2話 リーフカリバーン 2/3




「なになになになに!?」

「なにごとですかー!?」


 崩れた壁からは、漆黒の巨体が入り込んできた。

 身長三メートルは越えているだろう。二足歩行の獣の様な姿形。目が赤い。そして目と口が無数に、全身へ瞼と口腔を開けていた。


 地獄を徘徊する化生けしょうの如き、深淵を感じさせる恐怖の権化。

 以前リーネが瞬殺した怪人とは一線を画す怪物だと、一目で思い知らされる異様をしていた。


「今日は案内する予定だったのに! 変身!」


 リーネの体各所に緑色の装備が装着される。


「なんですかそれー!?」

「悠里下がるよ」

 

 悠里の手を引いて下がらせている内に、リーネと怪物の激突は起こった。


 怪物が腕を振るう。リーネがガントレットから黄緑色に発光する剣を伸ばし、怪物の腕を受ける。リーネがふっ飛ばされた。壁に激突して転がる。


「リーネ!?」

「これは、とてつもない批判力だよ……!」

「だから批判力ってなんだ!?」


 怪物は僕と悠里の方に足を踏み出した。

「怖いですお兄ちゃん」

 悠里がしがみ付いてくる。僕は守るように抱き寄せた。

「ふーんっ!」

 リーネは何とか立ち上がって、僕らの前に立つ。


 腕が振るわれ、剣がふるわれる。

 リーネは怪物と幾度いくども切り結ぶ。正面からぶつかれば先のようにふっ飛ばされるから、剣で怪物の手を流していなしている。

 それでも怪物の攻撃は重いのか、リーネの顔は苦悶に歪んでいた。

 

 腕を振るえばあらゆるものが破壊される膂力りょりょくを、何とかギリギリでしのいでいる。


「こんなことで、負けないよー!」


 リーネの剣気が、増した。先までも本気ではあったのだろうけれど、更に集中が研ぎ澄まされる。技巧が限界突破。


 怪物の黒い手を、腕を、光る剣で逸らして、逸らして、流麗な川のように逸らし続け。


「すごいです」


 そうして、僅かな隙が出来る。


「いまーーーーーっ!」


 リーネはその隙へ、剣の突先とっさきを突き入れた。

 技巧の一撃。

 確実な命中。


 実際、命中した。怪物の表皮に浮き出た目に、黄緑色の刃が刺さった。

 ほとんどの生物の弱点である眼球に、致命の一撃を入れたのだ。


 ――しかし、怪物はほとんど無傷だった。

 

 目に刃が僅かに食い込んだ程度で、血も出ない。そもそもこの怪物に血が流れているのかもわからないけれど。

 そして、怪物の動きも止まらなかった。

 この怪物にとって、眼球は弱点にならない。


 腕がリーネを薙ぐ。

 リーネは咄嗟に左の剣、突き出した方とは別の剣を攻撃と自分の体の間に出すことで防御した。力の入っていない簡易的な防御、だからリーネは叩き飛ばされる。また壁に激突して、壁が陥没した。


「二人とも、逃げて……! こいつ、強過ぎる! 今勝てるかどうかわからない」

「リーネも逃げるんだよ」

「わたしもすぐ行くから、信じて!」

「……わかった。絶対にすぐ来てよ」

「うん!」

「え……お兄ちゃん、いいんですか……? リーネさん、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。信じる。なんか信じられるんだ」


 僕は悠里の手を引いて階段の方へ走る。


 後ろでリーネが戦う音が聞こえる。

 振り返りたくなるが、信じて階段を目指す。


 そうして、階段に辿り着いた。

 上るか下りるか、一瞬迷う。こういう時のセオリーは、下のはずだ。上だと建物から出られないで追いつめられる。でもこの【タワー】から出られるのか?


「上に行って!!」


 リーネの声が聞こえたと認識すると同時、僕は即決し悠里の手を引いて階段を全速力で上がった。


 途中蹴っ躓きそうになりながら上の階に着く。

 そこまで行って、僕はようやく振り向いた。


 リーネがふっ飛ばされるようにして階段の前に現れた。地面を転がるが、すぐに立ち上がって階段を上ってくる。


 リーネも上の階に着いた。

「閉じろー!」

 リーネのその声と共に、"階段が閉じた"。

 階段と天井の距離がゼロになって、階段が無くなり僕の目の前が壁になったのだ。

 階段が、完全に閉鎖された。


「ふー……なんとかなったよー……」

 リーネは大の字にぶっ倒れて額の汗を拭い息をついていた。

 

「これでもう上ってこれないから大丈夫! なはず!」

「はずって……あの怪物がここまでやってくる可能性があるんですか?」

「なくはないと思う!」


「どうすんの?」

「その内には倒さないといけないね」

「倒せるんですか」

「倒せるね。素名くんなら」

「僕が……?」


 どういうことなんだ。僕に戦闘能力はないと思う。さっきも何もできなかったし。記憶がないから、それさえ取り戻せばわからないけど。

 リーネはやっぱり何かを知っている。教えてくれないけど。


「さっきの、階段の前に急に転がってきたのはどうやったの?」

「あいつが腕を叩き付けてくるのをガードして、その勢いのまま後ろに跳んで叩き飛ばされるのを利用したんだよー!」


「というかそれより、リーネは大丈夫なの? 結構壁に叩き付けられてたけど」

「大丈夫大丈夫ー! わたし頑丈だから! そこら辺の人間と一緒にしてもらっちゃ困るよー!」

 確かに、ピンピンしているようには見える。動きに乱れもないように見える。 


「何はともあれ、全員無事でよかったよ」

 本当に。


「なんであんなのが出たんですか? 怖すぎですよ」

「悠里ちゃんが素名くん専用であるこの【タワー】に来たことによるイレギュラーが、こんなバグを作り出してしまったのかもしれない! っていうかそれ以外考えられない!」


「いやほんとにあいつどうしよう。どうやって倒そう。本当に倒す必要あるの? 危なすぎるしまた来たとしても逃げてるだけじゃ駄目かな?」

 さっき、一歩間違えば誰か死んでたと思う。

 それは、絶対に回避しないといけない。

 誰にも死んでほしくない。

 人間の当然の感情として以上に、強くそう思った。


「いや、そもそもここは死後の世界なんだから死ぬとかあるのか?」

「あるよ。わたしたちは批判力に殺されるから」

 また批判力。


「どっちにしろ放っておいたらタワー壊されちゃうよ。だから倒さないと」

「……やっぱり、そうか」

 倒さなきゃ何も解決しないということは、なんとなくそうだろうと思ってはいたけれど。


「あーあ。これ萌え萌えなラブコメだったはずなんだけどなー」

「何を言っているんだ?」

 

「とりあえずデュエルしながら対策考えようー!」

「自然な流れだ」

「自然ですか?」

 自然だ。答えはデュエルの中で見つけるしかない。


 三階居住区の一つ上の階だから、ここはカードゲームエリア。カードもデュエルスペースもいくらでもある。


「ゆーりカードゲームやったことないんですけど」

「わたしがデッキ貸すから大丈夫だよー!」


 リーネがさくらに赤単速攻のデッキを渡した。初心者にも使いやすいデッキだ。


「デュエルスタートー!」

 リーネの掛け声と共に、リーネVS悠里、僕VS悠里を主としたデュエルが始まった。初心者にいっぱい遊んでもらいたいからね。


「全然勝てません……初心者に容赦なさすぎませんか?」

「「デュエルで手加減はしたくない」」

「このカードオタク共!!」


 でも、しばらく何戦もデュエルを続けている内に、悠里の赤単は僕の緑単ランプに少し勝てるようになってきた。


「悠里、結構センスあるな」

「わたしのピック(デッキ構築)が元々良かったのもあるけどね! 素名くんのランプとも相性がいいしね」

「真のデュエリスト足り得るかもしれないな」

「殺し合いのデュエルなんてしたくありませんが」

 真のデュエリスト同士のデュエルはクリーチャーが実体化し、負けた者は死ぬのだ。


 次の僕と悠里とのデュエルでは、苦しい一戦になった。

 最後の一ドローで切り札を引かなければ僕が敗北する、という状況になった。

 そして僕は、ディスティニードローでなんとか勝利する。


 ディスティニードローとは、窮地に陥った状況で、その状況を打開するキーカードを引き当てるという、神がかった奇跡のドローのことである。


「よっしっっ! やった勝った! 右手光ってたぜ!」

「お兄ちゃんカードゲームに勝ったぐらいではしゃぎすぎですよ」


 リーネが、こちらを見た。


「そのディスティニードロー、本当に偶然だと思う?」

「運命だとでも言いたいの?」

「カードゲームアニメですか?」

「ううん。でも、それに近い。素名くんが強く望んだから、いいカードが引けたんだよ」


「どういうこと?」


 得意げに人差し指を立てて、リーネは言う。


「つまり、これがあの怪物を倒す切り札なんだよ」



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