第6話 バーニ、出陣!!

 ナオミは黒いヘルメット、そして全身黒色のライダースーツを身に纏い、真っ赤な大型のオートバイで指定された場所へと向かっていた。


 防高では、取得可能な年齢に達すると乗り物の資格は取得するように奨励すいしょうされている。自動二輪の免許に関しては同学年以上の生徒達は、ほぼ全員が取得済みである。


 本日、北島教官よりナオミへ新たな指令が言い渡された。都心の中心部で不可思議な振動が計測されており、国の重要施設が倒壊の危険があるそうだ。

 自衛隊と警察が現場に向かい調査・救助活動をしているのだが、念の為に現場近くで待機。


 そんな指示が出ていた。ただし、極力ほかの人に姿を見せないように行動しろとのおまけも付いていた。


 現場から少し離れた小高い場所に到着すると、フルフェイスのヘルメットのシールドを上げて現場の様子をうかがう為に目を凝らした。

 ジーという音と共にピントが調整されて遠くの様子が確認できるようになった。視力検査をするともしかして5.0とかの数値が出るのかもしれない。

 大きな塀に囲まれた建物の周りには、消防車・救急車・パトカーなど数え切れないほどの緊急車両がサイレンを輝かせながら集結している。

 建物のまわりは、今も不気味な地響きが響き渡る。

「一体、なにが起こっているの・・・・・・?」ナオミは今にも倒壊しそうな建築物に目をやった。人影の姿が確認できる。


(あっ、あれは!)

 見覚えのある男性の姿が目に映った。

(純一さん!)ナオミの視線の先には狩屋淳一刑事の姿が映っていた。


 狩屋達は建物の正面玄関前に待機していた。

 所轄内で不可思議な現象が起こっているとの連絡があった。本来であれば、狩屋は仕事を終えて帰宅の徒についていた筈である。文句をいう後輩達と共に、車に乗り込み現場へと駆けつけた。

 狩屋達が、現場に到着するとそこには目を疑う光景が現れた。地震が発生したという情報は一切無いのだが、この建物だけが激しく振動しているのだ。それも継続的に震えているようである。建物は今にも、倒壊しそうな状況であった。


「もう中には人はいないのか!」狩屋は少し厳しい口調で状況を確認した。

「はい、一応確認しましたが、全員避難したようです」巡査が敬礼をしながら狩屋に返答した。

「一応って、本当に確認したのか?」更に狩屋の口調が厳しさを増した。

「あっ・・・・・・えっ・・・・・・それは・・・・・・」確証はないようだ。キチンとした報告が来ない事で、狩屋は少し苛立ちを感じていた。

「まったく・・・・・あっ、おい、あれは!」狩屋が指差した建物の中に人が横切るような影が見えた。

「まだ、中に人がいるじゃないか・・・・・・!」そう呟くと狩屋は数人の巡査と供に正面玄関へ向かった。


 ナオミは両目の視力をもう一度、調整し様子を確認した。

 建物の中に、数人の男たちが突入していく。

「あれは、・・・・・・純一さん!」突入する男たちの中に、狩屋の姿を見つけた。

 突入と同時に狩屋達が飛び込んだ建物の入り口が倒壊した。倒壊した辺りに激しく動く人影のようなものが見えた。 

 普通の人間の肉眼ではその状況を確認することは困難であったであろう。


(あれは・・・・・・人!)

「純一さん・・・・・・助けなきゃ!」バイクの飛び乗りキックでエンジンをかけ、スロットルを全開してから、地面を蹴りバイクを急発進させる。発進した後には、凄いほこりが巻き上がった。ナオミはハンドルを持ち上げて、バイクをウィリーさせた。 


 真っ赤なバイクは、停止しているパトカーの屋根を踏み台にして空中を舞った。

 野次馬達が気づいた時には、ライダーナオミの姿は消え、ただ、無人のバイクが建物に衝突しただけのようだった。野次馬達は目の前の状況を理解することは不可能であった。

 ナオミは既に建物の三階の窓から内部に侵入していた。

 姿を見せないようにという教官の指示は出来る限り守るつもりだ。


(出来るだけ目立たないように行動しなくちゃ!)ナオミは自分に言い聞かせるように念じた。


「本当、・・・・・・派手な子ね!」青いショートヘアの婦人警官が飽きれた口調で呟いた。爆音を上げながら空中を舞う赤いバイクに警察官たちは皆、夜空を見上げた。それが一体何なのかは誰も理解出来ていないようであった。


 建物の周りを多数の警官・屈強の自衛隊員達が包囲している。その中にあまりにも、不釣合いの婦人警官が三人紛れ込んでいた。三人ともスタイルが良く制服から出る足が魅力的であった。周りの隊員達の視線は、現場の状況よりも三人の超美人婦人警官に釘付けになっていた。


「ほんまやな、かっこよすぎるな・・・・・・あれは!」先ほどの青髪の婦人警官の隣にいた同僚はニヤリと微笑んだ。

「ミコトとシオリは、すでに中に潜入済よ。ムツミ、フタバさん、私達も行きましょうか・・・・・・?」青髪の婦人警官が他の二人の名前をそう呼んだ。

「そうやな!イツミちゃん!いっちょ、やりまっか!」ムツミと呼ばれた少女は、ブンブンと腕を振り回した。ムツミの制服は胸元が大きく開いており、大きな胸が今にもこぼれ落ちそうな勢いであった。辺りの男性警官は顔を真っ赤にして彼女の方を覗き込んでいる。

「なんだかワクワクするぜ!」フタバと呼ばれた少女は両掌を重ね合わせると関節を豪快にボキボキと鳴らした。


 三人は立ち上がると建物目指して歩き始めた。

「おい!お前たち、前に出るな!」私服の刑事が大声を出す。

「緊張してもうて、もうあかんのですわ。ウチらトイレに行ってきます・・・・・」にっこり微笑み敬礼をした後、三人の婦人警官は小走りに駆けていった。

「・・・・・・」刑事は飽きれた表情を見せた。警官達は名残惜しい様子で三人の少女達が歩いていった方向を目で追いかけた。 


 ナオミは建物の中に飛び込むと出来る限り耳へ神経を集中した。耳に意識を集中することで遠くの音も聞くことが出来るようになるようであった。建物の崩れる音、燃えるような音・・・・・・。人の話し声も聞こえる。

 数人の男たちの会話が聞こえた。更に集中すると聞きなれた声が聞こえた。

「純一さん・・・・・、良かった、無事だった!」ナオミは純一が生きている事を確認できて安堵の表情を浮かべた。

「純一さん達は、下の階ね」ナオミは、肩の飾りを触った。彼女の全身をピンクの光が包み、服装がライダースーツから戦闘用のユニフォームへ変化した。白を基調にしてピンクのラインの入った彼女の服には、ピンクの美しく長い髪が見事に映える。

「この建物の振動はいったい? 地震にしてはおかしいわ!」地震にしては揺れている時間が振動している時間が長すぎる。ゆうに一時間以上揺れ続けているだろう。こんな地震など聞いたことがない。


「そうだよ!これは、地震じゃないよ、お・ね・え・ちゃ・ん!」場違いな可愛らしい声が聞こえる。


 振り返ると幼さを残した少女が視界に入る。

「あなたは?」何処かで見覚えのある少女・・・・・・、何処だったか・・・・・思い出せない。

「グスン、私のこと、覚えてないの?」少女は目を潤ませて泣きそうな顔をしている。アニメのキャラクターのような大きな目。二つに束ねた赤い髪。唇に指を当てる仕草。


 ナオミの記憶が鮮明に蘇ってきた。

「あっ、あなたは、あの時の!どうして、ここにいるの!」先日の郵便強盗事件の時に遭遇した少女だった。

「お姉ちゃん、ミコトの事を思い出してくれたんだ!ミコト嬉しい!!」少女は満面の微笑みをナオミに返した。

「どうしたの? まさか迷子になったの!」しゃがんで少女に目線を合わせた。

「こんな所で、迷子にはならないよ、お姉ちゃんと一緒で悪い奴をやっつけに来たんだよ!」ちょっと不貞腐れた顔を見せたかと思うと、彼女は自分の左肩を握り締めた。その瞬間、ミコトという名の少女の体は赤い光に包まれた。

「えっ!・・・・・・まさか、あなたも!」眩い光に目を細めてナオミはミコトの姿を確認した。彼女の服装は、白と赤を基調としたナオミとよく似たユニフォームであった。

「私の名前は、ミコト。ヨロシクね!ナオミおねえちゃん」ミコトと名乗る少女は二本の指を額に当てると、右足を少し出して片手を腰にあて可愛くポーズを極めた。


 建物の中に駆け込んだ狩屋達は、先ほどの人影を探した。

「さっきの人は何処にいったのだ?」どこにも人の姿を確認する事が出来ない。入り口が崩れて塞がれてしまった為、部屋の中は光が差さず真っ暗になってしまった。

「フハハハハ!」野太い男の笑い声がフロアを響き渡る。

「なんだ、この声は!」狩屋達は暗闇の中に響く、その笑い声を聞き背筋が寒くなった。

「愚かな人間どもよ!俺の邪魔をするのであれば、ゴミのような虫けらとて容赦はしない」目の前にマントを羽織った男の姿が見えた。

「一体、お前は!」狩屋と巡査は拳銃を構えた。その動作に反応したかのように男の体から黒いオーラが飛び散る。 

 狩屋達は壁へと吹き飛ばされた後、床に落ち意識を失い倒れた。

「ハハハハ、・・・・・・虫共よ、潰れろ!」男が天井に掌を天井にかざしたかと思うと、勢いよく下に振り落とした。同時に狩屋達の上に瓦礫を落下する。

 その瞬間、狩屋達の目の前に大きな翼を纏った少女が現れた。

 少女は翼で狩屋達を覆い彼らを落下物から守った。

「その翼は、シオリだな!お前達はまた俺の邪魔をするのか!」男は拳を握り締めて壁を殴った。殴られた壁はボロボロと砕け落ちた。

 シオリと呼ばれた少女は翼を畳みながら本来の姿を現した。彼女は、真っ白なユニフォームに銀色のラインが入っている。その紙の色も見事な銀色であった。それは物語に出てくる異国の少女のような雰囲気であった。シオリの両手が光に包まれたかと思うと、それぞれの手に弓と矢が現れた。

「・・・・・・これは・・・・・・女神さま・・・・・・か・・・・・・」薄れゆく意識の中でおよそ現実とは思えない光景をみて、狩屋はアーメンを唱えた。

 シオリは弓矢を構える姿勢をすると、右手で矢を力一杯引っ張ってから手を離した。

 その瞬間マントの男に向けて白く輝く矢が真っ直ぐ飛んでいった。男は矢をかわすと上階へ駆け上がっていった。


「ちっ!」シオリは舌打ちをしてから男の後を追いかていった。


「お姉ちゃん!気を付けて!敵・・・・・・、一騎がやって来るわ!」ミコトが身構える。

「一騎って?」ナオミは暗闇の中に人影が見えたような気がした。

「私達の敵よ!」ミコトが言うと目の前の黒い影が実体化し、一騎と呼ばれる男が姿を現した。

「今度はミコトか。お前も俺の邪魔をするつもりか!」一騎はイラついたような声を上げ、黒いオーラを増幅させた。

「うっ!」ミコトが手を伸ばし一騎を睨みつける。建物の揺れがさらに増加した。

ミコトの体から赤色のオーラのような光が湧き出る様子が確認できる。

「なかなかの力だが・・・・・・、俺を押さえつけるには、お前だけではやはり役不足だな!」

「あなた、力が前よりも強くなっているわね!」ミコトは更に気を高めて攻撃を試みる。

赤いオーラが更に勢いを増す。

一騎がミコトの方向にゆっくりと右手を向け気合をいれた。

「はっ!」一騎が気合を入れた瞬間ミコトの体が後方に弾け飛んだ。

「危ない!ミコトちゃん!!」ナオミは、ミコトの体が壁に激突する寸前に受け止めた。

「・・・・・お姉ちゃん、ありがとう」力を消耗したように弱々しい声でミコトはお礼を言った。

「このー!」ナオミはミコトの安全を確認すると、男に向けて飛び掛った。顔面めがけて飛び蹴りを試みるが、半身をひねり容易くかわされる。着地した瞬間、間一髪いれずに後ろ蹴りをお見舞いする。


 しかし、そこにはすでに男の姿はしない。

「ミコト!」部屋の中に三人の婦人警官とシオリが飛び込んでくる。ナオミはひたすら攻撃を繰り返すが、すべての技が宙を切る。

「お前は、格闘しか能の無いバーニか!くだらん!!」一騎と呼ばれる男は不満そうに呟いた。

 駆けつけた婦人警官達は、三人同時に左肩を握り締めた。その瞬間、青、緑、黄の三色の光が輝いた。

 眩い光が消えた時、そこに婦人警官の姿は無くお馴染みのユニフォームを着用した三人の少女が並んでいた。


 その中の一人、ムツミが右腕の手首に左手を添えて構える。両足は前後に開き体制を固定している。空手で言うところの前屈立ちという立ち方だ。


「エネルギー充填!」


 構えた右の手の平が光を集めるように緑色に輝く。

「100・120・150・・・・!」ムツミの目の前に的を狙う為のスコープが現れる。

「200!ターゲットロック!ナオミちゃん!そこをどいて!!」その声に驚き、ナオミは後方に大きくジャンプした。

「波動砲発射!!なんちって!」激しい発砲音とともに、ムツミの手の平からエネルギー波のようなものが発射された。同時にムツミの肩に付いたヒダから蒸気のようなものが激しく吹き出した。


(命中する!)


 ナオミが、そう思った瞬間、一騎の体が半透明になりその場所から姿を消した。目標を失ったエネルギーは壁を突き抜けて、建物の外に放出された。エネルギー波が通過した壁の穴は熱を帯びて所々発火している。

「あなたはいつもやり過ぎなのよ!」同行してきた青い髪の少女が手をかざすと掌から水が飛び出した。

 その勢いは消防車の放水のように激しいものであった。

 エネルギー波を発射したムツミは、姿勢を固定したまま、頭を項垂れてその場で動かなくなっている。

 どうやら彼女は意識をなくしている様子だった。

「おっしゃー!」黄色の髪をした少女がムツミの体を持ち上げると肩に担ぎ上げて部屋を出て行った。

 青い髪の少女のお陰で火の気は消えた。

「おねえちゃん!下の刑事さん達を助けてあげて」ミコトが声を上げる。

「あっ、そうだったわ!」呆気に取られていたナオミは、正気に戻して部屋を飛び出した。ミコトもナオミの後を追っていく。


 階段を下りると、数人の刑事と狩屋が倒れている。

「純一さん!」ナオミは狩屋の元に駆け寄り抱き起こす。

「うっ、君は・・・・・・ あの時の・・・・・・」狩屋の目が覚める。ナオミの顔を見て少しだけ安堵の表情を浮かべる。

「よかった!」ナオミは目を潤ませる。狩屋が死んでしまったのではないかとナオミは心配していた。

 その後ろでミコトは肩を掴みユニフォームから、婦人警官の服装に変身する。彼女は他の少女達と比較してかなり幼く見える為、まるで中学生がコスプレしたような感じであった。

「その子は・・・・・俺たちは、その子を追いかけて突入して・・・・・」

「御免ね!私を助けてくれようとしてひどい目にあったんだね・・・・・・」ミコトがお礼のような言葉をかけた。

「いや・・・・・・俺たちは、どうして?」気を失っていた警察官達も目を覚ました。

(おねえちゃん!変身して!)頭の中にミコトの声が聞こえる。

「えっ!・・・・・・はい」ナオミはミコトと同じく肩を握りながら婦人警官の制服をイメージした。その瞬間、ナオミの服装も婦人警官の姿へと変化した。

「君たちは、一体?」狩屋は頭を振りながら質問してきた。

 その問い掛けと同時に、ミコトが狩屋達に向かって右手をかざした。またミコトの体から赤いオーラが発生した。オーラは狩屋達に向けられていた。

「ちょっと、ミコトちゃん、なにを!」

「私たちの記憶を消すのよ。覚えていたら、後で厄介だから・・・・・」狩屋達は固まった状態になっている。

 ミコトの体からオーラが消え、かざした手をゆっくり下ろした。

「さぁ行きましょ! ナオミお姉ちゃん!」

「・・・・・・ええ」ミコトのあとを追ってその場を後にした。


 残された狩屋達は呆然と天井を眺めていた。

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