第15話 歓迎会
僕は今、働いている。
「おーい、安野。あれ持ってきてくれ」
「あれですね!わかりました!」
ほとんど雑用係だけど、これが僕には合ってるのかもしれない。こんな僕でも特に不安もなく働けている。
雑用係と言うと、仕事もさせてもらえないのかと思う人もいると思う。
でもこの会社で必要とされているなら僕はそれでもいいと思っている。
「どうだ、安野。仕事慣れてきたか?」
「はい!皆さん優しくしてくれるので」
「そうか、こっちも安野のおかげで仕事が捗るよ」
入って間もない僕は周りに迷惑をかけながらも、色んな人に支えられながら必死に働いた。
働いて働いて、気がついたら夏に差し掛かろうとしている。
ようやく仕事にも慣れて、家の事にも目を向けられるようになってきた。
働き出した頃はご主人様が掃除や洗濯といった家事をしてくれていたが、僕もそこに手を出せるぐらいの余裕はある。
だから、僕は言った。
「だいぶ仕事に慣れてきたんで、明日から家事やりますよ!」
「いや、いい」
「どうしてですかー?」
「俺だけで平気だ」
今日のご主人様はなぜか冷たい……
そういえばいつからだろう。
久しぶりにご主人様と話した気がした。
生活リズムも微妙にズレてたし、
一緒にご飯を食べることも減っていた。
このままで良いのだろうか?
でも、僕は変わると決めたんだ。
ご主人様の理想とするそういう人間に……
だから僕は今日も仕事に向かう。
「安野さーん!頑張ってますね!」
先輩の夏川さんだ。
夏川さんは会社では数少ない存在の女性だ。
仕事も慣れてきた頃、親しく話す仲になってきた。
「いやー、僕は頑張るしかないですから」
「そんな事ないですよ〜、みんな褒めてますよ?」
謙遜しても謙遜しても、僕の事をみんな褒めてくれる。
そういえば前の会社にいた時は褒められた事なかったなぁ……
「あ、そうだ!忙しくて安野さんの歓迎会出来なかったじゃないですか〜?だから今週の金曜日空けといてくださいね!」
「え!?今週の金曜ですか?わ、わかりました……」
流れるがままに返事をしてしまった。
でも金曜日なんて何にも予定無いし……まあいいか!
僕は久しぶりにご主人様以外の方とプライベートで会うのを少しワクワクしていた。
仕事が終わり、
家に帰ると今日もご主人様が先に帰宅していた。
「帰りましたー」
「お疲れ、飯作ってあるから勝手に食べてくれ」
「あれ?今日も先に食べちゃったんですかー?」
「あぁ、いつ帰ってくるかわからなかったしな」
「なんか最近一緒に食べてくれませんよねー?」
「そうか?気のせいじゃないか?」
「そうだ!金曜日、歓迎会やってくれるみたいなんで遅くなります」
「……そうか、楽しんでこいよ」
最近のご主人様は変だ。
僕は何かしたかな?
でもいつも通りに過ごしているからなぁ……
あ!きっとデートしてないからだ!
なるほど〜……それで拗ねてたのか……
まあ最近忙しかったし、次の休みどこか誘ってみようかな。
今日は金曜日。
仕事終わりの歓迎会だ。
「それでは、安野君の歓迎会という事で皆さんお集まり頂きましたが……」
「いいからいいから!かんぱーい!!」
「「かんぱーい!!」」
飲み会なんていつぶりだろ。
前の会社で無理やり付き合わされた飲み会ぶりぐらいか……
でもここの人達は無理にお酒飲ませたりしないし、変な事やれとか言ってこないし天国だ……
「そういえば、安野君って彼女いるの?」
数少ない女性社員の夏川さんのその一言で、他の男性陣の目の色が変わった。
「おい!安野!みんなの夏川さんだからな!」
「そうだぞ!気に入られようとするなよ!」
「別にそんなつもりは!」
やっぱり人気者だなぁ……
夏川さん可愛いし当然か。
そういえば久しぶりだな、女の人と話すなんて……
彼女か……ご主人様は彼氏になるのか?
そんな事どうでもいいか。
こんな所で話しても面倒くさいし……
「それではここら辺でお開きという事で!」
「月曜二日酔いで来るなよー?」
楽しかったなぁ……
終電すぎるわけでもないし、2時間ちょっとの健全な飲み会が終わった。
早く帰ってご主人様にデートのお誘いしなきゃな!
どこに行こうかなーって考えてると、
「安野くーん!帰りこっち?」
「え?そうですけど……」
「じゃあ一緒に帰ろ!」
「は、はぁ……」
夏川さんに捕まってしまった……
でもただ帰るだけだから、まあいっか。
趣味は?とか休みの日何してるの?とか僕の情報と、夏川さんの情報を交換していく。
ありきたりな質問を繰り返し終わったその時。
僕は衝撃を受けた。
「そういえば今日七夕だねー」
「え、七夕……?」
「子供の頃願い事とかしたよねー?……ってあれ?安野くん?」
「七夕……そうだ、確かあの時も……」
その瞬間僕は走り出した。
そうだ、何かを忘れていた。
僕の身体の中からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
ご主人様と出会ったのはちょうど1年前の、今日だ。
つまり今日が僕たちの記念日だ。
なのに、僕は仕事が忙しくて忘れてしまっていた……
もう昔の僕とは違う。
誠心誠意きちんと謝ろう。
きっとそれを忘れてたからご主人様は怒っていたんだ。
僕は急いで家へと向かった。
家に着き、急いで玄関のドアを開けご主人様を探す。
ご主人様はリビングで1人座っていた。
「ご主人様!あの、僕!」
「話がある、座ってくれ」
「え、話って……?」
話ってやっぱり1年の記念日の事だろうか?
「あ、あの!記念日を忘れててすいませんでした!!」
「記念日か……確かにな」
「言い訳になっちゃいますけど、その、仕事が慣れなくて」
「別れよう」
「……え、今なんて……?」
「俺達の関係を終わりにしよう……」
なぜ……?
ご主人様の中でそんなにも記念日が大事だったのか……?
それとも他にご主人様が気になることがあったのか……?
僕はまだわからない、
なぜご主人様が悲しい顔をしているのかを…………
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