第2話 失墜

 走行魔道具の調子が悪いから移動は馬車にしてくれとロート神父に言われたときは思わず罵倒が出てきそうになった。走行魔道具に比べて馬車は足が遅いし、乗り心地も悪い。板張りでクッションもまともにないし、手綱を握れるのも少ない。六本脚の馬は確かに丈夫だがただそれだけだ。早くは走れず、もつれてこければそれでおしまい。

 その点、走行魔道具は良い。黒の聖水を使うという点に目を瞑れば、速いしヴェルムも操縦はそっちの方が楽だった。たった二つの車輪しかなく、バランスをとるのが難しいのと、あまりにも速度を出しすぎると危険ではあるが、馬車ののろまに比べれば大した問題ではない。

 それに、ヴェルムとしてもそっちの方が好きだった。


「まぁ、貴重なものだし、仕方ないのだけれど……」

 

 魔道具とはどれも貴重なものだ。壊れたら基本、廃棄するしかない。替えが聞かないのだ。それに、そのような移動式の魔道具はどうしても騎士団の方に優先される。中には安定性の高い四輪のものがあるらしく、そちらは聖光、つまりは太陽の力で稼働するタイプのものが主流とのことだった。

 文句を思い浮かべつつも、さっさと仕事を終わらせてしまえばいいだけの事だ。

 件の調査にきて、ただいつもと同じように仕事をすればいい。そうすれば神を騙るまがい物などすぐにわかるし、愚鈍な村人に正しき教えが伝えられる。そうなれば結果的には極会とっては良いことだ。

 第一、全知全能であり、偉大なる神が失敗をするわけがない。天から落ちるなどありえないのだ。

 もしそうなら、神が愚かなら、自分たちはとっくに滅んでいる。だが、どうだ。神威暦は三百年という伝統を誇り、神秘極会も同じ年月を存在した。

 人間も他種族に比べて力は弱いが、それでもこうして大陸の覇者として君臨している。


「これは……」


 そう考えていたのだが、これは想像以上の代物だった。

 改めて見れば、五十五メートルという巨大物体は途方もない存在だった。それが横たわり、村の中央にいるという事実は、いざ目の当たりにすると今までの常識をすべて覆しかねないものだった。

 文字媒体の報告書だけで、この目で見るまで、漠然としたイメージしか浮かばなかったからこそ、物事を軽く考えていたことは事実だった。

 ヴェルムは調査用の魔道具のいくつかを持参していた。そのうちの一つ、姿絵写しとも呼ばれる魔道具で巨体物体を収める。これは鮮明な絵という形で保存できるものだった。

 これから絵として取り出すのには魔法使いの中でも限られたものしかできない。ヴェルムは取り出すことはできないが、こうして中に記録として納めることはできた。

 またこの魔道具にはその上位版というものがあり、そちらは動きを伴った絵として残せる。ロート神父も詳しい原理はわからず、これは極会内部でも、法王でしか知ることのない秘匿技術なのだという。

 『エイゾウ』というものであることは伝わっているが、ヴェルムはそれを使ったことも見たこともない。


「これが、落ちてきたのですか?」


 姿絵写しの魔道具に記録をする姿は他者からみると奇妙なものらしい。掌に収まる小道具を覗き込んで何やらボタンを押すだけの作業。知識のないものからすれば相当おかしく見える。

 それは衛兵も変わらないようで、ヴェルムは周囲からは白い視線を送られていることには気が付いていた。


「はい。三日前の晩の事でした」


 報告するのは村の衛兵の一人で、隊長職に就く者だ。

 報告書を作成した人物でもある。彼は、比較的情報を知るものらしく、ヴェルムの行動に対して反応はなかったが、それをいちいち周りに説明する気はないらしい。


「ものすごい轟音と、光を放って、これが……あぁ、村人曰く神が降臨なさったそうで」

「降臨? あなたも、これが神だと信じているのですか?」


 ヴェルムの怪訝な視線に対して衛兵隊長はなんとも困ったような表情を浮かべた。


「あなたが神秘極会の人間であることはわかりますが、あんなものを見れば、信じたくもなります。あの光輝く姿は……神の御威光のようだった」


 バカバカしいと否定するのは簡単だったが、ヴェルムはそれを口にすることをためらった。隊長の語る光景とやらはわからないが、目の前で横たわる巨体を見ればそれぐらいはできそうだなと思ってしまったのだ。

 これが神であるか、そもそもなんであるかはわからないが、王城でもない人の形をした何かでここまで巨大なものが天から降ってきたというのは疑問が大きい。

 本当に落ちてきたのか、誰かがここに運んだのではないか、しかしこのようなものを運べるだけの人材が用意できるのか。可能性を追求すればするほど、意味が分からなくなってくる。


「これ、鎧?」


 巨体は確かに生物には見えない。灰色の硬質な何かで全身を覆っている。パッと見た限りでは騎士団の使う鎧と同じような色合いだが、どことなく材質が違うことはヴェルムにも理解はできた。

 ただしこれが何なのかはさっぱりだった。鎧と言ったのもただそう見えただけなのだ。


「わかりません……一応、真上から覗いた絵ならありますが」

「見れますか?」

「持ってこさせます」


 隊長が部下にその指示を与えている間も、ヴェルムは細かく巨体を周囲を観察した。

 横向きとはいえ、それが人の形をしているのはわかる。頭があり、腕と足が二本、指も五本。頭には目と思しきものがあるが、何か巨大な宝石のように半透明で、わずかに盛り上がっていた。鼻はなく、口も何かフェイスガードのようなもので覆われている。

 鎧とは称したが、まるで隙間がなく、頑丈な鉄で、巨大な人型を形作った精巧な像なのではないかと思わず錯覚する。


「だとしても、これが天から落ちてきた?」


 ヴェルムは思う。果たしてこの巨体はどれほどの重さなのだろうかと。そんな疑問を浮かべた瞬間、ヴェルムはあることに気が付いた。

 それは地面の状態だった。


「落ちてきたにしては、地面が比較的綺麗。埋まっていない」


 巨人は村の大地に寝そべっているの。ピクリとも動く気配はない。それは良いとしても、仮にこれが落ちてきたのならペルトーの村はもっと壊滅的な被害がなければおかしい。

 そもそも五十五メートルの巨大物体なのである。これが、彼らの言う通り天から落ちてきたとなれば、これはもっと地中に埋まっていないとおかしいし、村の家々も倒壊していなければならない。

 落下の衝撃なども鑑みればこの村がすべて埋もれるぐらいはしていないとおかしい。

 なのに、巨人本体もそうであるが、村には大きな被害はない。せいぜい、収穫前のフルーツが枝から落ちた程度とのことだ。

 死人すら出ていない。

 なら思ったより軽いのか? いや、それもない。重量があろうがなかろうか落ちてきたのならそれ相応の被害は出るものなのだ。村にか、それともこの巨体そのものなのかはさておいてもだが。


「シスター、失礼。これが真上からみたときの絵です」

「どうも」


 手渡されたのは手書きの絵だった。あまり鮮明でもなく、うまいとも言えないが大体の形はわかる。


「胸に、何か穴が?」


 絵に描かれた巨人は人の姿をしている。特徴的な半透明な両目、異様に長い手足、灰色の表面。それらはヴェルムが見た通りのものだったが、体の前面を写した絵を見たとき、巨人の胸部中央にぽっかりと黒い点が書き込まれていた。


「あぁ、いえ、それは石です。黒曜石のような、黒い石。材質はさっぱりわかりませんが。それに、この大きさでございましょう? 運ぼうにもそんな道具はありませんし、大至急、聖国のお力をと思ったのです」


 確かに、こんな巨大なものを小さな村でどうにかできるわけがない。

 報告書を血相を変えて提出してきたという事情も今ならばわかる。ヴェルムとしても、これは大がかりな調査になると踏んでいた。

 おそらく、この巨大な物体を運び出すとなると軍部にも協力を要請しなければならない。とはいえ、彼らの仕事は運び、警護することだ。調査は自分たちが中心に行う。どうせ、嫌味の一つや二つはあるだろうが、そういうのはロート神父の仕事だ。

 ヴェルムはさっそくそのことをロートに報告しようと思った。調査員や一部の騎士、大臣などしか持つことのできない通話用の魔道具を取り出し、ロートの下へと通話をつなげる。

 いくつか配置されたボタンに暗号を打ち込むことで、特定の相手に通じるというものだ。なぜ暗号なのかはいまだによくわからないが。

 この魔道具を持つ者は暗号をいくつも暗記しなければならなかった。


「神父、シスターヴェルムです。はい、現地にいまして、実物を確認しました。えぇ、無理ですね、騎士団を手配してほしいのです。馬なんか連れてきても無理ですよ、これ。あと、それといくつか資料をよこしてください。えぇ、聖典の……そうですね」


 五分ほどの通話を終えると、ヴェルムは衛兵隊長に振り向く。


「明日、この巨体を運ぶ準備をします。その間にも私の方で調査を続けますが、よろしいですね?」

「はい。それはもちろん」

「それで、なにかこう、他に情報はないの? あなたたちの報告書には大きさのことしかなかったのだけど」

「あのぅ、そのことなのですが……」


 突然、隊長は歯切れが悪くなる。まるでヴェルムの顔色をうかがうようだ。

 

「どうかしたのかしら?」

「えぇ、まぁ、情報と言いますか……あの、最初にお伝えしたいのですが、怒らないでやってほしいのです」

「怒る?」


 なかなか本題に入らない隊長に対してヴェルムは多少のいら立ちを見せ、語気を強めた。


「その、異端審問にかけないであげてほしいのです」

「どういうことですか?」


 聞こえてきた単語にヴェルムの声色もさらに鋭くなる。

 異端審問にかけるなというのはどういうことだ。そのような異端者がこの街にいるというのだろうか。

 背信する者、批判する者、邪教崇拝といってもいいが、もしそうならこの村全てに対して異端審問会議をかけなければならないし、場合よっては村を潰す場合もある。

 異端とはそれほどまでに厳しい罪なのだから。連帯責任も大きく、一人でも明確に邪教崇拝と判明すれば家族はおろか、その住む場所すらも打ち壊す。それぐらいやってもなお、時折現れるのだ、その手のやからは。

 もちろん、この調査には自分たちも介入する。ことがことなだけにそう簡単には決めつけられるものではない。れっきとした判断基準があり、緻密な捜査の下、数か月、場合によっては数年単位で判断するものだ。

 なので、ヴェルムもこの時点ではまだこの村を罰そうなどとは考えていない。


「それが、子供が一人……この、巨人の声が聞こえたと申すのです……」

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