第38話 回想
「──彼女と付き合うようになったのは中二の終わりごろだった。俺から告って、オッケーの返事をもらった」
雑に並べられた机の一つに腰かけ、拓海は話し始めた。こちらと目を合わせる気はないらしく、まるで窓に向かって話しかけているかのようだ。
だがそれが意図的であることは察せられるので、祐輝もあえてそれを破ろうとはしない。
「そのあとすぐ進級のクラス替えがあって、中三からは違うクラスになった。そのあとは、園田くんの言った通りだね」
その「彼女」はいじめられて登校拒否になり、二人の関係は終わった、ということらしい。
「おとなしいけど、勉強が良くできる、聡明な子だったよ」
聞きながら、拓海は優等生タイプの女子が好きなのだろうか、と思う。話を聞く限り、その元カノも玲奈と似たタイプのようだ。偶然かもしれないが。
「……学校に来なくなってから連絡も取れなくなってさ。しばらくしたある日、『もう付き合えない。ごめんなさい』って。電話でね。たぶん、泣きながら」
拓海が、いったいどんな気持ちでこの過去を語っているのかはわからない。
けれど祐輝は、自分の想像が正しかったことを感じ始めていた。
「当時は本当に何がなんだかわからなかった。でも本人が別れたいと言う以上どうしようもなかったんだ。事情を知ったのは、最近だよ」
今から一年ほど前に、その子の友だちに偶然再会したのだという。その時初めて拓海は、登校拒否の引き金になったいじめに自分が関係していたことを知った。
「ほんとは口止めされてたんだけど、って言いながらね。いじめの中で、俺と別れろって脅されてたらしい」
やはり、思った通りだった。その裏にいたのが「信奉者」だ。
「……別れないならお前の友だちにも手を出す、みたいなことも言われたんじゃないですか?」
そっと口を挟むと、拓海は驚いてこちらに顔を向けた。
「なんで……」
知っているのか、と言いたいのだろう。だがそんなことは想像に難くないのだった。
一見おとなしく見えるからと言って、なんでも言われた通りに動くような気弱な性格であるとは限らない。
たとえば玲奈のようなタイプは、自分が理不尽な目に遭うことよりも、それに無関係な人間を巻き込むことを嫌がる。それは決して「自己犠牲」ではない──「守りたい」という意志が、そこにはあるのだ。
祐輝は拓海の疑問には答えずに、窓へと視線を移す。
「結果的に別れさせることには成功したようですが、このやり方には重大な欠陥があったんですよ。何かわかりますか?」
拓海は答えない。答えを考えあぐねているのかもしれず、あるいは見当はついているものの口にすることをためらっているのかもしれない。
どちらなのかはわからないが、別にどちらでもよかった。
「あなたですよ。あなたの気持ち」
拓海は怪訝な顔をした。確かに、これだけでは言葉足らずだろう。これでは彼女にフラれた拓海の心情を心配している、というように受け取れてしまう。
無論、そんなことはありえない。自分の身勝手のために他人に手を出すような人間は、まずそんな気遣いなどしないだろう。
「……彼女の方から一方的に別れさせるのが上手くいったところで、あなたの気持ちが彼女から離れる保証はないですからね」
「……!」
拓海の表情が変わった。
「……そして事実、あなたの気持ちはそう簡単には離れなかった。それは信奉者にも見て取れたでしょう。僕がその信奉者ならこう思いますね。『次はもっとうまくやらねば』と」
ここまで言って、祐輝は拓海に向き直った。
「もう一度聞きます。貴女は本当に、佐々木玲奈があんなことをすると思いますか?」
拓海は虚を突かれたように固まっていたが、ついには静かに息を吐き出した。
「……大した誘導尋問だね」
顔をゆがめてつぶやく。
「確かに誘導尋問ですね。でも誘導尋問だとわかっているなら、答えは選べるはずです──好きなように」
祐輝のそんな言葉に、拓海はふっと笑った。
「園田くんはなんで、俺にそんな話しに来たの? 今ならきっとただ手を伸ばすだけで手に入るだろうに」
一瞬、何のことを言っているのだろうかと思った。が、しばらくしてどうやら玲奈のことらしいと気づく。
「佐々木さんはきっと、俺とは終わったと思ってるよ。……あの時声をかけなかったから」
あの時というのは、掲示板の前で出くわした時の話だろう。何の覚悟も心の準備もなくあんなものを見せられたら、言葉が出ないのも仕方がないかもしれない。
「……僕は生徒会長に惚れたりしてませんよ。この話をしに来たのは、あの写真の真相を知ってるかもしれないからです」
予想外の返事だったのだろう。拓海は目を瞬いた。
「知ってる『かもしれない』って、何?」
知っているか知らないか──名言するのが普通だろう。だが何が起きたのか、実際に見たわけではない。証拠があるわけでもない。
ゆえにどんなに信憑性や説得力があったとしても、これは想像でしかないのだ。
「……オフレコって約束してくれますか?」
自分でもあまり意味のない要求だとわかっている。だがすぐに「するよ」とうなずいた拓海の目を、今は信じることにする。
まあ、もしボックス街での一件が漏れ広がったとして、今更玲奈が気にすることもないような気はするが。
「じゃあ、改めて」
複雑な表情の拓海に向かって、祐輝はしっかりとうなずいた。
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