兄様に聞いた通りの方ですわ」
「それはお褒めいただいていると考えて良いのでしょか?」
「何を分かりきったことを!」
本当に今日は百面相なレオノーラ様ですね。笑みを浮かべていたと思ったらすぐに顔を真っ赤にしていらっしゃいます。
おそらく彼女の周囲にはハルカさんのような人はいなかったのでしょう。いつもの調子が全く出ていない様子です。
「……光栄です、アーレンベルク様」
そう呟き、深く頭を下げるハルカさん。こうゆうところがきちんとしているから憎めないんでしょね。
まぁ一言言わせてください。
完全に、レオノーラ様が手玉に取られておる。ハルカさん、貴女やり手ですね!
そんなことを考えながらハルカさんを眺めていると不意にレオノーラ様がこんな一言。
「で、なぜ彼女なんですか?」
正直私には理解のできない問い方。
「何故? それに理由を求めることは不毛ですわ」
しかしレオノーラ様の言葉足らずのそれの真意に気付いているのでしょうか。というかあまりに不遜な物言いじゃありません?
「な!」
さすがに眉根をひそめるレオノーラ様。これは、さっき危機を回避したばっかりなのに!
また嫌な空気になっちゃうじゃないですか。
「ただ、一つだけ。あの方が不意に見せる素直なところ……きっと、貴女様も好感をもってらっしゃるはずです」
再び口を開いたハルカさんは優しい声色で、噛み締めるように呟いた言葉に場の空気はガラリと変わります。
ハルカさん、本当にエルフリーデを大事に思ってくださっているようです。これには私も嬉しいです。
ですがこの空気が再びガラリと変わってしまうとは、私は思いもしなかったのです。
「分かっているじゃない! えぇそうなのよ! 彼女の素晴らしいところは……すいません、端なかったですわね」
いやぁ、今良いものを見ましたよ。
普段見ることのできない、テンションが上がったレオノーラ様。
それに加えて貴族らしく無い振る舞いをしてしまったという恥ずかしさに思わず両手で顔を覆っていらっしゃいます。
でもこんな風に感情のコントロールを失念してしまうくらいに、エルフリーデが大きな存在になっているということですよね。
ですから喋ることができたら、きっとこう言って差し上げていたと思います。
「いえ、そんなことはございませんよ」
驚きですね、まさかハルカさんが私の気持ちを代弁してくださるとは! 彼女の方を見ると、丁度彼女もこちらを見てニコリとされています。
こ、この人は本当に強者だな! 嫌われないようと心に誓うこととしましょう。
とりあえずレオノーラ様が平常運転になるまではここから動くことは出来ませんし、少しだけ休憩さえていただくこととしましょうか。
今日はまだまだ楽しい場面が見ることが出来るはず。
体力はしっかり温存しないとおきましょう。
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