親不孝息子
柊ツカサ
1話
これは、僕がヒーローになってからの話──
──201X年4月 僕は大学に進学した。
田舎から都会へとはいかなかったが、今まで暮らしていた土地より発展した土地へと移り住む事となった。
例えるなら今まで見てきた土地が2Dで、移り住んだ土地が3Dといった所だろうか。
僕はそんなところへ移ってきた。登校初日は学校ガイダンス、校舎案内、そして数グループに別れ自己紹介をした。
僕が入った学科には同じ学校、同じ土地から移って来た人は一人もおらず、土地の名を口にすると皆地域区分でしか分からないようだった。
僕はこの日から土地の名で呼ばれるようになった。
僕は自分で言うのもなんだが、明るくとっつきやすい人間だった。そのおかげで学校初日にこの先の人生ずっと関わりをもつ友人と呼べる者が21人もできた。これは、学科内だけでなくサークルも含めた人数で⋯⋯
このうち3人と1番過ごした時間も交わした会話の数も、多かったと思う。僕ら4人はたった3日で10年来の友人のような関係になっていた。この前出会ったとは思えない、それが4人の口癖。
僕らは旅行へ行くことを約束した。
その場だけのデマカセ。日時も行先も決めず、考えもせずできた、ただの言葉。僕らはそれを約束と呼んだんだ。
──201X年5月 僕らが出会って初めての長期休
実家帰省組と僕を含めた残留組とで別れ、残留組はバイト、バイト、バイトの日々。俺たち4人組も各々の組にわかれ汗水垂らして働いたり、久しぶりの実家でくつろいでいた。基本的に夜間にバイトしていた僕は7日で7万近く稼いだ。これは、21人の中でもトップクラス、でも夜人間になったのはきつかったな、あれ程陽を恨んだことはない。
時計屋に入ってガラスケースの中の時計と睨めっこ、傍から見たら笑える顔だね。こんな僕にこの定員は僕を親孝行者だと褒めたんだ⋯⋯そんな事無かったのに⋯⋯。
この定員はやっぱり見る目がなかった。腕時計を買いに入ったこのお店は多種類の時計を扱っているらしいのだが、コイツは値をはるものしか奨めず、デザイン無視。あぁ、ここはいいや、って思って二度と来るかと思って愛想笑いで帰ったな。
その後もいい物が見つからず、仕方なく帰路へついたんだけど、ハンドメイド限定のマーケットが帰路の途中で開催されてて、何となく気になって入場料払って入ったんだ。
ここで僕は、黒い木製の時計と木製のペンを買ったんだ。これなら職場にもつけて行けるし、使えるだろうからと選んだんだ。
そうだ、そうだったここの人はね、お礼しか言わなかったんだ。僕が作ったものを選んでくれてありがとう、って。
僕は、この人の作品だけじゃなくこの人にも惹かれたんだと思う。だから僕は一目見て気に入ったし、けっして高価とは言えないが安価でもないものを、いつもの僕なら買わない洒落たものを、両親に送る為に買ったんだ。
この日の夕方、買った時の気分のままに一筆書いてダンボールに詰めて送った。普段は不吉な猫でも、この黒猫は大切なものを届けてくれると信じて。
そして、その足で帰省組と合流して仲良し4人で飲み会と称した、飯食いに行ったんだ。アルコールも入っていないのに、すごく盛り上がったのを覚えている。二次会と称し、明日から学校が始まるというのにも関わらず、カラオケに行って感情を、楽しいを叫んだんだ。最初はみんなテンション上がりまくりで、みんなで熱唱したりしたけど、閉店が近づくにつれてグロッキーで声カスカスの男が出来上がってきたんだ。
次の日学校で、授業後に22人で爆笑したのを覚えてるよ。4人の顔についた赤い模様を指さして、僕らは自分の顔で笑われている事に気づかずに、互いに見やって笑ったのを今でも覚えているよ。
──201X年6月 大学生活にも慣れた頃
僕は、謎の病気により目にカサブタの様なものが出来、目を覆われてしまった。
予兆はあった。目が腫れたり、皮が剥けたり、目あにが出たり⋯⋯それでも僕は、目の腫れに気付かずに、皮剥けなんか気にせずに、目あにに危機感を覚えずにバイトと学業に明け暮れていたんだ。
そんな中でのコイツは正直痛かった。慣れない土地、平均8.5時間勤務のバイトによる疲れや体調の乱れが多く講義を数回休んでいたからだ。
僕は手を使って目を開け、カサブタが付いた顔で眼科へ駆け込んだ。この日の検診では原因が分からなかったが、後日ストレスによる目薬への異常な反応、つまりストレスによってアレルギーを発症してしまったということが分かった。慣れない土地での新たな生活、夜遅くまで続くバイトがストレスとなり積み重なっていた。
僕は、中旬にバイト先へ退職願いを提出した。
これ以降、アレルギーが無くなる、良くなることは無かった。
──201X年7月 学生の敵、期末テストがある月
新たなバイト先を探すことなく、出来た時間で期末テストの為今までの講義内容を思い出しつつ僕は勉強するはずもなく、遊び呆けていた。
地域との交流と題し、仲良くなったおじさんに誘われ野球大会にチームを組んで出場したり、みんなでカラオケへ行き歌ったり、勉強会と言って鍋を囲って騒いだり⋯⋯今思えば危機感なく良く遊べたと思う。
その為、テストは散々、ギリギリ単位取得が大半であの時は悪寒が走ったよ。
まぁ、でもこんなバカな事も振り返れば笑い話と傷を舐めあったな、そう言えば1人笑ってなかったがあいつは大丈夫だろうか?
懐かしい顔を観ながら、僕はふと無意識に口を開いた。
「そういや、もうずっと会ってねぇな⋯⋯」
淡い光の中、頭を抱えたり、肩を組んだりしながら笑う青年達
その姿に懐かしさを覚えながら僕はまた、見入る。
7月の僕達はすぐそこまで迫った
──201X年8月 長い長い⋯⋯いや、長すぎる夏季休暇
休暇とは短く貴重なものだから嬉しいんだ。
観覧用のあまり独り言を呟かないSNSのアカウントで僕は呟いた。
テスト最終日の夜、初っ端から張り切りすぎて飛ばした僕は、高校の頃の友達のいる他県へ旅行に行った。夜中の新幹線は夏休み中盤ということもあり意外と少なくゆっくりは出来たがテスト疲れ、単位取得と時間に間に合い心配事が無くなって、今まで張り詰めていたものが一気に解けて⋯⋯寝てしまったんだ。
運良く終点が目的地だったから良かったけど、危なかったなぁ。高校の頃の友達と半年ぶりに会って、疲れなんか忘れて明け方まで遊んで、気づけば日も空けてたっけ、ん、あれ?あぁ⋯⋯この時僕、卒アル観ながら思い出話に明け暮れていたのか⋯⋯。
その後、2人とも寝てしまって⋯⋯昼過ぎに起きて明日の予定を話し合ったっけ。たった5日間だったけど、高校時代にタイムスリップしたと錯覚するようなそんな、不思議なものを僕らは感じて⋯⋯なんて言ったらいいんだろう、こぅほら、えっと⋯⋯あーもう⋯⋯、まぁすごく楽しかった!って事!
旅行後は、新たにバイトを始めゼミ活動見学や企業見学等のイベントに参加するだけで、他には何もせずただただ趣味の読書をしていたな。
みんな帰っちゃって、残った子も車校で、バイト以外では外に出ることなく、ご飯もめんどくさくて食べなかったりとか生活リズムだだ崩れの暮らしをしていたんだ。あぁ⋯⋯確かこの頃バイトも曇りの日が多くて、陽の光が憎たらしいものになっていて、日光を浴びると肌が焼かれている様な痛みを感じ直ぐに日焼けしてしまう弱々しい身体になっていたんだ。バイトの日が晴れだとその日の風呂は憂鬱だったよ。
──201X年9月 大学再開
9月初旬、旅費やら外食やらの料金が低下、元に戻ってきた頃実家へ里帰り。お土産袋、スーツを手に背に背負ったリュックには最小限の着替えを入れて帰ってきたっけな。
出迎えは⋯⋯確か従兄弟と旦那の2人。
従兄弟の旦那さんとは、それ以前であった事も話した事なく、互いに画像からの情報と従兄弟達からの話でしか知らない存在だから、あの時はびっくりしたよ。
忙しい中、結婚式に参加の為に帰ってきてくれてありがとうって言われ、昼飯ご馳走になったけどさ、やっぱり身内になるって実感なくて、互いにぎこちなくて従兄弟を介して話したっけ?あー、この時の顔見てよこれ、作り笑顔の僕と不安な顔した旦那さんの顔。
互いに気を使いすぎて、悪循環。ただの、従兄弟だってのにうちがただただ身内同士近場に住んでいるからと、繋がりが強いだけで今からは薄れてゆく細い糸なのに、気を使わなくてもよかったのにな⋯⋯。
でも、2人をみていると何だか恋人同士ではなくて⋯⋯こう、夫婦って感じだったな⋯⋯、こんな風に僕もなるんだと⋯⋯なると、思ってたんだけどね。
久しぶりの実家では、今まで以上に怠惰に過ごせると⋯⋯思ってたんだけどねぇ、帰って早々こちらにいる時間が少ないからと、やることリストを渡されて家の掃除、庭の手入れやら⋯⋯帰ってくる前よりも忙しい生活だったな⋯⋯。
その2日後、結婚式に出席したんだ。
花嫁衣裳は綺麗で、花婿はぎこちなくもどこかカッコよくて⋯⋯。不思議な空間ですぅっと時間がそよ風が吹く様に過ぎていったんだ。
空に上がって行く風船。
僕の飛ばした風船はどこへ行くのだろうか、できればこの姿を見られなかった、参加できなかった親戚達に届いてくれたらと、僕はそっと詩人になったかの様に願ったんだ。
結婚式の日の夜、親戚一同で宴。
大学生になったのだからと酒を勧める方、もう半月経ったのかとしみじみと物思いにふける方、彼女はできたかと⋯⋯お節介な質問を投げる人、酔っ払い。
宴の片付けや設置などの準備を手伝いつつ相手をした。
顔を真っ赤にして、喜ぶ親戚をみてこうはなりたくないと思いつつも、早く混ざりたいとは思った。
2年後の姿を想像して、僕はそっと缶ジュースを飲みほして、熱気と残暑とで熱くなった身体を冷ましたんだ。
次の日からは、ずっと家事。
料理、洗濯、風呂掃除⋯⋯。
忙しっ。て時間が今になって欲しくなってきたな。
「⋯なぁ、まだまだ続くんだよな?早送りとかできないのか?
⋯⋯⋯。はぁ、思い出は見るよりも語り合いたいんだけどな⋯⋯」
帰省の日、その日は親戚の殆どが見送りに来てくれた。来なくていいのに、休みだからと言って来てくれた。
次は春にと、約束を交わして背を向けた。
9月も中頃になると、残暑も弱まり夏休みも終盤に差し掛かる。
1部大学生はこの頃どんな事を考えるか、それは⋯⋯。
僕は振動するスマホを手に取り電話に出た。
確か相手は仲のいい友達。
夏休み中、遊べなかったからと遊び足りないから、今から遊びに行こうぜと言う内容だったはず⋯⋯。
まぁ、僕も遊びたかったし二つ返事で返してショッピングモールや、バッティングセンターやら行ったなぁ。UFOキャッチャーでお金スり。野球選手の打ち方真似して三振。調子にのってナンパしに行って砕け散る友達見て笑ったり⋯⋯、最後に映画を見に行ったっけ?題名は⋯⋯あー見えない⋯⋯。でも確か、内容は海外アクション。初めての夏を、最後の夏を、不格好に楽しく、終わらせた。
その後はまた、講義が再開。僕らにまた日常が戻ってきた。
講義、バイト、講義、集会、講義、バイト、講義、バイト⋯⋯
──201X年 10月 待ちに待った学⋯⋯祭
まだ少し暑かった10月初旬。僕は薄い長袖を腕までまくって久々の部会に参加。確か⋯⋯あーそうそう久しぶりに部員全員が部室に集まったせいでスペースが足りなくて、部室の外で友達と一緒に部長の話を聞いたっけ。大学祭の模擬店とサークル対抗ゲーム大会にカラオケ大会⋯⋯名目上では、サークル同士の付き合いをとかだったような⋯⋯。まぁいいや。
そんで確か僕らのサークルは、誰も出たがらなくてジャンケンで決めたよな⋯⋯いつも、こういう面倒臭いやつとか誰もやりたがらない時は部長が進んで出るんだけど、部長は大学祭と就活の大事な予定が被ってるとかで出れないとかで⋯⋯。
ははは、まぁなんとか
高校までの文化祭は、模擬店とかもやらず各クラス出し物をしたり教室で作品展示をするだけの小規模なものだったし、近くに大学も無くてマンガやアニメ、小説でしか大学の学祭を知らなかったから、どれほど大規模なんだろうって期待してたんだけどね。
うん。まぁ、室内か外か、模擬店があるかないかの差でしか無かったね。
けど楽しかったよ、学祭込みの三連休。友達とタコパ⋯⋯いや、ロシアンルーレットしたのはね。
たこ焼きに虫はダメ。食用でもダメ。
まぁでも1番のハズレはマーマレードだったぽいけどね。
秋をすっ飛ばして来た冬。季節も僕らも時間感覚がズレ、あっと言う間に半年もの月日が経っていたようだ。
10月最後の日曜日。初めて合コンというものに参加した。
3対3、相手は友達の先輩の知り合いとかで、女大の同学年の子3名。見た目的には髪が長くて、清楚で上品な子が1番だったんだけど⋯⋯、何故だろう、何でショートカットのクールな子に声をかけたのか、また会いたいと思ったのか僕は、とても不思議で相手も同じだったらしくて、この後11月に告白したんだけどその時も不思議そうで私でいいのかって、少し恥ずかしそうに、少し怯えながら聞いてきた。
初めて弱々しい彼女をみて、本当の彼女を見て親近感が湧いて⋯⋯、あーだから僕が護らないとって、いや護りたいって思っちゃったんだと思う。
──201X年 11月 スタートライン
僕らは、大学生であって大学生では無かった。
僕らは、まだ高校生でしか無かった。
なーんてね、改めて観るとよく分かる、この日空きコマ中に行われたプレゼン発表で感じたものが。
この発表は、夏季休暇中インターンに行った同学科の先輩ら数名による報告会で、僕らはそこで2回生の方が1回生の頃からインターンへ行っていた事に驚きを覚えた。
まだ早いだろう⋯⋯。3年生のしかいい所は行けないから。
これは普通では無くて、何も知らない僕達の言い訳でしか無かった。
僕らは、まだスタートラインにすら立っていなかった。僕らはまだ何も行動していない。
勉強とサークルと遊び、バイト。
この半年僕らがしていたのは、高校生と同じ暮らしだった。
この日から僕らは少し、大学生へと近づいたと思う。
興味のあるゼミへ見学へ行ったり、ボランティア活動をしたり、企業、資格への関心、知識を高め始めた。
僕らの道は同じではなく、この先見る道が未来の僕らとも違う事を念頭に僕らは、手分けして調べた。
パーティーとは言えないが、友達の部屋で互いに興味のある方面を調べ、少しでも他の友達が興味のあ理想な部署があればついでにそこもと、情報を積み重ねて行った。
高校生の頃は語るしか無かったものが、今は少しだけ現実味を帯びたものとして僕らの手で肉付けし実体へと⋯⋯。
目の前の光が乱雑に反射し視界を覆う、俺は目を擦った。
「見たかったなぁ⋯⋯一緒に。」
手を伝い、指を伝う何も移さない真っ黒な雫は、冷たい床で跳ねる。床は汚物とでも認識したのか飲み干してはくれなかった。
視線を戻すと既に11月も終わりに差し掛かっていた。
白い息を吐きながら笑い合う姿、一日がとても短く感じる2人っきりの放課後、何ら特別でもなかったごく普通な日。
でも、そんな日でも僕は覚えている。細部まで。
「なぁ、早く次行こうぜ。感傷に浸るのもいいけどさ、俺が見たいのはこれじゃない。なぁ、おーい⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
はぁ、暇人め⋯⋯。」
──201X年 12月 約束
12月初旬2月から始まる春休みに向けてやっと、僕らは動き出したんだ。僕らが約束と読んだその場だけだったはずの言葉を、実行する為に。
日程は2月初旬から半ば、2泊3日程度が最適。僕らの会議は踊ることなく真っ直ぐ終着点へと進んで行く。
どこへ行こうか。名所巡りか、アウトドア、それともテーマパークか、海外か。
海外は卒業旅行で他の奴らも一緒が良くね。そうだな、そうだね、そうしよう。
なら、この時期いくならスキーとかどう。それもいいけど温泉とかも行きたいね、美味い飯も欲しいよね、そんなら北海道とかどうやろか。
川の水が上流から下流へと流れるようにスムーズに、障害物に当たることなく下ってく。
それじゃあ、2泊3日北海道でスキー旅行に決定な。なら俺がプランを組むよ、あぁ任せた、頼む。
狭い狭い部屋、あの時この部屋で吐いたただの言葉。
僕らは僕らの約束を果たそうと動き始めた。
「悪ぃな、いけなくなっちった」
俺はそっと吐いた。
「まぁ、でもよ、許してくれよ。いいだろ?」
画面の中で、笑い合う仲良し四人組。
4人は、一緒に部屋を出た。
「⋯⋯いきたかった、本音をいやぁ、いきたかったよ
お前らと一緒に⋯⋯」
ひとつ零した。
少し湿った風音が俺の後ろから聴こえてきた。
目の前の映像は止まることなく、映し続けた。
画面に映っている映像の中の俺は、残りの3人と笑って別れ夜空を見上げて一言呟いていた。
「あと少しで、これも終わりか」
余韻に浸りながら、俺は優しく息を吐くように言った。
12月22日
12月も終わりに迫り、今年も終わりが近づいてきた。
この年の年末は様々なイベントが待っている。
画面に映る予定表にはビッシリと文字が書かれていた。
24日男だけ10人のクリスマスパーティー、25日彼女と初めてのクリスマス、28日実家へと帰省⋯⋯。本当は24、25は彼女と過ごしたかったのだが、実家暮らしの為家族でクリスマスパーティーをするとかで僕は家族の方にイブを譲った。一人暮らしになると友達や恋人には、家族でのイベント事にはできるだけ参加して欲しいと思ってしまうんだよな。
僕はペンを置き、手帳をしまうと近くに座っている友達に24日の予定を確認し、今年最後の講義を終えた。
付き合っている事を伏せていた僕は、友達とだべりながら帰路につき、皆と別れると直ぐにスマホを出して彼女に電話する。
互いに別々の方向、周りには話さずひっそりと付き合っていた僕らの帰路は歩きながらの電話が定着していた。
一緒に帰れない時はほぼ毎回で、電話は僕からかける。いつの間にか定着してた。
僕はたくさん話した。僕らは互いに起きた面白い事、楽しかった事、嬉しかった事を共有していった。
12月23日
今日は小さな縦長のショッピングモールで買い物、買うものは彼女へのクリスマスプレゼントと家族(妹)へのクリスマス兼誕生日プレゼント、そしてクリスマスパーティーの時のプレゼント交換用のプレゼント。
妹へのプレゼントはもう決まってて、というか11月20日の誕生日にプレゼント買うのも、贈るの忘れてて、大きなペンギンのぬいぐるみを郵送で。
ほか2つが迷いどころ、交換用はふざけるの決定で、彼女へは⋯⋯ん〜とすごく悩んだ。
身につけれるものがいいのか、使い捨て系がいいのか。あんまり高くないものでって言われたけどどれくらい?好みはある程度分かるけど、欲しがってる物が分からない。あーっ!って思いながらグルグル回って回って回って。やっとかっとこれなら!ってのを最上階、6階で見つけたんだ。そいつは1番の働き者。女性用だけど少しカッコイイ感じのを選んで、ついでにラッコのストラップも買ったんだ。彼女は身につけるものはクールなものだけど意外と、いや意外ではないけど可愛いものが好き。アザラシやラッコとか癒し系と呼ばれる動物系が特に。
あとは、ふざけたものを買うだけ。
色々回った。雑貨屋、書店、レディースに、ベビー用品店⋯⋯。
結局いいものが見つからなくて、黒い長財布と避妊具を買い、小銭より先に2回分入れてからもう一度包装し直した。
残りは勿論、自分用。
12月24日
僕らは昼間から夜に向けての準備を始めた。
生クリームを掻き回し、フルーツを切り、買っておいたスポンジに盛り付けて冷蔵庫へ。
冷やしてるうちに、待機組、ピザ隊、肉隊、その他に分かれそれぞれ目的のブツを入手する為走る。
ジャン負けした僕はピザ隊として、走る。
マルゲリータを初めとした4枚、Lサイズを持ち帰りで、2人で手分けして持ち常に平行に重量に逆らえないピザの見た目を保つために全身全霊をかける事、これがピザ隊のミッション。
僕らは、道路工事や坂等の障害を乗り越えミッションを達成したのだが、肉隊はフライドチキンを手に入れることが出来ず代わりにと焼き鳥を買ってきた。最初こそ合わないと言っていたが、焼き鳥のおかげで全てが上手くいくよりかは印象的でいいクリスマスになった誰かが言った。
僕らは楽しんだ。
恋人もいない、彼女と呼べる存在のいない、男だけの悲しいクリスマスイブと皮肉を言いながら。
僕らは遊んだ。
来年も、誰1人裏切らずまたやろうと。
その後夜中の住宅地から離れた場所にある公園で鬼ごっこをし、年齢を聞かれ補導されかけた瞬間に僕らはクリスマスを迎えた。
「この後、サンタは俺らにくれるプレゼントを間違えた、苦情を入れようってバカ言ったっけ。」
俺は笑った。説教食らったあとで、サンタに文句を言う大学生を見て笑った。
その後のプレゼント交換は、酷かった。
似た考えのやつが多すぎた。ある友達は1人を狙い、ある友達は人形を買いこれで1人じゃないよと渡し、
12月25日
朝は友達の家で迎えた。
起きたのは10時過ぎ。
床に雑魚寝する友達を見て、俺は置き手紙を置き家を出た。
ワックスで豪快に毛先立たせたような髪型で急いで家へと帰ると、支度する。
指さし確認。髪、よし。歯、よし。髭、よし。服装⋯⋯、たぶん大丈夫。匂い⋯⋯匂い⋯大丈夫だよね、風呂も入って上衣も柔軟剤入れて洗ったし⋯⋯うん、よし。あっ、プレゼント。
音声の無い映像なのに、自分の声を聴いてるようにハッキリと、見ているこっちも不安に駆られるほど鮮明に覚えてる。
僕は深呼吸するとトントンと靴を履き、誰も居ない狭い部屋に行ってきますと声をかけた。
いつも以上に真剣に、いつも以上に気にかけて、いつも通りの口調で。
頭の中でグルグルとループする。
よし。20分前には着きそうだ。
目的地まであと信号ひとつ超えればすぐそこ。僕は普段、暗い箱の中で眠ること無く動き続ける働き者を見た。
最後の信号で捕らえられ立ち止まっていると、見覚えのある人影が待ち合わせ場所に見えた。
やたら周りをキョロキョロ見渡し、しきりにスマホで時間を確認するいつもと違う服装の子。
僕は信号が青になると一呼吸入れて白い線を踏みしめた。
「待たせてごめんね。」
あっ、えっと、あたしもさっき来たから全然待ってないよ。
「ほんと、良かった。じゃあ行こっか」
あっ⋯⋯
「お昼もう食べた?」
いや、まだだけど⋯⋯
「そっか、ん〜ならどうしよっか?映画のチケット買ってからどこかで食べる?それとも今からすぐ食べいく?」
どっちでもいい
「ん、分かった、ならチケット買ってから食べよっか」
いつもと違い、今日は表に感情が出てる彼女。
僕は頭をグルグル回し、最良、最高の選択肢、行動、言葉を選ぶのに必死で気づいてあげられず⋯⋯いや、本当は気づいていたが外れていたら?余計な事を言ってしまったらと逃げに逃げ、欲しがっているものをあげられず、チケットを購入した。
下を向く彼女と、隣で口を閉じたままの僕。
「今日の服装、落ち着いた感じですごく綺麗だね。
いつも通りで良かったのに、わざわざオシャレしてくれてありがとね。」
画面の僕は口を開き、昼食の話をしている。
地図を見て、指さして⋯⋯、空返事の彼女と。
「──ごめん」
店が決まると僕らは、店まで歩き始めた。
お店につくなり、ショウケース内の食品サンプルを指さし店内へと入るとメニューをパラパラと見、お冷を持ってきた店員に注文した。
俺はまた、記憶のアルバムを開きボイスレコーダーを流し始める。
「そう言えば、あのグループが新曲出てたよ。やっぱ、あーいうリズム好きだわ」
ん。あの人らのリズム感凄い、歌詞とかは他のとこの方がやっぱり頭一つ飛び出てるけど、技術や曲調はあの人らが1番だよね
「あぁ、この前教えてくれたやつあったじゃん。あの歌と比べると、やっぱベースとかドラム、ピアノのリズム感が全く違う。こう、跳ねてるような感覚がしてさ気分が上がる感じっていうのかな」
あー言いたいこと分かるよ。あの1番のトトゥトゥッンって感じのとことか、2番の最初らへんとか。
「そうそう」
やっと、いつもの二人で話してる時の彼女になってきた。
僕は少しニヤついていたかもしれない。いやしてるね。
彼女が熱弁している時、僕はずっとキラキラと輝いた姿を見ていた。声も、言葉も入ってこないほど。
聞いてた。
「うん、そのソロの方歌詞はすっごい好きなんだけど、歌い方や曲がね、僕的にはしっくり来なかったからさあんまり聞いてないんだよね。」
そっか、ならまた好きそうなの見繕っとくね。
「ん、頼むわ。」
この時内心ホットしたんだよね、時々拾ってた単語で予測して話しただけだったから。
お待たせ致しました。カルボナーラのお客様。
はい。
ボロネーゼのお客様。
「はい。」
以上で、ご注文の品はおそろいでしょうか
「はい。」はい。
では、ごゆっくりどうぞ。
ぺこりと頭を下げ店員は厨房へと戻って行った。
僕らはフォークやスプーンを取り、1口。
少し白くなった唇を手で隠し、咀嚼。
そして、口の中のものを1部飲み込むと美味しい。
彼女は、そういった。
そして、また咀嚼し、今度は口の中のものを全て飲み込むと、美味しいからひと口食べてみて、と僕に勧めてきた。
僕は、ボロネーゼの付いたフォークで汚す事に抵抗を覚えそれを理由に断ると、先程妖艶な唇に吸い込まれて行ったものより一回り大きいひと口を、僕に突きつける。
これなら、混ざらない。
でもと、断る僕にほらほら、と言って食べさせてくれた。
彼女は僕のひと口を見てはいるが、知らない。
口いっぱいに、彼女の作ったひと口を頬張る。
クリーミーで濃厚なクリーム。ブラックペッパーのピリッとした辛さが⋯⋯なんて余裕なんかなくて、僕は顔を赤くした。
それに気が付き、彼女も赤くする。
ごめん。
普段、クールで取っ付きにくそうに見える彼女。
でも本当は、意外とピュアで自分が好きな物や美味しかったもの、面白かったもの、僕や友達が好きだと思ったものを共有し喜ぶ姿を見るのが好きな人、ただそれが人一倍強くて考え無しに行動することがある。
僕は、大切に胃に収めた。
ん、ありがとね。
お腹がすいた。喉が渇いた。
僕らはその後、無言で食事を終えいつも通り別々で会計を済ませると映画館へと向かった。
クリスマスと言っても平日、しかも大学生以外はまだ学校があったらしく映画館には殆ど人がいない状態。僕らがチョイスした映画は特に、子供向けのもの。
小説から映画へ、海外映画、恋愛系⋯⋯とかではなく、動物が主役のファミリー向け。そのため僕らの所は、幼稚園や保育園程度の小さな子供を連れた女性が多かった。
席はまだ覚えてる。J-12、J-13。
小さな場所だから後方の方で中央やや左より。
ねぇ
ん?どうした。
あのさ、ずっと聞きたかったんだけどさ⋯⋯、どうしてあの中であたしだったの?
何が?
合コン⋯⋯、──の好みはさ、あたしと真逆じゃん。
清楚で気配りが出来る、可愛い子が好みでしょ。
何であたしだったの?
ん〜、てかそれ今聞く?
⋯⋯ん。ずっと気になってたし、その、ほら、もうさ2ヶ月経つし、クリスマスだし、今日なら聞ける気がするし、その、映画の後の行動もさ⋯⋯。
「ん〜そうだね。まぁ、簡単な話さ、俺って君の好みのタイプにドンピシャだった?てか被ってた所あった。 」
⋯⋯。
「無いでしょ?初めはさ、まぁ少しくらいいっかなみたいな感じで会ってて、あー楽しいなって思い始めたから、この人となら付き合ってもいっかなってなったんじゃない?」
⋯⋯。
「だからさ、好みのタイプと付き合う付き合わないって基準や条件ってさ、必ずしも同じって訳じゃないってこと。まぁ正直な話1番縁遠いタイプだと思ってたよ、でもさ話してみたり一緒に過ごしたらさ、同一人物の違う一面を見た。俺はそこに魅力を感じ、惹かれた。
だから、君なんだよ」
俺は画面の女性へ向けて言った。
届くはずのない言葉を。
画面の中の男は質問に対する回答をすることは無かった。
回答しようとした時、僕らは機材不良の為上映場所の移動を係員に指示され、別の場所へ行くことになったからだ。
「誰かに聞かれてもいい、恥ずかしくたっていいじゃねぇか。」
画面の中で頬を赤らめ聞かなかったことにしてくれと頼む女と、わかったと応え頭の中で完全回答を作り始める男。
僕の残してきたもの。
移動後すぐ。上映が始まった。
音とともに、明かりがゆっくりと落ちてゆく。
いつも通り、付近の式場のCMや公開予定の映画の予告がながれ、カメラが踊り終わるとおもむろに始まった。
彼女は映画に夢中、僕はその横顔をまじまじと眺めていた。
自分の子が喜ぶ姿を目に焼き付ける様に。
すると周りが少し騒がしくなってきた。
おかあさん、あつぃ。
そうね⋯⋯暖房強すぎるわね⋯⋯上着1枚脱ごっか。
ママ〜。
係員は気づいていないのかしら?
お顔拭こうね〜。
ん!
パパ〜喉乾いた〜。
お茶でいい?
そう言えば、暑い。無意識の内に飲み干し空になった紙カップを振る。
映画も終盤に差し掛かってきた所、暖房が効きすぎてもしょうがないのかもしれない。
映画館の使用や仕事内容は分からないが、ずっと館内を監視してはおらず多少の室温の変化はやむを得ないのかもしれない。
あぁ、
上着を脱ぎ空いている隣の席に置いた。
そして、僕らは再び自分らのみたいものを、それぞれが見始めた。
それからどのくらい経っただろう。
当時の僕的には、数十秒。今の俺には数分くらい。
あっっつ!!!!
その声は、僕らにも聴こえる声で、入口から聞こえてきた。
舌打ち、ため息、愚痴。様々な音が聞こえる中、彼女が動いた。
僕は彼女の手を掴み、止め座っておくように指示を出し僕が変わりに行くと言った。
暑さで苛立ち叫んだのかもしれない。危ない目には合わせたくなかったし、彼女の観たがっていた映画⋯⋯、できれば最後まで何も気にせず楽しんで欲しかった。
僕は一言添えると、入口へと向かい、驚いた。
成人男性が膝をつき、右手首を抑えて痛みに耐えている様だった。近くにいた少女、恐らくだがその男性の娘であろう子は、背をさすり大丈夫かと問うていた。
僕は、その異様な光景に一瞬思考が停止し、回り出す前に言葉が出ていた。
大丈夫ですか?
僕の問いかけに、あぁと小さく返す男性。光景から察するに扉の持ち手を掴んだ為の事だろう。
異様な暑さによって、金属製の持ち手が熱を持ちそれで手を⋯⋯。は?手を?なに?高々暖房の効きすぎにより室温が上がった程度で、ここまで痛がる程熱を帯びるか?僕は恐る恐る左の人差し指でちょこんと触った。一瞬何も感じずほっとしたのも束の間、指の表面皮、身が無数の針で刺されたような感触が襲ってきた。
痛みを感じた瞬間、反射的に指を離し歯を食いしばり声を飲み込む。
夏、日中日光に晒されたドアノブよりも熱い。
僕は急いで席へ戻り上着を取ると熱くなった持ち手に巻き、ドアを開けようとしたが開かない。
鍵が閉まってる⋯⋯。
僕は舌打ちをし、
銀色に光るサムターン。恐らく、扉の持ち手と同じくらいの熱を帯びているだろう。
服の袖を引っ張り布越しにサムターンを摘み勢いよく回し扉を押すが、何かがつっかえているのか指1本すら通らない程しか扉は開かず扉の構造上、隙間から外が見えない。
僕は扉を蹴飛ばした。
ちっ。
扉は音を立てるだけで先ほど開いた隙間程度しか開かない。
どうする。
異様な状況。あと少しで終わるだろうが⋯⋯少しと言っても10分20分はかかる。
今必ず出ないといけないという訳では無いが、でて温度を下げるなりしてもらった方がいい。
暖房が効きすぎているだけで、騒ぐのもおかしい気がするし、でも一旦外に出た方がいい、出れることなら少し無理してでも出た方が⋯⋯。
あのーあの!
後ろから声をかけられ振り向くと、額や頬に汗をかいた20代後半から30代前半くらいの女性が話しかけて、いや苦情を入れてきた。
なんなんですか?まだ上映中ですよ?いい歳して静かに──
暑さにやられ気のたっていた女性の金切り声は頭を締め付け耳鳴りを起こすばかりで、入ってこなかった。
すみません。
女性の声を遮るように謝り
異様に暑いため外に出て係員に声をかけようと思ったのですが、扉になにかつっかえてて開かなくて⋯⋯
はぁ?そんなもの、あともう少しで終わるんだから我慢すればいいじゃないですか!?
ですが、汗の量もですが異常ではありませんか?
ただ単に暖房が効きすぎているだけ
ですが⋯⋯、はぁ⋯⋯扉の持ち手を触ってみてください。かなりの熱を持っています。恐らくですが、外で何か起きているのかもしれません。
はぁ?あなたドラマの見すぎじゃないの?
もし、外で何か起きてて私たちに関係してたら上映中止、状況報告があるはずでしょ?それに、警報も鳴ってないじゃない。
ですが⋯⋯
ですがですがですがって、はぁ全く⋯⋯
女性は呆れて聞く耳を持ってくれない。
僕は熱された空気を吸い込みゆっくりと吐くと、女性に背を向け扉を思いっきり蹴った。
音を立てるだけで何も変わらない。
虫が音を立て騒いでいるが、気にせず今度はタックルをかます。
チッ
蹴った時とあまり変化はない。
扉にもたれ掛かる。
すると、ジリジリジリと音が聞こえた。
暑さで苛立っている為か、映画の音声の為気づかなかったのか⋯⋯。
普段聞いたことが無い脳を刺激し危機感を持たせる音が⋯⋯聴こえる。
っ⋯⋯警報がなってる。
はぁ?あんたここまで来てそんな嘘だれが⋯⋯
ならこっちに来て聞いてみろよ。まぁそんな風に声を荒らげる人には聞こえないかもしれないけどね。
なっなんですって!
まっ、ここ以外の出口⋯⋯っつても出入口はここだけだしな⋯⋯
僕はスマホの電源を入れ、復帰中に通路を移動し館内を見渡した。席に着いているのは成人男性2人、成人女性5人とそして子供が12人、これらと扉の前にいる3名そして⋯⋯
ねぇ、何かあった?
映画を見ていたはずの目の前にいる彼女と、僕を合わせた24名がこの室内にいる。
⋯⋯外で火災報知器が鳴ってる
えっ⋯⋯
しかも扉の向こうに何か倒れてて開かない
どう⋯⋯係の人は?
居ないぽい、さっきから音立ててんのにこっちに来やしない、悪いけどこれ使って緊急連絡先で救急に連絡頼める?内容は火災報知器が鳴ってる事と、この部屋から出れない事の2つを伝えればいいから
うん⋯⋯⋯⋯ねぇ助かる⋯よね?
⋯⋯心配すんな、まずは電話頼む
震える手を握り頭を撫でた。
そして、男性に話しかけ事情を説明した後に手伝ってもらうように頼んだ。
パニックを起こされてはたまったもんじゃないので、他の人には内容を伝えずに。
合計4名うち1人右手の平を火傷。
では、皆さんせーのの合図で同時にタックルで⋯⋯
4名が扉から少し離れた位置に立ちコクリと頷く。
念の為、上着を持ち手部分にそれぞれ巻いて火傷防止、突撃時のダメージ緩和対策を取ってある。
せぇーのっ
言葉では表現しにくい、金属同士が互いに引っかかった音が鳴り、白くて実態のない無数の帯が入ってきて扉に挟まれ切断された
もう一度行きますよ⋯⋯、せぇーのっ
少しではあるが、手応えがある。
ねぇ⋯⋯
後ろから震えた声が聞こえてきた。
やっぱりここで火災が起きてるって⋯⋯今こっちに向かってるって⋯⋯で、報告によるとね⋯⋯火元は映画館の近くらしい⋯⋯すぐ来てくれるって言ってくれたけど、無理かもしれない、もう他の人たち避難してるぽいし、起きてから時間経ってるぽいしそれ──
大丈夫⋯⋯落ち着いて。
僕は両手で彼女の両頬と耳を覆い言った
おけ、ありがと⋯⋯それじゃあ、次はさ、他の人らを下方に来させて⋯⋯いつ空いて逃げ出してもいいように⋯⋯早めにここぶち開けるから、お願いね
僕はまた扉に体当たりした
掛け声、衝撃音、掛け声、衝撃音⋯⋯
このままでは、埒が明かない
暑さや異常事態によってイラつきが増し、懸命にやるも実らない事が尚僕らを苛立たせた
僕は彼女の姿をちらっと見、ゆっくりと息を吐いた
一旦、4人で扉をめいっぱい押してみましょう
男4人、2対2で左右の扉を押す
最初は行けるかもと思える程軽く、すんなりと動くがたかが知れており、4人が一気に力を込め押してようやく人が1人通れるかくらいの幅が出来た
誰か!外へ!
3人の誰かが叫んだ
正直僕も、息も切れ疲れてきたのか水中に居るような感覚に襲われていた
ハッとなり、我が子をと親達が行かせようとし始めた
さすがは、子を持つ親、今観てもそう思える程ドラマチックな場面だったのだがそんなものは一時も続かなかった
醜い
極限状態とは、これ程人を狂わせるのか
扉を押す僕らにも限界というものがあるのに、僕らの後ろで母親達は罵り合い、掴み合い
誰でもいいから!早くしろ!
怒号が鳴り響く
子供は泣き初め、僕らも血管がピクピクと動く
そんな中、僕の彼女が母親達を横目に扉の方まで歩いてきた
彼女に対し、罵声を浴びせるクズ共
脳内で思い出せるものだけでも腸が煮え返る程
だが、彼女は強かった
そんな狂気に満ちた空間で冷静に考えていた
私が先に出て、邪魔な物をどかせるか試して来ます
無理だったら向こう側で、お子さんを保護します
彼女の声の後ろで金切り声が聞こえてきたが全てを無視して、彼女に託した
ここだけの話、彼女の胸は発育が良いとは言えず体型は細身でスラっとしている
そのおかげで、彼女はギリギリ通ることが出来た
僕らは彼女が抜けたあと扉を引き、筋肉を休ませる
これは後で知った話だが、彼女は倒れた子供用の椅子鉄製の置き場を素手で触り動かした為両の掌を火傷した
僕らはそんな事も知らず、この時女性の金切り声のせいか頭痛が酷くなってきていた
彼女のおかげで抑えておくだけで人1人通れるくらいのスペースが出来た
内側から僕ともう1人の男性とで抑え、その間に皆外へ
最後に抑えていた僕ら2人が外側から扉を引いててもらいながら出る
今数えてみると画面には数名を省いた残りの客しかいない、恩知らず共はこの時既に俺らを見捨てて逃げていたのか⋯⋯
「んっとにクズだな」
俺は悪態をつきながら画面を注視する
白い煙が床に充満し画面の端ではオレンジ色の炎が床や壁を這っていた
僕らは迫り来る炎に恐怖しながら、映画館の出口を目指す
大人8と子供が7人⋯⋯
ほとんどの子供が熱によって水分と体力を奪われ、ぐったりとしており走るのは困難そうだ
それにあまり大きいとは言えないショッピングモール、映画館は建物の2階にあり出入り口からは少し距離がある⋯⋯そこまで遠くはないが⋯⋯この状況で子供を走らせるにはキツイ
僕はこの時どの様に言いくるめたのか覚えていないが、彼女に扇動させ最後方で子供を抱えながらその子の母親と走る事となった
彼女が走り始めだんだんと距離が開く
いや、白色の世界へと侵入し見えなくなって行く
抱き抱えた子供に大丈夫かと聴きながら走っていた時だった
チケットの受渡し口を出た瞬間
垂れ幕が落ちてきた
垂れ幕の端に付いていた鉄パイプの直撃はなかったものの燃えた布が身体に覆いかぶり熱を帯びた鉄パイプが足に触れ、肉を焼く
声にもならない声とはこの時僕が上げた声の事を言うのだと思う
上着を脱いでいる僕は長袖のシャツのみだったが、急いで服を脱ぎ上半身下着姿になる
膝をつき苦しむ僕に駆け寄ってくる母親に、一言謝り立ち上がると既に影もないみなの後を追った
非常灯の光に沿って皆移動する
こういう時程体内にコンパスを持っている人が羨ましいと思ったことはない
何を考えているんだ?
どれだけ息を吸っても苦しい
あー、なんでだろ?
僕はタオルで口元を覆っている子供が口をパクパクさせて、何かを訴えるが何も聞こえない
大丈夫だ、心配するな⋯⋯。
秒針のように常に動く世界で、長針の様にゆっくりと回る思考でギリギリ目の届く所に母親の背中を、僕はただ追いかけた
画面には白色しか映らず、動いているのかすら分からない
俺はこんな中を歩いていたのか
俺は
右手で子供を抱き抱え、左手で壁を触りながら歩いた真っ白な世界での出来事を
だが⋯⋯映像を見ながらですら思い出せない
ただ何も考えることも出来ず、歩く事しか出来なかったからかもしれない
画面はまだ白い
真っ白で画面が壊れてしまったのかと思える程
次の瞬間いきなり、オレンジ色が白い世界に割り込んできた
迫り来るオレンジ色に突っ込んで行き、子供から手を離した、倒れた俺に子供と別のオレンジが駆け寄ってきた
子供は泣きながら僕の方を見るが、ビクッと身体を震わせ頷き、走っていった
画面の上下から黒色がせまり、ぼやけ始め、全てを黒で覆うと、砂嵐が起こった
砂嵐は俺が気を失ったことを表しているのだろう、日をまたぐ時は毎回砂嵐が1秒程度起きた
そして、今回は黒い画面のまま動かなくなった
俺はチラリと後ろを振り返ったが反応がない
恐らく故障とかでは無いのだろう
終わったのか?
だが、まだ⋯⋯
まだ大事な証拠が来てないからここで終わられても困る
「おい!始まらないぞ、どうなってんだ」
声をかけても反応がない
歯を食いしばり、ギリっと音が鳴る
呆れた様に、わざとため息をつくとまた画面の方を向いた
俺の記憶が正しければ⋯⋯この後⋯⋯
画面の先から聞こえてきているであろうもの、見たであろうもの
これらが証明してくれる
睨みつけるように画面に食い入る
黒色から切り替わり、そして見覚えのある天井が見えた
泣きじゃくる両親の姿があった
久しぶりに見たせいか、シワと白髪が増え老けている
近くには、妹と床にヘタリ込み静かに涙を流す彼女がいた
俺が目を覚まし安堵から泣いてるのだ
皆が思い思いに声をかけてくれる
──はたくさんの命を救ったんだよ
早く元気になってよ
正月に家族みんなで三社参りに行こうね
父親だけが馬鹿がと泣きながらこちらを見ずに言っていた
それから僕は直ぐ、元気になり友達が逢いに来てくれた
皆、俺が関わった火事に関する記事を、新聞やスマホで見せ褒めてくれた
『23人の命を救った青年』『映画館関係者のズボラな行動』『「早く行け!」最後まで他者ファーストな行動』
見せてもらった記事には、僕を褒め称え映画館やショッピングモールを非難する事が大半を締めていた
内容は、結構盛られていたけど⋯⋯まぁ嘘ではない
実家に移動すると、英雄家族、友人への聞き込みの為か、報道陣や記者やらが俺の家を取り囲んでいた
長話する気力はなく、ただただ使える時間を家族や友人、恋人の為に使いたかったから外に出ることは無かった
俺が関わった火事の詳細は数日後に明らかとなった
火元は映画館の配線が切れたことによるもので、避難していなかったのは俺ら24名
理由は、機械故障による移動を避難を呼び掛けに行った係員が知らず、当時上映中の部屋(俺らが元々いた部屋を含めた)のみ確認し残りは見向きもせず逃げたから
何とも言い難いミス
急いでいたとは言え確認しろよな
てか、報連相できてないのか⋯⋯
とまぁ、文句は色々あるが全員無事でよかった
火事発生から5日⋯⋯
俺の体は、たくさんの綺麗な花と共に灼熱の中へと入っていった
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