第2話 手続き
「見事ご当選おめでとうございます。今回は98,763,419件の応募の中から厳選なる審査を経て、あなた様が選ばれました。当協会一同全力でタイムスリップをお手伝いさせて頂きますので。何卒宜しくお願い申し上げます。
つきましてはお手続きがございますので、同封致しております要項をよくご覧になって、一度当協会までお越し頂きますようお願い致します。」
当選者には一律このような手紙が届けられる。
そのたびに応募件数は上下するが、いつも恐ろしいほどの高倍率になることに変わりはない。当選者の多くは自らの幸運に驚嘆し、手や足を震わせながら何度も手紙を読み直すのだった。
新聞や広告、地域のお知らせやモデルルームの案内、クレジットカードの引き落としや不在連絡票など生活の雑多に混じって当選の連絡は届けられる。オレンジ色した封筒の厚みは想像していたよりも薄く、宛名のフォントは一般的な明朝体で書かれている。一見見慣れぬ封筒に疑問を抱きつつ、裏返してみるとそこには簡潔に一言、『タイムスリップ協会』とだけ書かれているのである。
当選の興奮と悪戯かもしれないという猜疑がないまぜになったまま、中身を傷つけることがないよう慎重に、だが待ちきれない様子で封筒を破る。そんな様子は側から見ていると、どれだけ滑稽に映るだろうか。
一人の天才は百もの凡人を殺す。
古来からの人類の夢であったタイムスリップはたった一人の天才によって、あっけなく日の目を見ることとなった。流星の如く現れた新技術に世界中の人々は惜しみない称賛の嵐を送ったものだった。
どんな人間にだって生きている限り、やり直したいことはあるものだ。しかし、時間という不可逆性のものに囚われて生きている私たちは、さしずめ流れるプールに浮かんだ葉のようなものである。さっき通り過ぎた場所になんとも魅惑的なものがあった。そう認識したとしても、流れを遡上しさっきの位置まで戻ることは不可能なのであった、彼が現れるまでは。
「私は過去に戻ってきました。どうしても見ておかなければいけないことがあったからです。」
唐突に始まったこの放送は全世界同時配信で届けられた。見ていた人々が訳の分からないまま放送は続く。
「このたび私はタイムマシンを開発することに成功しました。そしてこの技術は一人で抱え込むものではないと判断したのです。世界中の人々に平等なるチャンスを、私は今ここにタイムスリップ協会設立を宣言いたします。」
彼は世紀の発明を全ての人に公開すると宣言し、言葉の通り分け隔てなく与えようとしたのである。そうして設立されたタイムスリップ協会は各国に1つずつ平等に設置され、それぞれの国単位で希望者を募る仕組みが作られた。
放送直後の人々の反応はなんとも鈍いものだった。どうせたちの悪い悪戯だろう、タイムスリップだなんて信じられるわけがない。そんな意見がほとんどだったが、実際に自分の所属する国家がタイムスリップ協会の設立を認可していく様子を見ているうちに意見はコロリと変わっていったのだった。こうして国家という信用を笠にきて、タイムスリップは日常へと溶け込んでいった。
1年に1人、期限は1週間。チャンスが与えられるのは1度きり。
これだけが事前に公表されている条件だった。それ以外は全くの極秘、実際に行ったという人の話が漏れ聞こえてくることすらなかった。この情報社会にありながら徹底した情報管理には舌を巻くしかなかった。
こうして嘘か真か、当選した人にしか分からないタイムスリップが始まった。今はもう3年目、それぞれの国から3人目の当選者が発表される頃となったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます