第26話 初デート
(ああ、なんかデートって感じだなあ……)
フードコートの席で拓海を待ちながら、玲奈はそんなことを思う。
あの後、まずは映画館に行った。ちょうどいい時間に上映があったのでそのまま一作見てきたのだ。
公開からしばらく時間が経っていたおかげで、スクリーンは少し小さめだったものの見やすい良い席で見ることができたし、話題作というだけあって映画そのものも楽しかった。
それから軽く何かお腹に入れようかということで、二人はこのフードコートにやってきていた。日曜日のフードコートは混んでいて、ざっと見渡してみただけでも空席はほとんど見当たらない。
先に席を確保しておくほうがよさそうだということで、拓海と玲奈は買いに行く係と席を確保する係で二手に分かれることにしたのだ。
と、向かいの席の椅子を誰かが引いた。
「あっ、すみません連れがいて……」
けれど玲奈の声が聞こえなかったのか、そのまま向かいの席に腰を下ろしてしまう。見れば同い年か少し年上くらいの男の子だった。玲奈の顔をじっとのぞき込んでくる。
「連れって彼氏?」
ちゃんと聞こえているじゃないか、と玲奈は思う。それになんでわざわざそんなことを聞くのだろう。なんとなく嫌な予感を覚えながら玲奈はうなずいた。
「そう……ですけど」
すると彼はいたずらっぽく笑って言った。
「こんなとこに置き去りにするような彼氏よりさ、俺と遊ぼうよ」
「……!」
そこまで言われて初めて、どうやらこれはナンパらしいと気づいた。どうしよう。急に胸の動悸が速くなった。
気づけば最初よりも距離を詰められている気がする。周りにたくさん人がいるにもかかわらず、怖い。
(どうしよう、逃げる? でもそしたらもう席見つからなくなっちゃうかもしれないし……)
逡巡したものの、背に腹は代えられない。拓海には後で謝ろうと立ち上がりかけた時だった。
「──はいはい、そこ俺の席だから返して」
拓海だった。男の子は拓海の登場に驚いたのか目を見開いたが、おとなしく席を立った。
「あーあ。彼氏クンのお出ましじゃしょうがないね」
そう言って、拓海には目もくれずに歩き出す。けれど、ほっとしたのもつかの間だった。
「……せいぜい気をつけなよ」
すれ違いざまにそんな言葉を浴びせられたのだ。低い声だったので拓海には聞こえなかったと思う。けれど思わず身を硬くしてしまった。
気をつけろって、どういうことだろう。これからは今みたいに、見知らぬ人間に声を掛けられることが増えるということなのだろうか。
「大丈夫? ごめん。俺が待たせたから」
申し訳なさそうな拓海の声で我に返る。見れば椅子にも座らずに心配そうに玲奈の顔をのぞき込んでいた。あわてて首を振る。
「ううん、気にしないで。大丈夫。たぶんナンパだと思う」
今まであんな風に声をかけられることはなかったから、あくまで「たぶん」なのだけれど。
「平気ならいいんだけど。……はい、これ」
まだ少し心配そうにしながらも、拓海は玲奈の向かいに座り、買ってきたクレープを手渡してくれた。お礼を言って受け取る。
クレープは包み紙越しにほんのりと温かかった。
「……何か嫌なこととか言われなかった?」
クレープを頬張っていると、拓海が聞いてきた。相当に申し訳なく思っているらしい。玲奈はもぐもぐしながらうなずいた。
「……なんか勝手に座ってきて、『彼氏より俺と遊ぼうよ』的なこと言われて、怖くて逃げようかと思ってた時に松岡くんが戻ってきてくれて」
簡潔に説明すると、拓海ははあああと深い息を吐いた。
「ほんと申し訳ないわ」
そう言ってうなだれている。玲奈は慌てて手を振った。
「いや、ほんと気にしないで。私がナンパされることなんてもうないだろうし」
さっきの男の子だって、きっと何か血迷っていたのだ。そうでもなければ、わざわざ玲奈を選んで声をかけてくる理由がわからない。
「そうとは限らないよ。玲奈、可愛いんだし」
さらっとそんなことを言う拓海を、玲奈はまじまじと見つめる。
「松岡くんは……私のこれがハリボテっていうか、作り物っていうの知ってるよね」
自分の顔を指さしながら玲奈が言うと、拓海はきょとんとした顔で目を瞬いた。
「え、どういう意味」
どういう意味と聞かれても困る。玲奈としてはそのままの意味のつもりだった。
「なんっていうか……もともとこんな見た目だったわけじゃないってこと。もっと地味でおとなしい感じだったでしょ、私」
祐輝にさんざん言われた「冴えない」という形容詞はあえて使わない。
「そう……だね。雰囲気は変わったと思うし、もっと言うなら可愛くなったと思う」
(ま、またほらはっきりと……)
玲奈が返事に困っていると、拓海は小声で「だから告ったみたいなとこはあるんだけど」と付け足した。拓海の意図はわからないものの、その言葉はしっかりと玲奈の耳に届く。
(あ、やっぱりそうなんだ)
それくらいしかきっかけは思いつかなかったし、見当はついていたけれどあっさりと本人の言葉で確認できてしまった。告白したいと拓海に思わせるだけの変貌を遂げた──そう言われてもあまりピンとこないのだけれど。
「あ、でも見た目が好きってことじゃないからね。もちろん」
玲奈が何も言わないことに焦ったのか、拓海が慌てたように言い足した。そのようすが可笑しくて、玲奈は思わず笑い声を上げる。
「ええ? 今自分でそう言ったのに?」
笑いをこらえながら言うと、拓海は「いや、そうじゃなくて」と顔の前で手を振った。
「このままだと他の奴に目つけられるだろうなって思って」
そう言って照れ笑いする。なんだか見ている景色が違いすぎる感じがして、つい目が点になってしまった。
「そんなことないよ。私に惹かれるなんて奇特な人松岡くんくらいしかいないし。それに」
玲奈は少し前に階段で立ち聞きした女子たちの会話を思い出す。
「今更おしゃれなんかしてバカみたいって思われてるんだよ、私」
愚痴や僻みに聞こえないよう、努めて朗らかに言った。けれど、拓海は玲奈の言葉に眉をひそめた。
「それ、誰かが言ってたの?」
拓海が聞くが、詳細に説明するのはあまり気が進まない。
「うーん、まあそんな感じ」
ぼかして答えると、拓海は食べかけのクレープを持ったまま天井を仰いだ。
「それさ、裏を返せば玲奈が『可愛くなった』って言ってるようなもんだと思うよ。そう思ってるからこそ、そうやって馬鹿にして貶めてないと気が済まないんじゃない?」
「……!」
驚いて顔を上げると拓海と目が合った。フォローのつもりかもしれないけれど、拓海の言うことには一理ある。
もちろん、反感を買っているなあとは思ったけれど、玲奈自身がそんな風に考えたことは一度もなかった。
付き合っている相手というのは、「彼氏」というのは、こんな風にいつだって味方になってくれる存在なのかもしれない。
今こそ一歩踏み出す時だと、玲奈は静かに息を吸い込む。
「……ありがとう。松岡くん──ううん、拓海くん」
拓海は一瞬、はっきりと目を見開いた。が、すぐににっこりと微笑む。
その笑顔に照らされ、ばくばくと暴れる玲奈の心臓は穏やかさを取り戻していった。
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