第42話公爵閣下

 謁見の間を出た後、俺はすぐさま王城を出た。


 ソフィアと会うためだ。


 今はまだ昼だから全然時間は余っている。行ってもいいと俺は判断した。


 王城からレーベンブルク公爵家の屋敷に馬車を走らせた。


 幸いマーサさんも屋敷の場所を知っているので俺が案内するということは無かった。


 そうして馬車に揺られること数十分、ようやく屋敷に着いた。


「アルバート様、レーベンブルク公爵家の屋敷に着きました」


「分かった」


 そうして俺が馬車から降りると、屋敷の門番の方が近寄ってきた。


「あなたはこの前の……」


「ハワード侯爵家が四男アルバートです。そちらのソフィアさんにお誘いを受けたのですが……」


「ああ、ソフィアお嬢様から話は聞いております。門を開けますので馬車ごと入ってください」


 その指示に従い、マーサさんに馬車を入れてもらった。


「アルー、来てくれたの?」


 馬車の音が屋敷の中から聞こえたのか、ソフィアがこちらへ走ってきた。


「ああ、約束だからな」


「思ったよりも早かったね。ちょうどお昼だしこの家で食べていかない?」


 たしかに、ちょうどお昼時だしいい申し出なのだが申し訳なく思ってしまう。


「申し訳ない、とか思ってる?」


 どうやら俺の考えは顔に出ていたらしい。


「あ、まあね」


「この前のお礼だと思ってこの申し出を受け取って。公爵家にも面子があるの」


 まあ、そこまで言われたら断る方が失礼だよね。


「分かった。ありがたく受け取るよ」


「そうと決まれば、着いてきて!」


 どうやらソフィアは同年代の俺がきてテンションが上がっているらしい。


 俺はうなづきついていった。


 



 そうして現在、執務室にいる。


 のだが、どうしてこうなった!?


 


 ことの発端は数分前に遡る。


 ソフィアが連れてきたのはリビングではなく、執務室前だった。


 てっきり俺はご飯を食べると思ってリビングを予想していたのだが、外れてしまった。


「この中にお父様がいるの。私がアルの事を話すと連れてきなさいって言うから今日はそれもあってお誘いしたの」


 うおぉぉぉぉぉいっっ! そういうことは先に言おうよソフィアさん!?  笑顔で言うのやめてもらえるかな!?


 俺はこの後の展開を予想した。いや予知したと言っても過言ではない。分かるでしょ? この後の展開が……。


「というわけで、お父様! アルを連れてきました!」


 いや、展開が早すぎるわ。対策のしようがねえ。


 しばらくした後、扉の奥から返事が返ってきた。


「入ってきなさい、そのアルとやら、君一人で」


 絶対怒ってますよね!? もう分かるわ〜。なんか、最後の君一人でっていうとこだけ強調されてたんだが。


「失礼します」


 俺は心を決めて、扉のドアノブに手をかけ、そっと開けた。

 

 言い換えよう。地獄への扉、と。


 扉を閉めて、執務机の奥に座る男と目を合わせる。


 これがこの国最高位の貴族である公爵閣下、か。


 何も喋らない分、それが威圧になっており息苦しさを感じてしまう。


 このままでは空気に押し潰されそうだ。


 俺はそう思い取り敢えず自己紹介する事にした。


「はじめまして、公爵閣下。ハワード侯爵家が四男アルバート=フォン=ハワードと申します」


「レーベンブルク公爵家当主、ベクター=フォン=レーベンブルクだ」


 少しの沈黙の後、公爵はそう言った。


 俺は思った、これは話が続かないやつだと。


 何か話題があればいいんだが……。


「ソフィアさんがベクター様がお呼びと言われここにいるのですが……」


 しばらく沈黙が続いた。


 機嫌損ねたかな? 名前呼ぶのダメだったかな?


「娘を助けてくれて感謝する。アルバートくん」


 おお、君付けに昇格した。これはいい傾向だ。


「ええ、レッドボアに襲われているところを見ると身体が勝手に動いてました」


「勇敢な男なのだな、お前の父君に似ている」


「父を知っているのですか?」


「ああ、あやつは学園で俺と同級生だった。ここ10数年は都合が悪くてなかなか会えていないがな」


 おお、父さん。あなたのおかげで話が弾んでいます。


「俺とジャックとブレットは学生時代よくつるんでいたよ。あの頃は馬鹿してたな」


 過去を懐かしむようにベクターさんは言った。


「学生というと、ソフィアさんの合格おめでとうございます」


 その言葉を聞いた瞬間、ピクッと眉を上げたベクターさん。


 俺なにか気に触るようなこと言ったかな。


「あ、ありがとう。ソフィアは俺が愛情を注いできた大切な娘なのだからな!」


「さすがは公爵閣下。大事な事を分かっておられます」


「うむ。そうだろう、そうだろう。しかしだ!」


 ん? なんか急に口調が変わった。


「あの子がこの屋敷に来てからずっとずっとお前のことしか言わないんだ! 前まではお父様!お父様!って言ってきてくれていたのに……。そう、全てはお前が悪いんだ!」


 俺は悟った。結局、どんなに手を尽くそうと最後はこうなる事を。これは世界の真理。


 残念だが、予知は当たってしまった。


「それは、初めて友達ができたからでは?」


「と、友達だどっ!? うちの娘に近づくならばせめて恋人でなくてはならん!」


 いや、なんだよその理論。流石にそれは違うと思うが、父親とはこういうものなのだろうか。


「そうですね、分かりますその気持ち」


 ここはヒートアップした脳を冷やさなければならない。


 俺は同情を選択した。


「なら俺の言いたいことは分かるだろう!」


「分かります」


「そうだ! つまり俺の娘と付き合え!」


「分かりました……ってなるわけないでしょ!?」


 最後の最後で俺の予知が外れた。


「なっ!? 俺の娘を軽んじられては困る!」


「確かにソフィアさんは可愛らしくて魅力的な女の子です。でも、本人の気持ちがどうかは分かりませんし」


「むむっ、確かにそうだな。俺も少し娘への愛情が爆発してしまっていたようだ」


 ちょっと公爵さん。あなたそんなキャラでしたっけ?

 しかも平然と言っているところがすごいよね。


 そんな時だった。


『『グゥ〜〜〜』』


 なぜか俺とベクターさんのお腹が奇しくも同時になった。


「……昼食にしようか」


「……そうですね」


 そうして俺とベクターさんの闘い? は一時休戦となった。

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