夢よ 希望よ 愛よ 私に翼を下さい  第三部

青 劉一郎 (あい ころいちろう)

第三部  第一章

「お母様。お母様は、近頃どうしてそんなに哀しい目をしていらっしゃるの?」 

大森智香は少し前から気になっていたことを思い切って聞いた。

真奈香はちょっと驚いた表情を見せ後、物哀しい目で自分の娘を見つめた。

真奈香は、

「うふっ、お前にも分かりますか!」

と笑みを浮かべると、本当に嬉しそうに智香を見つめ、抱き締めた。

「お前に、私の気持ちが、人の心が分かるようになったのですか。お母様は嬉しいですよ。一年もの長い間、よくぞ厳しい修行に耐えて来ましたね。いいですか、この一年間の修行は、誰にも言ってはいけません、いいですね。時間の移動、そこで得たあなたが得た不思議な力を、です。そして、もう一つ、あなたはまだ修行の真っただ中にいます。その内、あなたは自分の逃れられない宿命を知ることになるでしょう。苦しいでしょう、いやです、と拒絶したくなるかもしれません。しかし、あなたにはそれが許されないのです。自分の宿命を背負い、突き進んでください」

 「はい、わかりました」

智香の素直な返事に、真奈香はほっとしたようだった。その後、彼女はまた元の哀しい表情に戻った。

「さぁ、もう、いいですよ。何も心配することはありません。今日は一人で行ってらっしゃい。私は気分が悪いから、今日は一緒に行けませんが、お前にはたくさんの友達がいるではありませんか。お前の創った白い友だちですよ。さぁ、行っておいで。行きなさい」

と、智香を送り出した。

「はい、お母様」

智香は、真奈香の哀しい表情が気になったが、外に飛び出した。それでも、彼女は真奈香のことが気になり、少しして後ろを振り向いた。その時には、母の姿はなかった。

智香は少し首を傾げた。確かに真奈香の顔色は良くなかった。でも、真奈香が病気になるなんて、智香は今まで考えたことがなかった。病気・・・お母様は病気なんかじゃない。何か分からないけど、大切なことで悩んでいるような気が、智香にはした。

この時、智香は目の前にいくつかの白いものがちらつくのに気付き、母への集中力が切れてしまった。

「あっ、お前たち、来たのね」

智香の顔は気になることを真剣に考える大人びた表情から、今自分の目の前にある何に対しても嬉しそうな表情を輝かす少女に変わった。

「さぁ、お前たち、行くよ。そうなのよ。今日は、私、一人。お母様のお許しが出たから遊びに行こう。」

こう智香がしゃべっている内に、次から次へと彼女の白い友達は集まって来た。彼女は彼ら・・・白い友だちをにこにこしながら見ている。

智香の唇は動いている。彼女はひとりごとを言っているんじゃない。ちゃんと白い友だちのみんなに話し掛けている。

「ラン、おいで」

智香が声を掛けたのは、この世の中では見られない形をした白い生きものだった。

「ラン、危ないよ。慌てなくていいから」

と智香は優しく声を掛けた。

「あっ、ラン」

ランは歩きづらそうだ。後ろ足の長さが違うので横向きに倒れてしまった。

智香は倒れたランを助けに行こうとしたが、ランは自分で立ち上がった。

「良かった。ラン、いい子だね。さぁ、行こう」

智香はぎこちなく歩く白い友だちに手を差し出した。すると、ランはひょいと身軽に飛び上がり、智香の手に乗った。ランのジャンプ力はすごい。それに動き出すと、動きも素早い。長さの違う足だけれど、信じられない速さで動き回る。でも、バランスが悪いために、倒れることが多い。

ランは、智香が最初に作った友だちだった。言い忘れてしまったが、この物語が最後まで進んでしまうといけないので、彼らについて少しだけ説明しておかなくてはいけない。智香のいう白い友だちはどれだけの数いるのか、おそらく彼女自身にも分からないと思われる。そして、白い友だちとは何なのか?

白いものは何なのかというと、白いティシュペーパーで作られていた。なんだ、と思うかも知れないが、その技術は大変驚くべきものだった。智香は初め池内美和にその手ほどきを受けた。

美和は同じ学年で、一番仲のいい友だち。ちょっと気が弱く、泣いてばかりいる女の子。

美和の作るものは 犬にでも猫にでも本物そっくりだった。もっともティシュペーパーだけに実物大の大きさでは作れなかった。美和の器用な手の動きに比べ、智香は今でもそうだが、なかなかうまく作れなかった。

「難しいね。なかなかうまく作れないよ。美和は、どうしてそんなにうまく作れるの?」

と言いながらも、智香は一生懸命作った。

美和は智香の聞いてきたことには答えずに、

「何を作っているの?」

と、美和はにこにこしながら智香に話し掛けてくる。智香は美和を睨み付け、

「むっ」

と、唸りながら、猫と答えた。実際、智香は猫を作っていたのだが、彼女自身も手を動かしながら、猫とは程遠い生きものになってしまっているのに気付いていた。

そして、出来たのが、ランだった。出来たというより生まれたと言った方が正しいかもしれない。顔が細長く体も細かった。智香は、もっとがっしりとした体を作ってやれば良かったと後悔している。

でも、もう遅い。

智香は、ランに命を与えたのだから。生まれ出た命をそう簡単に潰してしまうわけにはいかない。そんなことをしたら、真奈香に怒られてしまう。

「みんな、おいで。私の白い友だち。みんな、智香の後に付いておいでよ。あっちに行って、私と一緒に遊ぼう」

智香は突然走り出した。

でも、すぐに止まった。というのは、白い友だちがいつものように喜んで、彼女の後をついて来ないのに気付いたからである。もちろん白い友だちはただのティシュペーパーなのだから、いくら智香が命を与えても人間の言葉を話せるわけがない。でも、智香には彼らが何を考え、どう思っているのか、人が人と話すように分かるのである。

「どうしたの?あっ、そうか。やっぱりお母様がいないのが気になるのね。お母様はご病気で、今日は来れないの。お母様がご病気になるなんて、初めてじゃないのかな。私には記憶にないよ。お前たちを心配させてはいけないと思い、言わなかったのだけど。やっぱり言った方が良かったようね」

智香は数えることが出来ないくらいに集まった白い友だちに、神妙な顔つきを見せた。でも、彼女はすぐに白い友だちの動揺に気付き、

「あっ、いけない。だめだわ。みんな、ごめん。今度はお母様も元気になって、いつものように同じに遊びに行くと思うから。お母様、さっき、いつもの笑顔で見送ってくれたもの。だから、行こう。行って、遊ぼう」

智香は白い友だちに話しながら、自分を元気づけていたのだった。

「私、とっても不安。私が一人で外に遊びに出るのよ。怖いの。正直に言うと、本当は怖いのよ。こんなこと、お母様に言ったら怒られるから黙っていたけど、言えなかった。もうひとつ理由があるの。この頃、お母様、寂しそう。お前たち、気付いていない。どうしなのかしらねぇ。あぁ、だめね。私の気のせいかもしれない。そうであって欲しい。ねぇ、そんなことより、今日はみんなで元気に楽しく遊びましょ」

大森智香は自分の周りを飛び回ったり、踊ったりしている白い不可思議な生きものたちに声を掛けた。彼女の透き通る声は、七月の初旬の、まだ梅雨の開け切っていないどんよりとした灰色の空に響き渡った。夏の爽やかな暑さがもうそこまで来ているのは、彼女も感じてはいたが、まだ梅雨の蒸し暑さの方が勝っていて、じめじめと息苦しかった。

(・・・)

智香は嫌な感じの顔をした。この時、白い友だちの動きが止まった。彼女が初めて感じる不快な印象だった。

(まただ!)

智香は確信した。誰かが・・・自分の知らない誰かが、自分を見ているように感じたのだった。今日だけでなく、大分と前から感じていた感覚だった。

(誰?)

智香は周りに目を配ったが、誰かがいる気配は消えていた。

周りいる白い友だちが戸惑い、どうしていいのか分からず動きが止まっているのに気付き、智香が

「ごめん。何でもないのよ。さぁ、行こう」

と声を掛けると、また白い友だちは動き始めた。

「行くよ。お前たち」

智香は右手を高く上げた。


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