約束された結末

ためひまし

　「あなたの結末は『死』です。」

　目を覚ますといつものゴミに溢れたベッドルーム。ゴミの日がよく分からないし、調べる気も無いから時々やって来る母親に掃除させてしまう親不孝の僕だ。時計の回る音が五月蠅い。まだ十時だというのだからもっと静かにしてほしいものだ。今日のバイトは十七時からだから、もうちょっとだけ寝るとすることにして、布団に潜り込む。

　「そういえば、さっきのって夢だよな……えらく引っかかるんだよな」

　そう思っていたのも一瞬。睡魔に思考はジャックされ、睡眠という夢へ流れて行った。

　「あなたは選ばれた存在です。夢の中でだけある特定の未来を選択することのできる能力が与えられました。使い方はあなた次第です。私共は使い方などの説明は一切させていただきませんので、ご自分の感覚で使用なさってください。では、楽しい時間を。」

　「あなたの結末は『死』です。」

　目を覚ますといつものゴミに溢れたベッドルーム。ゴミの日がよく分からないし、調べる気も無いから時々やって来る母親に掃除させてしまう親不孝の僕だ。時計の回る音が五月蠅い。やっと十五時ってところだ。バイトまで二時間。お風呂に入って支度しようとする。ゴミの山を密林のようにかき分けて歩く。とてもかき分けることのできない山がある。小さい山だ。乗り越えられないものではない。僕は、お得意の山越えを披露すべく、痩せすぎてすらりと伸びた右脚をまたがせる。左足はどうなっているかというと、ゴミを踏んでいた。つるり滑った挙句、僕が着地したのは机の角、この歳になってまで残してあった青春の残り香に殺された。

　「あなたの結末は『死』です。見事に当たりましたね。死因は『バナナの皮に足を取られ死亡』とかにしておきますか。面白いですね。まだ私を楽しませてくださいね。」

　目を覚ますといつものゴミに溢れたベッドルーム。そのはずだった。けれど鈍い痛みが頭を走り徐々に記憶を取り戻していく。

　「僕は今、死んだのか？　でも、生きてるし」

　記憶が手元に残っていることによって、自分がどんな体験をしてどんな夢だったのかどんな現実だったのかわからなくなる。けれど、分かることを整理して二度と同じ過ちをしないようにゴミをかき分ける。

　ある程度進むと、やはり、左足の下にはバナナの皮が存在していた。ここで一度冷静になって、来た道を戻ってバナナの皮を処分した。処分といっても性格がこのよく分からない夢によって変わるはずもなく、ゴミ袋の上らへんのできるだけ遠くに投げ捨てた。このままでは部屋が汚くなる一方だが、この際だ、気にしてられらない。

　汚い寝室から抜けると八畳の一部屋。この家は二つの部屋でできている。カーテンの隙間からは木漏れ日に似た綺麗な太陽が挨拶していた。僕は、昼頃に起きてこの太陽を見るのが一番嫌いだった。この太陽の日差しを見るとどうしても心の中で成功している人のことが見えてしまうからだ。そんな嫌気でもこの性格を変えられるには至っていないから僕の性格の頑固さは昭和初期のおじいちゃんみたいなものなのかもしれない。けして、昭和初期の人を馬鹿にしているわけではない。ただ、低学歴なのが災いしてそんな陳腐な偏見しか持っていないだけだ。やることをなくしてふと時計に目をやると十時十分。記憶では、二度寝をしたはずだから十時のはずはないはずなのだが、それでもこの時計は実家から持って来た電波時計だからそう狂うはずはない。机に腰をかけ今朝あったことを整理するために、口に出してみる。

　「まず、十時に起きて……いや、夢がなんかあって、それで二度寝して起きたら死んだような感覚になってまた起きたわけ」

　曖昧すぎる記憶では整理するどころかどんどんと疑問を運んでくる。

　「じゃあ、夢？　どれが夢だ？」

　考えているといつのまにか十時半。意外と長考していたようだが、やることもないからと手元に光るスマホに意識を落とし込む。ニュースの記事にはいつも通りの事件や汚職だらけでスマホまでが血と汚い心であぶれた気がした。

　こんなゴミみたいな生活でも生きていけてしまうし、夢も見る。くだらない生活が及ぼす影響なんて数十年後の未来だ。今の僕には関係ない。

　YouTubeというのは偉大だ。惰性で半日は持ってかれる。今の時刻は十四時と十分。バイトの支度しなきゃ間に合わなくなる。急いで支度。僕の脳へ委託する。

　脳の働きとはこれはもう偉大だ。ものの数分で身支度を終わらせ、玄関の黒い扉を開いたところで隣人と遭遇してしまう。この隣人は僕を見るたびに睨みつけてくるから少しばかりかかなり怖い。こんな時は軽い会釈をしてそそくさとマンションの敷地から出るに限る。さあ、バイトだ。

　陽も落ちかけ幻想的な景色を僕の角膜は受け取り脳に信号を送る。『不快』と。

　午前三時、そろそろバイトにも飽きてくるころ。人も来ない、仕事もない、何もない。スマホをいじるにも店長になんて言われるか分かったものじゃない。それでも、暇だとアイツが襲ってくる、睡魔が。

　「あなたの結末は『死』です。」

　「お久しぶりです。だいたい十七時間ぶりくらいですか……えらく健康的ですね。まあ、無駄話はこの辺にしてお楽しみください。」

　僕は小さくも大きくもない物音で起きた。

　『客か？　店長か？』

　そう思って顔を上げるとそこには、ナイフで脅す黒い覆面をした強盗らしき人物がいた。

　「おい！　金をだせ早く！　はやく！」

　僕は眠かった脳を動かしてようやく理解できた。これは強盗だ。どうにかして対処しなければ。穏便に済ませよう。金を渡す、それで僕の命は助かる。これはバイトリーダーに求めすぎだ。店長に責任をなすりつけよう。僕は何もしゃべらずに、レジを開けた。

　僕の足が震えていたことは自分でもわかるほどだ。ガラケーの着信くらい震えていた。スマホではありないだろう？　そのくらい震えていた。しまいには腕から手、指までもが痙攣のように小刻みに揺れていた。ストッパーを上げることもままならない。札を握ることもできないくらいだ。それを見かねた強盗は僕の胸めがけてナイフを振り上げた。かわす事も出来ずにそのまま倒れこんだ。未知への対処が出来ずに殺された。

　「あなたの結末は『死』です。見事に当たりましたね。死因はベタですが『強盗に襲来され死亡』としておきましょうか。面白いですね、あの慌てよう。まだ私を楽しませてくださいね。では」

　頭ごなしに怒鳴られる。と言っても状況がつかめない。目をゆっくりと開くと店長の姿があった。どうやら僕はこれから怒られるみたいだ。ちょいと憂鬱だ。

　「なんで勤務中に寝てるんだ！　ちゃんと仕事しろ！　減給するぞ」

　僕の口から出続けていたのは『すみません』『以後気をつけます』の二語だった。まるで乳児の二語文にもどった気分だった。

　「強盗……」

　朝方、僕の束縛の時間は終わり、バイト中に仕入れておいた弁当を持って自宅に直行する。いつもと変わらないゴミ屋敷に少しだけうんざりする。その中でいつもの景色に一つだけいつもと違うような物があった。きっと住んでいる僕でしか気付かないような変化。きっとみんなであれば小一時間頭を悩ませても気付きはしない。

　「しまった……鍵を閉めるのを忘れていた。完全にうかつだったな」

　そう呟いて、部屋の異常を元に戻すが、この家に金目のものは一切ない。あったとしてこのゴミじゃわかりやしない。

　ゴミ袋のせいで二部屋のようになっている区切りを思いっきり跨ぐ。ベッドに直行してからものの数分で眠りに就いた。

　「あなたの結末は『死』です。よくもまあこんな短時間に何回も死ねますね。まあ、ぼくが仕掛けている部分もあるんですけどね。必然的偶発現象。バイトお疲れさまでした。次はどうなることやら、では」

　何か声が聞こえた気がして目が少しではあるが覚めてしまった。今は何時だろうか。時計を見上げると短針と長針との交わりが直角くらいで十時を指していた。

　今日は十五時からのバイトなので、早めに起きておくことにする。鉛のように重くなった身体を強引に引き上げて少しづつ朝に身体を慣らしていく。座っている部分だけがほんのり沈んだマットレスに正気を吸われていた。

　ホットミルクが飲みたい。けれど、このゴミ屋敷にそんなものがあるはずがない。たとえあるとしても見つかるわけがない。探す気も失せるだろ。埋蔵金じゃないからね。

　物音が玄関近くで聞こえた気がして、いつの日か頼んだ配達便かと思い、身体を起こすためにも玄関に近づく。寝ぼけ眼だ。一歩目を踏み込んで気がつく。一歩目の右足にちっとも力がはいっていない。一瞬酔っ払いの足になって倒れこんだ。幸いにもここはゴミ屋敷。怪我する前にゴミがクッションとして働いてくれる。ゴミ屋敷の利点はきっとこのくらいだ。

　体勢を整えて玄関へまた一歩と近づく。

　細く伸びる玄関のような通路の手前に趣味の悪い一面裏葉色のカーテン。くぐると見えてくるのは右手にトイレ。左手にお気に入りの絵画。高そうに聞こえる響きもそうでもない。友達のつてで無料で手に入れたからだ。玄関ののぞき窓で確認するも何も見えない。隣人が出かける音だったか、と少し落胆する。踵を返し、二部屋になってしまったベッドルームに戻る。

　後ろから何か『きゅっ』といった立て付けの悪い音がしたが気にしない。どうせまた隣人だ。

　「ドン！」

　鈍い音がした。