第17話 急な約束

「あっ、松岡くん! あの……!?」

 いつも友達に囲まれている拓海が一人で歩いているのは珍しい。そう思って声をかけた瞬間だった。死角から人影──拓海とよく一緒にいる男子生徒が現れたのだ。

 しまった、と思うがもう遅い。拓海と目が合う。

「ん? 何?」

 拓海の声はあくまで自然だった。隣にいる彼もきっと何も感じないだろう。おかげで玲奈も少し冷静さを取り戻すことができた。そう、自然に、自然に……。

「クラブ予算のことでちょっと。……あ、取り込み中ならまた今度でいいけど」

 いかにも事務的な用事があるように。いかにも、相手の連れに気を遣っているように。とっさに考え出した口実にしては悪くないと思う。

 反応を待っていると、拓海が口を開いた。

「……ああ。悪い、先に教室行っといて」

 拓海のその言葉にうなずき、隣の男子生徒は先に階段を下りていった。廊下には拓海と玲奈二人だけが残される。


「……佐々木さんから話しかけてくれたってことは、返事聞かせてもらえるって期待していいのかな」

 拓海は静かにそう言って微笑んだ。予想外の言葉に、玲奈は目を見開く。

「え、私予算の話って言ったよね……」

 かろうじてそれだけ言ったが、拓海は首を振った。

「年度も変わってもう五月だし。予算の話するタイミングじゃないし。……気、遣ってくれたんでしょ?」

 玲奈は答えに窮してしまう。拓海に気を遣ったというよりは、自分のための言い訳という意味合いが大きかった。

 いやそれよりも、拓海は玲奈が思い付きで口にした口実を瞬時に嘘だと見抜いたうえで、その設定に乗ったということなのだ。A組にはいない彼だけど、頭の回転はかなり良いのだろう。

「……返事の前に、一回ゆっくり話せないかな」

 玲奈はうつむき加減に口にした。なんとなく、拓海と目を合わせる気になれない。拓海はしばらく黙っていたが、やがて何かを思いついたように口を開いた。

「……次、生徒会で遅くなりそうなのっていつ?」

 急に話題を変えられ、玲奈は思わず顔を上げる。が、拓海は何か考えているようで目は合わなかった。

「今日と、来週の月火」

 とりあえず正直に答える。すると拓海はぱっとこちらを向き顔を輝かせた。

「じゃあ今日! 六時五十分くらいに校門出たとこで待ってる」

 一方的にそう宣言して階段を下りていってしまう。

「え、ちょっと……!」

 別に問題があるわけではない。ないけれど。

(いや、これでよかったはず……)

 玲奈は心の中で自分に言い聞かせた。彼には聞いてみたいことがいくつもあるのだ。

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