第2話 ナオミという名の少女


 その日は雲ひとつ無い晴れ晴れとした空だった。なにか良い事がありそうなそんな気持ちにさせる始まりであった。


 私、大久保 美穂は本日二年生へ進級。クラス替えにより残念ながら有紀とは離れ離れになってしまった。私は昨年に新設されたという特工科とっこうかへの編入することとなった。


 私が通う『国立こくりつ国家防衛こっかぼうえい高等学校こうとうがっこう』通称『防高ぼうこう』は男女共学の自衛官養成学校である。学校の外で『ぼうこう』の名前を口にすると流石に異様な目で見られる時がある。 


 防高の、男子・女子の比率は四対一。女子の比率が圧倒的に少ない。 


 防高に通う学生は皆、自衛官・警察官などの公務員への就職を希望して入学してくる。文武両道に主眼を置き、スポーツ部・文化部共にインターハイなどへの出場者を沢山輩出している。


 悪友の有紀も将来は自衛官になることを夢見て防高を選んだと言っていた。

今回の士官養成コースから特工科への編入は、一年間の私の適正を考慮した評価によるものだそうだ。


 なかなか、途中のコース変更は学生自ら希望しても難しく、学校から編入を指示される事も少ないということだ。担任のスネークマンも前例がないと言っていた。


 正直に言うと防高に特工科などというクラスがあった事も初めて知った。誰に聞いても特工科というクラスが何を主に教えてくれるのかは知らないといわれた。

 初めて聞いた時は「特攻科」と思ったくらいだ。

 

 もともと、私がこの学校に入学したのは亡くなった父と同じ自衛官になり、困っている人をたくさん救えるようにと考えたからだ。父は自衛官で戦闘機せんとうきのパイロットであった。


 私が小さい頃、父は乗っていた戦闘機が墜落して死んでしまった。


 私は父が亡くなった事故の詳しい内容を知らない。その事を聞く前に母も父を追うように病気で他界してしまったからだ。母が亡くなった時、私は四歳だった。


 だから私には父と母の記憶はあまりない。中学生までは祖父母の家で育ったが高校入学を機に一人暮らしを始めた。 


 祖父母の家から、私の高校へ通学することは距離が遠すぎて無理があった。


 両親達が残してくれた一戸建てを長い間、他人に貸していたのだがタイミング良く退去の申し出があった。


 部屋数が多く一人で使用するには贅沢感が満載であったが、学校までの距離がかなり短縮されるので納得することにした。


 特工科は、校内の別館地下二階に位置している。私だけではなく他の学生も知っている者は皆無であろう。しかし、士官希望から特工という如何にも体を酷使しそうな処への移動とは、きっと評価が芳しく無かった結果なのであろうと事故評価する。


 クラス替えにより、離れ離れとなる有紀に手を振り自分の教室へ向かう。有紀は、寂しかったのか「いやだ~!いやだ~!」と駄々をこねながら、人目を気にせずに私の胸をもみまくった。


「もう!やめて・・・よ!」私は両手で防御した。


 まわりにいる男子達の視線で顔が真っ赤になった。本当に穴があったら入りたい・・・・・・。


 有紀を振りきり裏庭を通り抜けて別館へと向かう。外観は校舎というよりも、レンタルルームの入り口を連想させるような感じであった。


 目の前の扉には、『特工科・関係者以外の侵入は厳禁』と書かれた簡単なボードが張られている。


(ここって、一応学校よね・・・・・・)頭の中を不安の文字が駆け抜けていく。


 別館の扉を開けるといきなり目の前に地下へ向かう階段がある。 

 私以外の学生の気配は全く無い。どんどんと学校らしさが無くなっていく。


 階段を下ると長い通路が続きひたすら歩き続ける。長い長い長すぎる廊下。その途中に光を取る窓など全く見当たらない。


(ここは本当に学校の中なの・・・・・・?)同じ疑問が何度も繰り返し湧き上がってくる。通路の突き当たりを右折するとやっと変化があった。重々しい扉の前にたどり着いたのだ。 


 扉の前には、一昔前のアメリカ映画に出てきたような黒服を着た屈強な男二人が警備をしている。


「あの~・・・・・・ 」聞いても男たちは全く反応を示さない。もしかしてロボットか何かなのかと疑ったほどだ。


 なんじゃこりゃ!


「君が、大久保おおくぼ美穂みほ君か?」唐突に声をかけられる。

 振り向けば白衣を着た男が背後に立っている。声の主は北島きたじま琢磨たくまという教官。特工科の専任教師だそうだ。先日紹介されたばかりだ。いつも眼鏡と白衣を着用し稀に校内をうろついている。校内では異質な存在であった。


 私は勝手に理科の先生かなとずっと思っていた。白衣と云えば理科化学とは自然の発想だろう。


「君の教室は、こちらだ・・・・・・ 」教官は後について来いと言わんばかりに歩き出した。


 指定された教室に入る前に、静脈じょうみゃく認証、指紋しもん認証など、仰々ぎょうぎょうしい登録をさせられた。

(いちいち教室に入る度に、こんなことするのかしら・・・・・・)漠然ばくぜんと考える。


(まさか、この中で・・・・・・ 私はいたずらされたり! ・・・・・・そんなことないよね・・・・・・)

少しみだらな想像が頭の中に沸き起こる。私は妄想豊かな乙女なのである。


「それでは大久保美穂くん、入りなさい」野太い声で現実に引き戻された。


「いや・・・・・・、じゃなくて、はい」

 自分でも知らない間に自分の世界に入り込んでしまう。私の悪い癖だ。


 教室の中は色々な機械が設置されている。これは明らかに勉強をする場所ではない。


 機械を操作する白衣を着た数人の男性と女性がいる。学生など一人もいない。


 なにもかも初めて見るものばかりで困惑する。一通り部屋を見渡した後、不似合いな物を発見する。


「すいません・・・・・・、教官、この人は、眠っているのですか・・・・・・、それとも・・・・・・ 」

 目の前のカプセルのような容器の中に、美しい女性が横たわって眠っている。


 長いピンクの髪、透き通るような白い肌、少しだけ赤みのかかった頬、形の整った赤く綺麗な唇。胸は大きく、ウエストは細く、腰の辺りはキュッと締まってモデルのようなスタイル。


 同じ女性であるにもかかわらず見惚みとれてしまう。まるで、美容エステサロンかなにかのプロモーションかと錯覚させる。幼児体系を絵に描いたような私とは間逆の存在である。


「死人でも人形でもないよ。彼女の名前は『ナオミ』・・・・・・我々、特工科の一員だ」

「でも・・・・・・」彼女が入っているカプセルは液体で満たされているようだ。


「詳しいことは、改めて説明するとしよう。君は、どうして自衛官になろうと思ったのかね?」


「えっ・・・」唐突な質問に私は驚く。「・・・・・・世界平和の為・・・・・・です」ありきたりな返答を口にしてしまう。


「うん、模範的な回答だが漠然としているね。どうやって秩序を保つのかな・・・?悪いが君にその力があるようには見えないな・・・・・・」


「えっ・・・・・・」言われている意味が全く理解出来ないでいる。


「正義の為に戦う!口ではそんなことを言いながら、実際は公務員という安定を求めて自衛隊に入ろうとする若者も多いようだね。中には合法的に拳銃が持てるなんて輩もいるようだがね。僕は防高の学生を対象に実施した適性テスト・アンケートなどを参考に、君をこの特工科へ配属してもらうように依頼したのだ」話の流れが見えない。


「君は、ずば抜けた動体視力、そして正義感を持っているようだ。・・・・・・ただし、心技体の技と体が伴っていない」褒められた直後にけなされすこし憤慨する。

 私は身長百五十五センチ、五十五キロ、近眼で眼鏡を常用している。たしかに運動はどちらかというと苦手でよく防高の学生になれたものだと有紀にも言われた。 

 そういえば身長は入学規定ギリギリであった事を思い出す。


「ただし、健全な肉体に健全な精神は宿らないものだ」教官の言葉で現実に引き戻される。

「あの……話の要点が、解らないのですが・・・・・・」軽く挙手をしながら聞いてみる。

「健康なスポーツマンが必ずしも紳士ではないということさ」教官は私の肩をポンと叩く。

「大久保君、そこに座ってくれたまえ」北島教官が示した先には、大きな椅子があった。


 昔見た海外の映画に出てきた記憶を書き換える椅子を連想させた。何か物々しい椅子で座ることに抵抗を感じる。きっとこれに座ると何がとんでもない事が起きてしまうような気がした。


「なんですか? これは・・・・・・」椅子に間違いはないのだが、唯の椅子でないことは明らかであった。

「詳しいことは、後で説明するといったはずだよ。言われた通りそこに座りたまえ! 座われば、君の疑問はすべて解決するはずだ」教官はニヤリと笑う。笑い顔がイヤラシイ。

「やってみるって・・・・・・ 先に、説明してください・・・・・・!」両手で自分の体を守るように抱き締めた。

 北島教官は私に背を向け、コンピュータのキーボードを凄い勢いで連打しだした。


「北島教官・・・・・・?」私の言葉を無視でもするようなその行動に唖然とする。


 その時、背後に気配を感じた。振り返ると、さきほど表にいた黒服の男がいつの間にか私の背後に立っていた。


「ちょ、ちょっと待って!まさか・・・・・・私に・・・・・・!」まさか、先ほどの妄想が現実に!

 男達は強引に肩を掴み私を椅子に座らせた。


「いや!エッチ!・・・・・・触らないで!」椅子に座ると同時に腕、足に拘束具が固定され、体の身動きが取れなくなった。


「止めてください!犯罪ですよ、これは・・・・・・!」まさか本当にこんな目に遭うなんて!


 相変わらず北島教官は無言のまま、キーボードを連打している。

 手足をバタつかせ、拘束具を外そうとするがビクともしない。


「やめて!誰か、助けて! ・・・・・・乱暴しないでください!優しくして……ください……!」涙が溢れてきた。

「よし、完了だ!」教官が勢いよくENTERキーを叩いた。

 その瞬間、全身に電気が流れたような感覚に襲われて私は意識を失ってしまった。

(助けて、お父さん! お母さん・・・・・・有紀・・・、・・・・・・狩屋さん・・・・・・・)


 最後に、狩屋さんのさわやかな笑顔が脳裏に浮かんだ。


 どれ位時間が経ったのだろうか、私の温いお風呂の中いるような感覚に変わっている。

(あぁ、何これ……、気持ちいい・・・・・・ さっきの出来事は夢だったのかしら・・・・・・)

 ゆっくりと目を開けてみる。


(なに・・・・・・ これ・・・・・・ 私は・・・・・・)

 私の体は、青い液体の中に浮かんでいた。不思議と息は苦しくない。


 呆然あぜんとしていると周りの液体が徐々に減り、普通に呼吸が出来るようになった。


 私の周りを覆っていたカプセルの蓋が、小さな機械音を立てながらゆっくりと開いた。


 蓋が完全に開ききった事を確認してから、私はゆっくり体を起こした。

 目の前に、北島教官のにやけ顔が見える。やっぱり、イヤラシイ顔だ。



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