第4話 初仕事

 時間は夕方六時過ぎ。日が落ちて外は暗くなっている。彼女はマンションの屋上から、眼下にある郵便局の建物を見つめる。


 オフィス街の中に位置する中程度規模の郵便局だ。閉店間際に数人の強盗集団に襲われたそうだ。

 強盗達は現金を奪い速やかに逃走するつもりだったようだが、彼らの隙をみて逃げ出した顧客が通報したため、駆けつけた警察車両に囲まれて店外へ出ることが出来なくなったそうだ。


 郵便局職員と、店内に残された数人の客が人質となっている。

「手首を下に曲げて屋上のフェンスを狙え!」耳に着けたイヤリングから教官の声が聞こえる。彼の指示に従い手をまっすぐ伸ばして狙いを定める。

 手首を曲げるとブレスレッドから、ワイヤーのようなものが飛び出し狙ったフェンスに絡みつく。


「よしっ!」左手でガッツポーズを取る。

「向こうの建物へ飛び移るのだ!」教官の指示が聞こえる。

「はい!」返事と同時に彼女は飛び上がった。「・・・・・・えっ?」ジャンプしてから冷静な考えが頭をよぎる。

(こんな距離、本当に飛べるの?)

「ギャー!」驚異的なジャンプ力で体が空中を舞う。なんとか、体制をコントロールして郵便局の屋上に飛び移った。

 遠くから見ると、ナオミの姿はターザンのように見えただろう。


「どうして、どうして私がこんな目に合わないといけないの・・・・・・!」ナオミは両目を涙で潤ませた。

 郵便局に押し入った強盗犯達の確保。教官が指示した今回の初任務である。

 ただし彼からは『ナオミ』ことバーニの能力をおおやけにしてはいけないとの条件が加えられた。

 よって、警察が包囲する建物周りからではなく、隣のこのマンションの屋上から侵入を決行することとなった。


 それは、美穂が『ナオミ』になって三日目のことだった。北島教官はナオミの体に慣れる為に訓練を兼ねて、事件現場に行くように美穂に指示を出した。実戦で体の感覚を養えということらしい。


 大久保美穂の体と、『ナオミ』の体は、身長・スタイルなどの体格差が大きく事なり、その差に慣れる為に結構な時間が必要だった。力の加減が分からず握ったコップを割ってみたり、ドアを壊すことは日常茶飯事だった。


 動作確認の意味も兼ねて、何度かナオミの姿で街へ出かけることがあったのだが、人混みの間を通る時も、胸・お尻が人にあたり迷惑をかけ、男性からは、今まで浴びせられたことの無いイヤラシイ視線を浴びる。


 ついでに、モデルのスカウトや、お金をすぐに稼げる仕事があるなど、あからさまに如何わしそうな仕事を紹介しようとする男の人達にも、沢山声をかけられた。ナンパなど日常であった。


 美穂は何だかんだ言っても、やはり女は見た目なのかなと少し落ち込んだ。

『ナオミ』の姿で軽く微笑むだけで、みんな優しくしてくれる。

 大久保美穂が誠意一杯微笑んでも効果は半分にも及ばない。この落差はかなり美穂の自尊心を凹ましてくれた。


 フェンスに絡めたワイヤーを外し、足音を消しながら移動する。ワイヤーは自動的にブレスレットの中に収納されていった。

 彼女は店内へ通じるドアにたどり着いた。

 ドアノブゆっくり握り回すとドアノブは止まることなくねじ切れてしまった。

「あちゃー」ナオミは力の加減がわからず壊してしまったようだ。千切ちぎれたドアノブを手に握りしめる。


 反対側のノブが落ちた事により音が響く。

「何か音がしなかったか!」声と同時に足音が近づいてくる。

「まずい・・・・・・!」ナオミは物陰に身を隠す。

 ドアの扉がゆっくりと開く。開いたドアの向こうには、銃を構えた2人の男が見えた。

(なにあれ!拳銃持っているじゃないの!?そんなの聞いてないわよ)ナオミは息を潜めて男達の動向を見守る。

「おい、向こうを見ろ!俺は逆の方向を確認してくる!」「OK!」二手に分かれ男たちは歩きだした。

 一人は、銃を構えながら建物を見渡せる場所に移動していく。

 もう一人はこちらに近づいてくる。

 一歩・二歩・三歩・・・・・・、男の前に飛び出し、声を発する瞬間に喉に突きを入れる。

 声を出せずに苦しむ男の後頭部へキツイ手刀を一発入れる。意識を失い倒れる男を、気づかれぬように受け止める。


「おい、誰かいたか?」もう一人が戻ってきた。

「大丈夫だ! そっちはどうだ」倒した男の喉に指2本を当て、声を発すると男の声を再現することができた。




 男は構えていた銃を下ろし、ナオミの隠れている場所へ歩いてきた。

「こちらも、大丈夫だ!持ち場に戻る・・・・・・」男が言い終わるのを待たずに、ナオミは男の前へ転がるように飛び出し、下から上に足を蹴りだした。


 蹴りだした足は、男の鳩尾みぞおちに決まる。

「ぐへっ!」男が落とそうとした銃を手で受け止め、先ほどの男と同じく後頭部に手刀を食らわせた。男は意識を失いその場に倒れこむ。

「よしっ!」誰にも聞こえない小さな声でつぶやきながら、左手で軽くガッツポーズをしてみた。

 男達の体を目立たない場所に移動し、先ほどのドアを目指す。

 男達が内側から押してくれたお陰で、ドアノブ無しでドアは開いた。ドアの向こうに侵入者を録画する防犯カメラが見えた。

「あの防犯カメラを凝視し、ネットワークに侵入し店内の状況を把握したまえ」唐突に教官の声が聞こえる。

 言われた通り防犯カメラを睨みつける。しばらくすると、店内の様子が頭の中に流れ込んでくる。

(一・二・三・四・・・・・・四人!拳銃を持った男が四人。人質は・・・・・・、大人・九人、子供・一人!)

 まるで、上から見下ろしているかのように鮮明に状況が把握できる。

「後々厄介だから、防犯カメラの映像に細工し姿を隠して、人質を救出するんだ!」

 無茶な要望に聞こえたが、どうやらネットワークに侵入したことにより偽画像をカメラに流す事ができるようだ。


 目の前のカメラに誰もいない廊下の停止画像を流し込み、堂々とカメラの下を潜り抜ける。

 後で確認をしても、ナオミの姿は映っていないであろう。階段を降り壁面に身を隠し店内の様子を再確認する。先ほど、カメラを通して確認した画像を横からみた状況だ、

 男達の死角になる通路を確認し、身を低くし移動する。

 机の端から再確認した時、人質の小さな女の子と目が合った。

(シー!)指を唇に当てながら、ウインクする。


 女の子も真似して、唇に指を添えた。

 小学生の高学年位の可愛らしい子だ。赤色の髪を2つに束ねている。可愛いツインテール、目が大きくてアニメの萌えキャラクターのようだ。こんなに可愛らしい子がいるんだと驚いた。

 男達は、イライラした様子でキョロキョロ当たりを見回している。

「上の二人、電話に出ないぞ!なにかあったんじゃないか!」焦るような口調で男は大声を発した。

「まさか、警察が・・・・・・!」

 その時、人質の中の一人が立ち上がり男達に意見した。

「こんな事、うまくいく筈がない!自首したほうがいいぞ!」勇ましい声は郵便局の中を響き渡った。


ガッ!


 銃で顔面を殴打され倒れる。男性の鼻血が止めなく溢れる。鼻骨が砕けたようだ。

「キャー!」女性の悲鳴が響く。

「パパー!」先ほどの女の子が男性にしがみつく。どうやら少女の父親のようだ。

「余計な事は、言ったりしないほうが身の為だぞ!」倒れた男性に銃を向けながら、リーダーらしき男が怒鳴る。

「おい、俺達が様子を見てくる!人質の様子を監視していろ! 」

「おっ、おお・・・・・・!」

 リーダーの男ともう一人が、先ほどの階段を使い、屋上に向かっていった。

 男の姿が見えなくなったことを確認し、立ち上がり平然を装いながら男達の前に出る。

「あれ?なんの騒ぎですか?」少し大根役者のようにナオミが姿を表した。

「おっ、お前は、どこにいたんだ!」銃をナオミに向けて男が吼える。

「お手洗いに行っていて、気がついたら閉店時間過ぎていて、なんだか騒がしいなと思って見に来たのですけど・・・・・・」閉店からは、ゆうに一時間は経過している。

 それは少し、無理のある設定であった。

「きゃ!モデルガンですか?カッコイイ!サバイバルゲームですか!?」男の構える銃を指差す。

「さっ触るな!・・・・・・ほっ、本物だ!」銃をこちらに突きつける。銃の先端がナオミの胸に当たる。

「いやーん、おっぱいに押し付けないでください……。」ナオミは、顔を赤らめて上目遣いで男を見た。

「えっ!いや御免・・・・・・じゃなくて!」男は顔を少し赤らめながら銃口をそらす。

 その瞬間に、ナオミは膝蹴りを男の股間にお見舞いする

「ぐおっ!」男は悶絶しその場に倒れる。

「なっ!なにを・・・・・・!」もう一人が、行動を起こす前に後ろ回し蹴りで男の顔面を蹴った。

「し、しろ・・・・・・! 」男はつぶやきながら、その場に倒れた。

「もう、エッチ!」ナオミはスカートの裾を押さえながら、頬を赤らめる。

 どちらかと云えば運動は苦手な彼女であったが、学校で教えられる格闘術は比較的得意なほうであった。技術に体力が伴えばそれは更に強化される。


「今のうちに、皆さん逃げてください!」郵便局の人質の人達に向けて、気を取り直して声をかけた。

 人質達は呆気に取られた顔をしていたが正気を取りもどしお礼を言いながら店外へ逃げていった。


「お姉ちゃん素敵!ありがとう!バイバイ!」女の子は、大きく手を振りひまわりのような笑顔で駆けて行った。

「バイバイ!」ナオミは微笑みながら、答えるように手を振り返した。皆が逃げ出した事を確認してから、彼女は屋上に向かった男達を追いかけていった。階段を上り、先ほどの屋上に出る扉の前で周りの様子を確認する。


 男達は、屋上で倒れている二人の仲間を発見した様子だった。「くっ、誰がやったんだ!」気絶している仲間の様子を確認している。


「どうかされましたか?」男達の背後にゆっくりと近づきながらナオミは少し微笑んだ。

「おっ、お前は何者だ!ポリッ・・・・・・いや、違う!」銃口を向けながら叫ぶ。

「私? 私は・・・・・・、通りすがりの、唯の美少女かな?」微笑みながら首を傾げ指で頬を掻く仕草をする。その仕草が男達の堪に触ったようであった。

「ふざけるな!」リーダー風の男が拳銃を発砲した。その弾道を読み身をかわしながら非難用具の陰に飛び込む。男は彼女が隠れた辺りを狙って、更に数発の弾丸を発射する。


 銃声がんだ事を確認してから、男の位置を再確認する。

「えいっ!」ナオミは先ほど使用した手首のワイヤーを男目掛けて発射する。そして男の持つ拳銃に絡めて奪い取った。

「え・・・・・・!」男は状況が把握出来ずに絶句する。手から消えた拳銃を探しているのか足元を仕切りに見回していた。ナオミは気が動転する男の背後に移動し首を背後から羽交い絞めする。

「うぐっ!」男の頚動脈けいどうみゅくを圧迫しながら首を捻り一瞬にして落とす。男は項垂うなだれその場に倒れる。

「貴様!」残されたリーダーは激高げきこうする。

 その瞬間、リーダーの目が血走った赤に染まる。

「何っ!」リーダーは持っていた銃をこちらに投げつけ同時に突進してくる。

 ナオミは闘牛と戦う闘牛士のように華麗にリーダーの突進をかわす。

 振り向きざまに、リーダーの猛烈な下段蹴りが彼女の下半身を襲いかかる。両足でジャンプして蹴りから逃げ、そのまま宙返りをした。着地の瞬間に、リーダーの顔めがけて後ろ飛びまわし蹴りを喰らわせる。リーダーの男は蹴られた反動で転がる。


「よっし!」ナオミは左手でガッツポーズを決めた。

 しかし、リーダーは再び立ち上がり突進してくる。顔面は血で真っ赤に染まっている。

「えっ! まだ、やるの?」再度、リーダーの突進を避け、上に飛び上がる。

 リーダーの肩を踏み台にして更に上空にジャンプして、膝を抱えて回転し落ちる勢いを利用してリーダーの顔面を蹴る。

 リーダーは悶絶してその場に倒れた。


 ナオミは念の為、倒れたリーダーに向け構えを取り続ける。さすがに起き上がってこないようだ。

「さすがに終わりのようね・・・・・・なんなの、一体・・・・・・」壁に体を持たれかけて膝に両手をついて休憩の姿勢を取る。

 扉から数人の男たちが、屋上へ飛び出してくる。

 制服を着用した数人の警察官とスーツを着た男性。見覚えのある顔だった。


「狩屋さん・・・・・・!」思わず両手で口を塞ぐ。

狩屋がナオミの姿を見つけた。


「君は・・・・・・」狩屋が、ナオミに向かって歩いてくる。「君は一体・・・・・・何者なんだ?」その手には拳銃を握っている。

「えへへ・・・・・・」笑いで誤魔化してから、ジャンプしフェンスの上に飛び移り、来たときと同じように腕のワイヤーを使い隣のビルに逃げるように飛び移る。

「あっ!ちょっと!」狩屋の声は宙を切った。


「どうされましたか?狩屋さん」警察官が狩屋に問いかける。

ナオミの姿を確認出来たのは狩屋だけだったようだ。

「えっ、今の・・・・・・いや、いい」

狩屋はうまく説明する言葉が思い浮かばず誤魔化した。うまく説明する自信が無かった。

「犯人らしき男が二名倒れています、これは・・・・・・ 誰かにやられたようですね・・・・・・ 」警察官が倒れた男たちを調べている。

「しかし、急に人質が開放されたかと思ったら、店内で犯人達は気絶しているし・・・・・・、どうなっているのでしょうね」自衛官が狩屋に問いかけるが、狩屋にも明確な返答は思い浮かばない。

「正義の味方参上!ってところかな」狩屋は頭をボリボリ掻きながら適当な返答でお茶をにごす。

「狩屋さん、人質は大人9人全員無事が確認できました」部下と思われる刑事が狩屋へ報告した。



「へ~、結構やるやんか!あの子」野次馬の中で緑色の髪を後ろで束ねた少女が呟いた。

「ん~、外人さんか?寒いのに、そんな格好して寒くないの?」少し酒が回って足元がふらつく酔っ払い男が言った。男は少女の体を上から下まで、舐めまわすように見た。

 少女は、白と緑を基調にしたジャケット、ミニスカートを着用し茶色いロングブーツを履いている。肩はウエスタン風のヒラヒラが飾り付けられている。少し、ナオミの姿に似ているようであった。その口の中には飴を含んでいるようだ。

「ウチは外国人と違うで!生粋の日本人や!それと、おっちゃん、目つきが少しヤラシイで!」


 可愛くウインクを一回して、緑の髪の少女は艶やかな歩きを見せながら、その場から姿を消した。

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