第2話 赤い子
「はあい。キミの分も持ってきたわよー」
皿には綿棒くらいの細い五センチほどの真っ赤なスティックが大量に載せられていた。
あれはトンガラシの元になるカブトムシみたいな甲虫の角だ。あれをすり潰して粉にしたものが「トンガラシ」と呼ばれている。
唐辛子より少し辛いけど、味はほとんど同じ。
タチアナはテーブルの上にコトリと皿を置き、すかさず皿の上にぴょこんと乗っかった赤スライムの様子に目を細めた。
いいのだろうか、テーブルの上でスライムに食事をさせて。
俺は全く気にしないけどね!
鍋に更なるトンガラシをばっさーとかけて、スプーンで真っ赤なスープをすくい口に運ぶ。
「おおお。うめええ」
「それだけ真っ赤にして、味が分かるものなのかしら……」
「もちろんだ。ホロホロ鳥は良い物だ。もやしと香草とトンガラシによく合う」
「まあ……お客さんが気に入ってくれるのが一番。あんたの趣味にとやかく言わないわ」
つんつんと指先で赤スライムを突っついたタチアナは、ウインクして他のお客さんのオーダーを聞きに行った。
ウインクの先はもちろん俺じゃあなくて赤スライムだけどね。
お、おおっと。冷める前に食べちゃわないと。
この辛味の中にあるうま味がたまらんな。赤スライムは赤スライムで体の中に甲虫の角を飲み込み一瞬で溶かしている。
赤スライムのお気に入りはあの甲虫の角なんだよな。そういや、甲虫の角って言うけど、虫の名前は何ていうんだろ。
「よお。エメリコ」
「甲虫の角の甲虫の名前って何なんだろうな?」
「おいおい、挨拶の前にそれかよ。相変わらずのマイペースさだな」
ツンツンヘアのガタイのいい青年が朗らかに笑い、俺の隣に腰かける。
こいつの名前はテオ。鍛冶屋のせがれだけに、なかなか良い筋肉を持っているのだ。その分、脳みそが残念なんだがな。
「おいおい、チラ見しただけで無言で食事継続かよ」
「いや、聞いただろ。甲虫の名前」
「それを俺が知っているとでも?」
「そうだな。聞いた俺がバカだった。テオの耳にも念仏ってやつだな」
「何だよそれ。お前、たまに意味不明なことわざ使うよな」
「気にするな。俺が変な事を言うのはいつものことだろう?」
「ははは。あ、おおい、タチアナー。スペシャル一丁頼む」
「はーい」
テオの呼びかけにタチアナが手を振って応じる。
「そうそう、思い出した。後でテオの家行くから」
「ん? そうなのか?」
「おう。テオパパに引き取ってもらいたいものがあってさ。思った以上にパープルミスリルが採掘できてな」
「へえ。って、お前、またレア鉱石をほいほい持ってきたのかよ」
「たまたまな。冒険者さんたちがさ、快く手伝ってくれたから」
「へえ。冒険者にもそんな人たちがいるんだな。彼らってお金で依頼したこと以外やらない印象だったんだが」
「俺の人徳だよ。はは」
「それは無い」
こ、この野郎。即答しやがって。
よし、食べている隙にあいつの鍋にトンガラシを突っ込んでやろう。
ふふふとほくそ笑んで、テオのスペシャルメニューが来るのを待っていたら、鍋を完食してしまった。
ちょうどそこにタチアナが料理をもってやってくる。
「お待たせ―。テオはまたサボり?」
「違うって、ちゃんと仕事をしているからな! 今は休憩だ!」
テオが何やらタチアナに言い訳をしているが、まあ彼のことだサボりだろ。
それよりなにより、ブツが来たことが肝要だ。
ちょうどいい具合に、タチアナがテオの気を引いてくれている。
そっと鍋の蓋を開けようと手を伸ばしたら、運悪くテオと目が合ってしまう。
「どうした?」
「いや、あ、そうだ。甲虫の角の甲虫ってなんて名前なんだろうな?」
「またそれかよ。俺が分かるわけないだろって言ったじゃないか」
「タチアナに聞いたんだ。お前に聞くわけないだろうに。で、知ってる?」
俺の質問にタチアナが顎に指先を当て、すぐに答えを返す。
「ルベルビートルのこと?」
「うん、それそれ」
「そんな名前だったのかあ」
感心したように呟き、タチアナの方へ目を向けポンと膝を打つテオ。
その行動が命取りになるぞ、ふふ。呑気に「そんな名前だったのかあ」なんて呟いているから、隙が生まれるのだ。
「ありがとう。タチアナ」
「どういたしましてー。じゃあね。赤い子」
つんつんと赤スライムを指先で突っついたタチアナが、別のお客さんのオーダーを取りに向かう。
「じゃあ、俺もそろそろ行くよ」
「そっか、また後でなー」
「あいよ」
俺が立ち上がると赤スライムがぴょこんと俺の肩に乗っかる。
テオに背を向けそのままスタスタと歩くが、ニヤニヤが止まらない。
「ぎゃあああ。辛いいいい!」
後ろからテオの悲鳴が聞こえた。
◇◇◇
「すいませーん」
「おお、エメリコ。テオから話を聞いとるぞ」
腕と肩回りの筋肉が特に凄い40代半ばほどの男が俺を迎えてくれる。
「それだったら話が早い。ファビオさんにと思って」
「ここじゃ何だし、中に入れ」
俺のお店と同じで街はずれにある鍛冶屋「ファビオ」は、立派な工房を備えた人気店だ。
店主のファビオは四十代半ばくらいの筋骨隆々の髭もじゃの男で、若い時はドワーフの元で修行したのだとか何とか。
職人気質で硬いところはあるけど、気のいい人で祖父が亡くなってからもいろいろ良くしてもらっている。
ファビオは俺を店内ではなく、鍛冶屋に隣接している住居の方に案内した。
そのまま居間に通され、椅子に座ってしばらく待つように申し付けられる。
椅子の隣に置いた背負子を開いて、中身を出そうとしていたらお盆にコップを乗せた少女が扉を開けるのが見えた。
「飲み物まで持ってきてくれなくても良いのに。気を使わせちゃったかな」
「ううん。パパはちょうど納品があるとかで、来てくれたのにお待たせしちゃってごめんね」
金色の髪を長く伸ばし、大きな緑色の目をした小柄な少女はテオとは似ても似つきはしないけど、彼の妹である。
名前はミリア。控え目な性格で、おバカで豪胆なテオとは性格も正反対だ。
「特に急いでないし、ゆっくり待つよ」
「うん」
コップをテーブルに置いて、立ち去ろうとするミリアだったが、足どりが重い。
「赤」
肩に乗っかる赤スライムを指先でつんとつつくと、ぴょこんと跳ねミリアの胸に飛び込む。
ちょうどお盆を持っていたミリアがお盆を下げると、そこにちょこんと赤スライムが乗っかった。
「わあああ」
ミリアの顔がぱあああっと明るくなり、お盆から跳ねた赤スライムを両手で抱える。
それに合わせぷにゅーんと形を変える赤スライム。
「タチアナもそうだけど、ミリアもスライムが好きなんだな……」
「うん! 可愛い。触るとぷよんぷよんしていて幸せな気分になれるの」
まさかのスライム人気。俺はどっちかというとモフモフの方が好きなんだけどなあ。
スライムのぷにぷには確かに癖になるけどさ。
「ありがとう。はい!」
ミリアが両手を開くと、赤スライムはむにゅーんと床に落ちた後、ぴょこんと跳ね俺の肩に乗る。
手を振って、ミリアが部屋から出て行く。
お、お茶か。コップに入った常温のお茶をずずずとすすり、ほおおと息を吐く。
いやあ、半年前はまさかこんなことになるなんて思いもしなかったなあ。
俺がスライムと素材を採集しに行くことになるなんて。
でも、あの頃はお店を何とかしようと必死だった。今は少し上向いて来たとはいえ、まだまだ繁盛しているなんて言えないけどさ……。
自然と俺の意識は半年前に向いていた。
そうだ。魔除けの精油を改良しようとしたことがきっかけで、俺はスライムを魔改造することになったんだ。
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