2話 リーフカリバーン 3/3




 閉じた階段をリーネが、「開け―!」と直して下の階に降りた。


 そうして僕たちは、また怪物の前に立った。

 リーネが悠里も来た方がいいと言ったので、三人で来ている。

 悠里を危ない目に遭わせるのは避けたかったけど、リーネを信じることにした。

 

「変身ー!」


 リーネがエメラルド色の光を纏い、すぐに光が消失すると、端麗な装備を身に纏っていた。

 機械の羽のよなものが背に装備され、足も機械の装甲が覆い、腕にはガントレットが装着される。それらは全て、緑色をしている。

 そして最後に、ガントレットから黄緑色の光剣が伸びた。


「それじゃあ、素名くんよろしくねー!」


 言って、リーネが突撃していく。

 

 僕は怪物への詰めの一手を託された。


「二人とも頑張ってくださいっ」


 先に話し合った作戦はこうだ。

 まずリーネが戦って時間を稼ぐ。その間に僕があの怪物を倒す武器を望む。そうしたら、僕の望んだとおりに武器が手に入るらしい。リーネの言う通りになるのならだけど。

 荒唐無稽で、信じられない気持ちはあった。

 でも、僕は最初にリーネを信じると決めた。

 決めたからには、とことん信じてみようと思う。

 荒唐無稽は今さらだし。これまでも意味不明で荒唐無稽な出来事ばかりが起きていたんだ。

 あるがままを受け入れ、恐れる必要はない。


 リーネは僕ならできると言った。ならば、そうしよう。


 ――強く望む。

 怪物を倒せることを。

 ――想像する。

 あの怪物を倒せる武器を。


 強く強く、集中力を総動員し、望む。

 望む。

 望む。


 望み続ける。

 

 ……すると、忘却の記憶、その一部が再生された。

 過去に、現実に在ったことを、僕は今垣間見る。


 

 ――――僕は、戦っていた。

 人類の敵。そらから来る宇宙人。【ウーズ】と戦闘していた。


 人類は殺戮され、滅びる寸前だ。国外への連絡すらままならない状況。日本が大混乱にい陥っていて、他の国も【ウーズ】の襲撃を受け悲惨な状態というぐらいしか、わからないほど。

 着実に、滅びへと向かっている地獄。終末を現実に体感し実感している絶望。

 

 そんな中、抗う力を手にした僕は、妹の悠里を背にして強大な宇宙人と戦っていた。


 緑色の剣を携え、【ウーズ】と牽制し合いながら一定の距離を取る。


 この剣は、僕の想いを強くすればするほど威力をどこまでも上げていく。例えば。今みたいに悠里を守りたいと強く想っているときは、どのような敵も一撃で屠るほどの威力になっている。

 威力だけは、強い。

 威力だけは。


 だがこの【ウーズ】は速いし技量も僕より遥か上だ。

 だから一撃すら入れられないでいる。相手は剣を打ち合わせてすらくれない。


【ウーズ】は特殊な異能をそれぞれ一つ保有している。こいつは恐らく、"速い剣技"とかそういうのだろう。

 今まで僕は何度も【ウーズ】と戦って来た。そして倒してきた。こいつは今までの奴らとは強さの桁が違う。

 上位個体というやつだろう。【ウーズ】には下位個体と上位個体がいる。上位個体は、どの個体も何人もの異能力者を殺していると聞いている。

 僕が上位個体と戦うのは、これが初めてだ。


 しかし向こうもこちらの剣が危険だと理解しているのか、なかなか決めの一手を打っては来ない。


 勝機は、あるはずだ。


 僕は一つの手を思いついた。大した手じゃない。

「せいやああ!」


 剣を思い切り地面に振り下ろし、コンクリートの地面を砕いた。

 破砕されたコンクリートは散弾のようにばら撒かれ、【ウーズ】を襲う。

 これは【ウーズ】への攻撃でもあり、本命は大量に撒き散らされた瓦礫で視界を塞ぐことだ。


【ウーズ】が湾曲した刃で薙ぎ、散弾を払う。

 奴がその瓦礫を払った瞬間、僅かな隙ができた。


 その隙を突いて、足を前に出し踏み込み、剣を突き出した。


 一撃を入れる。


 ――だが、相手の方が上手だった。


 軟泥の体を逸らし、【ウーズ】は紙一重で剣先と刃を回避。

 さらに、【ウーズ】の動きは止まらない。

 卓越した技量と速度。

 僕は剣を突き出した硬直で、次の動きまでタイムラグがある。


【ウーズ】は湾曲した刃を、僕の剣の腹に、剣の弱い部分に、それも腹の中でも最も弱い部分に強打した。


 僕の相棒。緑の剣はいとも簡単に――これまで戦ってきた歴戦の剣、最強の剣というイメージが嘘だったかのように――折れた。


 僕の手から離れていく。折れた最強の刃――最強だったはずの刃も、つばも柄も、手から離れて、遠くに転がった。


 衝撃。


 湾曲した刃で振り払われ、僕は吹き飛び転がった。瀕死。

 振り払われた時刃が腹にり込んでいた。血が止めどなく流れ出ている。

  

「どうして……」

 僕の相棒。簡単に折れるわけなんてない。今まで何体もの【ウーズ】を倒してきた。それほどまでに、【ウーズ】の上位個体というものは規格外なのか。

 

 緑の剣はただの剣じゃない。剣という武器でありながら、話すことができない無機物でありながら、僕は友達だと、いやそれ以上の、正に相棒だと思っていた。一生のパートナーだと思っていた。


 ただ武器が壊されただけの事ではない。ただ剣が折れただけの事ではない。

 僕は、相棒を殺されたんだ。


「うあああああああああああああ!」

 動けない。今すぐに【ウーズ】を殺してやりたいのに。口から出るのは、情けない大声だけ。


「お兄ちゃん……!」


 悠里が僕を呼ぶ。

 

 そうだ。僕にはまだ妹がいる。

 悠里を守らないと。

 悲しみは溢れてくる。悲しみは抑えられない。

 でも悲しんではいられない。それはあとにしろ。悠里を守らなければ。


 でも、身体は動かない。

 なんでだ。

 なんでなんだよ。

 動けよ。

 血が出ている。

 動けない。


【ウーズ】は僕に止めを刺すでもなく、悠里の方へ向かっている。

 なぜ僕を狙わない。

 僕をさらに絶望させたいのか。

【ウーズ】にそんな知能があるのか。

 だとしたら悪辣だ。残虐だ。化け物だ。人とは相容れない宇宙人。化け物共め。


 そうして、僕は相棒と妹を失った。

 自分の命も、ついでのように失った。


 それは、敗北の記憶。

 それは、絶望の記憶。

 

 汚泥の中で、苦しみ足掻いて、足掻いて足掻いて、その結果苦しんで苦しんで、辛い闇の中で死んだんだ。



 ――意識が現在へと戻った。


 僕はもう、知っている。

 リーネへと覚えていた親しみ、自然と信じることができた理由。

 リーネは、僕の相棒だ。

 なんで擬人化しているのかは分からないけれど、リーネは僕の剣だ。

 

 そしてリーネはここに居る。

 僕はまた、守る為に戦えるんだ。


 そう思った時には、僕の手には緑色の剣が握られていた。


 リーネはまだ怪物と時間稼ぎの為に戦っているから、リーネが剣になったわけではないみたいだけど。

 それでもこの剣は、リーネと同じだ。


 信緑リーフ想剣カリバーン 

 それがこの剣の銘だ。

 僕の異能力の名前だ。


 信じた強い想いによって、何処どこまでも威力を高めていく。


 あの時踏み躙られた想いを、また宿すんだ。


 僕は、リーネと悠里を、もう失わない。守るんだ!!


 信緑の想剣の刀身が、黄緑色に光る。


 黄緑色の綺麗な刃。黄緑色の綺麗な髪。同じ綺麗な、黄緑色だ。


「素名くん復活! 流石主人公! 絶対にこうなるってわかってた!」

「なんだかよくわかりませんけどお兄ちゃんすごいです! やっちゃってください!」

 

 僕は攻撃しようと、前に踏み出そうとした。

 でも出来なかった。

 リーネが戦ってくれているとはいえ、隙があまりない。危険で迂闊に近づけない。

 以前の記憶の恐怖から、僅かな可能性に賭けた一手を打つのも躊躇ってしまう。


 怖い。

 また失敗するかもしれない。

 また守れないかもしれない。

 また失うかもしれない。


 取り戻した記憶の中で、無茶をして失敗した経験が、迂闊な行動を躊躇ってしまう。踏み込むべきだと思えたチャンスさえ、一瞬の判断ができずに不意にしてしまう。


「僕は……」


 上手く戦えなくなっている……のか。


「大丈夫! 今度も一緒に戦おう!」

 リーネが、怖気づいた僕の心に光で照らすように、元気な声をかけてくれた。


「今の素名くんは、以前よりもどこまでも、強くなれるから」


 怪物の攻撃を凌いで後退してきたリーネが、僕の手を握ってきた。


 そのまま、僕たちは前に出る。


 手を繋ぎながら、時には手を離し、また繋ぎ、踊るように紙一重で怪物の攻撃を逸らし避けていく。


 繋いでいる手から、暖かさが伝わってくる。本当にどこまでも、強くなれる気がした。このまま、どこまでだって戦える。

 

 怪物が腕を薙いでくればリーネが左のガントレットから伸びた剣で逸らし、腕を振り下ろしてくれば、一度繋いだ手を離し避け、僕たちの間の床を怪物の腕が砕く。


 そうして避けながら前に進み、怪物に肉薄する。

 

 あと一歩踏み出せば、僕の剣が届く。

 

「行って、素名くん!」


 リーネに背中を支えられ、押されて、一歩踏み出す。

 目の前には、腕を振り下ろした攻撃直後の怪物。

 怪物が次の動きに移るまで、僅かな時間が在る。


 ――僕は、リーネを、悠里を、もう絶対に失わない!


 想いを乗せて、信緑リーフ想剣カリバーンを振り下ろした。


 視界が黄緑色の光に染まる。

 光の爆発。

 莫大なる威力が怪物を襲う。


 光が晴れた後には、何も残っていなかった。


 跡形も無く、怪物は消滅したんだ。



「やったね素名くんきみはすごい!」

「みんな無事で終わってよかったです、本当に……」

 悠里が心底安心したというように胸を撫で下ろしていた。


「相棒……」

「んっ」

 リーネは、すべてを知っているというように笑顔を向けてくる。

「また、よろしくな」 

「よろしくダーリンっ!」

 ダーリンではない。



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