第7話

「な、何よその目」

 そんなことを言われても仕方がない。僕の部屋を訪れた皆川さんは、とても今から研究会をするとは思えない、ヘンテコな格好をしていたのだ。まず目立つのは髪。つむじから台風が発生したかのようにまかれていて、肩まで突風が吹き荒れている。眉毛は細くきりりと描かれていて、睫毛も絶賛増量中だ。両耳には金色のイヤリング。鳩が二羽くっついたみたいな形だ。胸元は鎖骨がくっきりと見えていて、十字架のペンダントが光っている。赤と黒のチェックのワンピースは丈を間違えたのか膝上20センチぐらいまでしかなくて、それを補うためか膝まであるブーツを履いている。

「イベントの帰りか何か?」

 朝の十時だというのにバカなことを聞いてしまった。いや、徹夜の帰りということもあり得るか。

「そんなわけないでしょ。上がっていい?」

「あ、うん」

 たけのこを引っこ抜くように苦労してブーツを脱ぐと、真っ赤なソックスが現れた。まじまじと見て、結論。皆川さんは何かをやりすぎている。

 しかし俺にはそれを注意する勇気もなく、彼女を部屋の中に招き入れた。

「……こんな感じなんだ」

 まじまじと見られても、あんまり物がないだけのつまらない部屋だ。皆川さんはバッグをソファにおいて、テーブルの前に腰かけた。

「どんな感じに見えます」

「辻村っぽい」

「ぽい?」

「一目じゃよくわからない感じ」

 それは単に変だ、と言っているのと変わらないのではないか。別にいいけれど。

「ちょっと待っててくださいね。紅茶を淹れますから」

「あ……あのさ」

「はい?」

「ケーキ買ってきたから……食べなよ。たまたま目についたから」

「はあ。じゃあ、小皿も出しますね」

 女の子が甘いもの好きというのは本当らしい。まあ、男性棋士もタイトル戦でばくばく甘いもの食べているけれど。俺は実は、あまりそういうのを食べない。ただせっかく買ってきてもらったので、黙っておく。

「盤はこれ?」

「あ、はい。安いやつなんですよ。昔、兄弟子から買ってもらって」

「へえ。……て、あれ?」

「どうしました?」

 小皿を並べる俺の顔を、不思議そうに覗き込む皆川さん。なぜそんな表情をするのかまったくわからない。

 ピンパーン

 その時、インターホンの音が鳴り響いた。入居した時から、少し調子はずれの音だった。

「あ、来た来た」

「え?」

 玄関を開けると、そこには先輩が二人。善波四段と、長曽根二段だ。昨日連絡を貰ってから、少ない人脈を当たって研究会に来てもらうようお願いしたのだ。二人はよく控室にもいるし、それほど忙しくないだろうと踏んでいたが正解だった。

「お、いい部屋じゃない」

「そうですね」

 善波さんはどかどかと、長曽根君は遠慮がちに部屋に入ってきた。

「あの、辻村……」

「うん?」

「四人で?」

「ああ。色々な戦型指せた方がいいと思って」

「そ、そう」

 皆川さんはなぜかテープにおかれた四枚の小皿を見ながら、小さく頷いていた。唇を噛んでいるようにも見えたが、理由はわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る