確認 九

 やたらに血が騒ぎ、彼女の腰のくびれがいやに大きく写る。


「私が欲しいの? 欲しいんでしょう? 答は後でゆっくり聞くわ。もっと水を飲む?」


 そう言ってルーゼは枕元に腰を降ろし、指でガロッドの頬をなでた。


「おお~い、ガロッド~! 学校サボるなよ~」


 玄関口から酒まみれな声がする。ランデルだ。


「早くこ~い! 宿題のメモを預かってきたんだな~。ど~して俺がそんなことするかって~? ズル休みが俺んとこに報告されたからだよ~ん」


 ルーゼはいまいましげに顔を歪ませ、舌打ちした。


「返事は明日の今ごろ、ここで聞くわ」


 それだけ言って手早く服を身につけ、軽々と窓から飛び降りた。その後姿を目で追いながら、初めて時刻が夕方にさしかかっていると理解した。


「ガロッド~いるのはわかってるぞ~。早くこないと御仕置きだよ~ん」

「今行くよ」


 生まれて初めて心から次兄に感謝し、ガロッドはベッドを降りた。水差しから一服盛られたのは察しがついたものの、寝たきりだと不審に思われるだろう。


 ふらふらしながら戸口へ顔を出すと、僧衣を身に着けたままのランデルが壁に背をもたれかけていた。


「おっそーいぞ。ほ~れ、宿題のメモだ。くだらん叱責もたっぷーりあるら~し~いぞ。ま、三日分もサボったーんだから~覚悟しろ~」

「ありがとう」


 メモを受けとってから、ある重大な事実に気づく。


「兄さん、今日は何曜日?」

「うん? 水曜かな~? いや、木曜だったか~も」


 『淡いアンゼリカ』亭を訪れたのは間違いなく月曜日の晩だ。何日も眠っていたというのか?


 怪しげな手つきでランデルはポケットから手帳を出し、指に唾をつけてめくった。


「おお~今日は木曜日でした~。ぱんぱかぱ~ん」


 では、バイトに行かねば! だが、どんな薬を盛られたにせよこんな状態ではまともな仕事にならない。潜入のための芝居とはいえ、中途半端に済ませるわけにはいかなかった。


「兄さん、ちょっと相談があるんだけど」

「なんだ~金なら貸せんぞ~」


 そんな問題ではない、と怒りたいのを無理に抑え、慎重に言葉を捜す。


「あのさ、毒とか薬とかの効き目を早く終わらせるまじないとかって知らない?」

「うう~ん、あるにはあるな~。どうしたんだ、お前~。良く見ると顔が真っ赤だぞ~」


 さっきルーゼと間違いが起こる寸前だった、などとは口が裂けても言えない。だが、ガロッドのためらう姿を別な意味に解釈したようだ。


「はは~ん、さては御前~、家のワインを失敬し過ぎたな~。いけない奴~」


 そう言ってランデルはガロッドの頭を軽くしめ、肘でごりごりこすった。


「いたたた、勘弁してよ」

「そうだな~、口止め料も含めて銀貨3枚で手を打ってやるぞ~。そのくらいの小遣いはもらってるだろ~」


 痛い出費だが仕方ない。おおいそぎでポケットの中身をひっかき回し、金を出すと、ランデルはにやっと笑って聖印をかざした。


「我らに~うーい……熱と明るさの~……ひっく……御加護を垂れ給う炎の神よおおおん、愚かな弟に巣食ったぁ~禍つ……えーと、禍つ力を焼き給え~清め給え~」


 そう祈って聖印をガロッドの額に押し当てると、体中の嫌な気配が額から聖印に吸い寄せられていくのが実感できた。


 聖印はひどく熱くなったが、それとともにガロッドの体は軽くなり、やがて素面そのものの状態になった。


「ありがとう。俺、ちょっと用事あるから!」


 まだ時間はあるが、ランデルにどうこう取り繕う余裕はなかった。


 バッフェルの館についた時には、バイトがあらかた集まり切っていた。

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