7話 批判力に潰される
「ねえねえ、そろそろ一緒にデュエルしない?」
リーネは悠里とデッキをシャッフルし合いながらまた誘ってきた。
「ほーら、楽しいよ~!」
ドローしながら言ってくる。
二人の命が危ない時なら、とりあえず悩む前に動くという意思は固めたけど、それ以外で動く気には、未だになれない。
どうしても意味を問うてしまう。
このデュエル内容も決められているのだろう。
心が熱くなれない。
カードゲームは、何が起こるかわからなくて、実力と運をぶつけ合うから楽しかったんだ。
「さっきみたいに文章弄りまくればディスティニードロー連発できるし、ゲームバランスの壊れたクソゲーだよ」
「失礼な! そんな無粋なことしないよ! ちゃんと正々堂々デュエルしてるに決まってるじゃんデュエリストなんだから」
「悠里も?」
「当然です」
「最近勝ててきてるのは実は文章弄ったイカサマしてるんじゃ?」
「酷いですお兄ちゃん! 流石にそんなことしても楽しくないことぐらいわかります!」
「そうだよ今のはデュエリストにあるまじき発言だよ反省して!」
昼時。
今日の昼食はリーネが作ってくれた。
僕の前に置かれたどんぶりの中身はグロテスク。
まるで人の臓物を腐らせたような見た目だ。目玉も交じっている気がする。
「なんてもの用意してるんだ。こんなもん食べられない。さっきは確かに酷いこと言ったけどさすがにこの仕返しも酷いよ」
「?」
悠里が首を傾げた。
「それは素名くん自身の批判力のせいだよ」
「僕自身の?」
「認識や考え次第でどこまでも見える光景が悪くなってしまうんだよ」
リーネがどんぶりを手で指し示す。
「これは、実際は美味しい牛丼だよ」
確かによく見たら牛丼だった。白いご飯に、味付けされた牛肉や玉ねぎが乗っている。
僕はもう駄目かもしれない。
食べてみたらいつも通り美味しかった。
「結局、批判力ってなに?」
「そのまんまだよ。この小説世界への批判の感情が形になった怪物。読者の批判。作者の批判。物語のレールから外れる異常。それらが主な理由だよ。この【タワー】に定期的に怪人が現れるのは、常に作者の批判力が少しづつ溜まるからだよ。まあこの小説では怪人は最初の一回しか登場してないけど」
リーネが瞬殺した昆虫の頭の怪人か。
「あと、前に悠里ちゃんが来た時に出た強い怪物は、悠里ちゃんがこの【タワー】に来るというレールから外れた現象が起きてしまったから生まれてしまったんだよ」
「悠里を殺した【ウーズ】はなんで出て来たの?」
「それは素名くんが生きてた地球でこの世界に入れる能力を持った【ウーズ】がいたからだよ。それがわたしたちを殺した【ウーズ】だったってだけで」
「現実の地球が宇宙人に侵略されてるとかいう設定生きてたんだ」
「この世界が小説だからって、今までのことが無くなったわけじゃないからね」
今考えると元居た世界も現実じゃなくて小説の中の地球だったと思うと更にいやになる。
――――待てよ。
「その理屈で行くと、この前の戦いで文章書き換えまくったのって、まずいことなんじゃ?」
「……そうだね」
「そうだねって。なんで言ってくれなかったんだ!」
「だってしょうがないじゃん! あのときはそうするしか乗り切る方法なかったし!」
地響き。
地響き。
地響き。
地響き。
まるで地震のよう。
今までにない轟音と揺れ。
「嫌な予感がする」
「わたしも」
「ゆーりもです」
リーネが呼び出したスクリーン見る。
来た。
また【ウーズ】共が来ている。
前回でも多かったのに、それの比ではない数が攻めてきている。
何体だ? 数百か、千以上か、それとももっと多いか。
「素名くん、悠里ちゃん、戦おう」
「でも文章改変したら、また批判力が増えるんだよな」
「それでもこの量を普通に戦って勝てる可能性はないよ」
「なら増える批判力はどうする?」
リーネはサムズアップして答えた。
「わかんない! けど今は戦うしかないよ! すぐそこまで敵は来てるんだから!」
「ゆーりも、戦います。お兄ちゃんたちばかりに任せておけませんから」
ふんすと両拳を握る悠里。
僕たちは前回と同じく階段前の廊下で【ウーズ】を待ち受け、戦う。
文章を何度も改変し、宇宙人たちを殲滅していく。
何度も蹴散らした。
そこで、気づく。
「あれ、減らない?」
宇宙人が無限に迫る。
途切れない。
前回のように、一度倒し切ることすらできない。
「戦闘で文章書き換えをする代償は思ったよりも高かったみたい……」
リーネの顔は青くなっていた。
敵はどんどん増えて、文章改編で対処して、そしてまた増える。
無限に戦い続けなければならない悪夢。切りがない。
悠里が、ミニガンから無数に放たれる弾丸の一発につき、何体もの【ウーズ】を蹴散らし続けている。にもかかわらず、絶えず進軍してくる宇宙人共。
僕が
リーネが踊るように【ウーズ】を斬り刻んでいくけれど、バラバラになった宇宙人の体が消えるよりも早く後続が進軍する。
一度倒し切りさえすれば、前回のように批判力がまた襲来するまでの期間が開くかもしれない。
でも一向に減る気配のない宇宙人。
僕らには、休む期間すら与えられない。
疲労が蓄積してきた。
このままじゃ、本当に押し切られる。
「これ余裕ぶってちまちま文章改編するより、一瞬で宇宙人たちは消え去りましたって書けばいいんじゃないか」
「それができないからちょっとずつ文章弄ってるんだよ! わたしたちは小説の中のキャラだから、弄れる文章にも限りがあるんだよ!」
そういえば、この世界が小説だと認識できたから文章を生み出せるようになった、って前にリーネが言ってたか。
…………。
この事態について、作者はどう思ってるんだ。
このまま僕たちが潰され消えてバッドエンドがお望みなのか? それともご都合主義の奇跡でも起こすのか?
本当にそんな物語を書きたいのか?
「批判力の設定については作者自身でもどうしようもないみたいだよ! そこは世界の核だから絶対に変えたくないって! その結果わたしたちが潰れるならしょうがないと思ってるらしい!」
「なんでそんなとこだけ頑固なんだ! そんな設定なんかより僕たちの方を大事にしろ!」
批判力を消せないなら、どうする。
考えろ。
考える時間がない。
新しい消えない設定を創ればいい。
でも僕たちが生み出せる文章はごく僅か。
どうやって設定を作る。
「おい、創れよ作者! お前この世界の神みたいなもんだろ! プロ根性見せろ!」
「素名くん、ここはアマチュア作家が書いた。アマチュア小説の中だよ」
「このド三流アマチュア作家モドキが!!!!! どうせ小説の中ならプロが書いた小説の住人が良かった!」
そうだ。よく考えたら、話のしょっぱなからカードゲームやり始めるカードゲームジャンルでない小説なんて、ありえない。
僕の口調も安定しないし、コメディとシリアスの境界も曖昧だ。
あとこんな自虐をしていることが一番のご法度なんじゃないか。
自虐は人を不快にさせるだけの自己満足である。
「それにさっき言ったように批判力に潰されるならそれまでと決めてるから絶対に助けてくれないと思うよ」
だったらどうすれば。
何か方法はないのか。
とりあえず文章を生み出してみる。
"【ウーズ】たちは一匹残らず消え――"
最後まで書けない。
「くそっ」
"宇宙人は全m"
書けない。
「そうだ素名くん! 目標を設定すれば無理のある文章改変も旨くいく可能性もあるんじゃない!?」
「それだ」
"【タワー】の屋上に行けば宝珠があり、それに触れれば批判力は消滅する。新しい批判力も生まれない"
なんとか頭を捻って、この設定を考えた。
最後まで書けたし、成功したはずだ。
あとは条件を満たすだけ。
「屋上を目指そう!」
「うん!」
「はい!」
僕たちは、【ウーズ】と戦いながら後退し、階段を上っていく。
ある程度慣れてきたら、戦いながら階段を走り上がる。
階段を一階層分上る度、それより下の階層を【ウーズ】の大軍が蹂躙した。
いつも過ごしていた居住区。
よくデッキ調整をするときにカードを取りに来たデュエルスペース。
三人で遊び、星空を見上げた浜辺。
スキーをした雪山。
思い出が脳裏を駆け抜けていく。
思い出の場所が壊されている。
でも、そんな感傷さえ、どうせまた一瞬で思い出の場所も直されるという事実に消え去る。悠里が簡単に生き返った時みたいに。
屋上に辿り着いた。
風が吹き付ける。この外には何も無いはずなのに。
屋上から見える外の景色は森がどこまでも広がっているように見えるが、嘘の景色だろう。
この
そんなことより、見つけた。あれだ。屋上の中心にある、よくわからない豪奢な台座に乗っている宝珠。
あれを触ればなんとかなるはず。
走り寄る。
【ウーズ】が邪魔をして来る。
リーネと悠里が緑剣やミニガンで護ってくれた。
「素名くん、早く!」
「お兄ちゃん行ってください」
「助かる」
僕は宝珠の元へ走り、手を伸ばし、触れた。
――――。
「…………」
何も起きない。宇宙人は一匹たりとも消えない。
今も絶え間なく襲ってきている。
「駄目だったの!?」
「駄目だった……」
「お兄ちゃん、そんな、嘘ですよね?」
この文章改変には無理があったのか……?
ここから先、どうすれば。
僕たちは、追い詰められたのか。
ここは屋上だ。逃げ場もない。
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