第21話

「よっ」

「え」

 連盟の初心者将棋教室、初回。一か月ごとに講師が変わるので、申込者の数は棋士個人の人気を反映すると言われている。俺には特にファンがいるとも思えず、ちょっと心配だったのだがそこそこ人は集まった。

 ただ。

「みっちゃんの仕事ぶり見てみようと思ってさ」

「沖原さん……」

 受講者の中でもひときわ目立つロックな格好。元同級生、沖原さんがいたのである。

「それに将棋にも興味持ったし。いいでしょ」

「まあ、いいけど」

 いまだかつて、こういう格好の人が将棋をしているのは見たことがない。まあ、見た目など自由だし、沖原さんには似合っていると思うけど。

 沖原さんは最後まで真面目に受講してくれた。そして、他の受講者とも気さくに話していた。それを見るのが、少し苦しかった。なぜなら、そういうことをするには努力が必要だと知っていたからだ。彼女は努力ができるからこそ、疲れてしまうのだろう。

「じゃあ、皆さん来週もよろしくお願いします」

「おお、みっちゃん本当に先生だったね!」

 言われてみれば、高校も中退した俺がここでは先生である。不思議と言えば不思議だ。

「沖原さんだって、得意なことなら先生だよ」

「じゃあ、音楽リスナーの先生にでもなるかなっと」

「そんなのあるの?」

「無いなら作ればいーの」

 沖原さんは、ときおり眩しい。俺はたまたま将棋という道を見つけたけれど、彼女は道が見つかっていなくても前を向くことができる。ただ、その涙も忘れることはできない。彼女の優しさは、多くのダメ男を引き寄せてしまうんじゃないか、などと思っている。

「また来るね」

「よろしくお願いします」

「ふふ」

 皆が帰っていく。俺も、今日は早く帰りたい気分だった。

 そういえば、あと数日で皆川さんはいなくなる。最初は突然転がり込んできてびっくりしたけれど、彼女のいいところもいくつか見つけられる日々だった。いつかは誰かと付き合って、結婚して、何年も同居することになるのだろう。そういう未来についても、考えてみようと思うのだった。

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