第15話 影の首席
軽やかに揺れるポニーテールが遠ざかるのを見ながら、祐輝はふっと息をつく。
(大丈夫、かな……)
美しさというのは力なのだ。知力や腕力と同じく、見た目がいいことも力になる。これまでの経験から、祐輝にはそれがいやというほどわかっていた。
だが、玲奈はそうではない。
さすがに「学年きっての美少女」だとか「絶世の美女」というレベルではないものの、ビジュアル偏差値で言うなら60を下らないくらいには変貌を遂げている。スタートが人並み以下だったとは思えない変身ぶりだ。
本人もきっと「びっくりするくらいに変わった」とは思っているだろう。だが、それが実際どれくらいのものなのかは、本当には理解していないように思える。だからおそらく、自分が新たに手に入れた力の大きさにも気づいていなければ、その使い道もわかっていない。
(「宝の持ち腐れ」、では済めばそれでいいけど……)
なんとなく不安を感じるのだった。持ち主が使いこなせないほどの力は、災いを呼び込むものだから。
「──あ、えっと……園田くん」
名前を呼ばれ振り向くと、そこには同じクラスの男子生徒が立っていた。名前は確か──…。
「奥野……で、合ってる?」
確認すると、彼──奥野洋介はうなずいた。比較的小柄でメガネをかけた、いかにも真面目でおとなしそうなタイプの男子だ。
「さっきの、彼女? きれいな人だね」
玲奈が走り去った方を見ながら、洋介がぽつりと言う。見た目に似合わず大胆なことを言うようだ。いや、自分ならそういうことを言ってもライバルとは認識されない自信があるのだろうか。あるいは、「彼女」ではないことを知りながらカマをかけているのか。
「いや、ただの先輩だけど」
本当のことを言ったのに、洋介は意外そうな顔でこちらを見ている。「何?」と尋ねると、祐輔は慌てて首を振った。
「いや、園田くん部活入ってないんじゃなかったっけ、と思って」
どうやら記憶力がいいようだ。祐輝はうなずく。
「ああ。部活は入ってない。あれは生徒会の先輩。ほら、入学生歓迎の挨拶してた生徒会長」
すると洋介は祐輝がはっきりと見て取れるくらいに目を見開いた。
「生徒会長、ってあんな感じの人じゃなかったと思うけど」
ということは、入学式でちゃんと挨拶を聞いていたということか。意外でも何でもないが。
「そうだっけ? よく覚えてないわ」
本当のことを言う義理もないのですっとぼけておく。祐輝にはそれよりも気になることがあった。
「てか、今年の入試でトップだったの、奥野じゃない?」
事前に申請すれば、希望者には入試の結果として各科目の点数と受験者内順位が開示されるシステムがある。英語と数学では満点をたたき出したにもかかわらず、祐輝の順位は二位だったのだ。
「……よくわかったね。でもできれば内緒にしといて」
そう言って、洋介はうかがうように祐輝を見た。
(なるほど、こいつも「極力目立ちたくない」タイプってわけね……)
玲奈も似たようなことを言っていた。虫の世界で言うなら、毒があるとアピールする派手色ではなく、周囲に溶け込む保護色で身を守るタイプなのだろう。
「……むしろ、頼まれても言わない。なんで自ら敗北言いふらすような真似を」
ため息交じりに言うと、洋介が初めて笑顔を見せた。
「三年間、よろしく」
うちの学校では、毎年クラス替えがあるものの、特にコース変更などの申請を出さなければクラスは成績順に振り分けられるらしい。ということは、来年も再来年も、洋介とは同じクラスになる可能性が高い。
「こちらこそ」
祐輝は差し出された手を握り返した。
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