第14話 ひとつの定義

「……へえ、良かったじゃん」

 拓海との一件について話し終えると、祐輝は開口一番そう言った。

「良かったの、かな?」

 男子から告白されるというのは、果たしていいことなのだろうか。そんな疑問をそのまま口に出すと、祐輝は少し首を傾げた。

「告られること自体が良い悪いの話じゃなくて、誰かに好きって思われるくらいに魅力的になったってことでしょ。生徒会長が」

 表情一つ変えずにそんなことを言ってのける。

「……!」

 言葉が出てこない。拓海が好きだと思うくらいに、自分が魅力的になった──そんなふうには一度も考えなかった。玲奈は祐輝のすました横顔を見つめる。

 告白されたということに動揺するばかりだった自分より、目の前の、この二つも年下の男子の方がはるかにしっかりしていると実感させられてしまった。

「どうしたらいいかなあ……」

 心の声がついポロリと漏れた。囁くような声だったにもかかわらずしっかり聞こえていたようで、祐輝がこちらを向く。

「生徒会長がどうしたいかでしょ。彼氏欲しいとか思ったことないの?」

 そんな祐輝の言葉に、玲奈はしばらく考え込む。思ったことがないわけではない、と思う。が、それはいつのことだろう。

 中学生だった頃、友達と安易に「高校行ったら彼氏とか勝手にできるでしょ」なんて言い合った記憶はある。けれど、その時ですら自分が「彼氏が勝手にできる人」ではないことはうすうすわかってきていた気がするのだ。

「最近はない、かも。っていうか、付き合うっていうのがそもそもよくわかんない」

 呆れられるかと思ったが、正直に言った。祐輝をちらりと盗み見たものの、幸い呆れた様子はない。

「……まあ、どういう付き合いをしたいかは人によるだろうし。男女でも違うだろうし」

 ぼそりと聞こえたつぶやきに、玲奈は内心ぎょっとする。それを知ってか知らずか、祐輝の口調はのんびりしたままだ。

「でも付き合ってみないことにはそれもわからない」

 そこまで言って、祐輝はこちらにまっすぐに向き直った。

「ところで生徒会長はさ、付き合ってる二人はみんな両想いだと思ってる?」

 突然の質問に玲奈は面食らう。それに、聞かれた意味がよくわからない。

「え、両想いだから付き合ってるんじゃないの?」

 付き合うという話になるくらいだから、お互いのことは当然好きなのではないだろうか。相手が自分を好きじゃなかったらフラれるわけだし。

「好きな相手に告ったら、相手もまた自分のことを好きだったってこと? なかなか低い確率だと思うけど」

 なるほど。言われてみればそれはそうかもしれない。でもそれなら「付き合う」って……。

「個人的には、相手のことを今よりよく知るために付き合うっていうのもありだと思うかな」

 祐輝はそう言っていたずらっぽく笑った。まるで心の中に渦巻く疑問を見透かされたようで少し居心地が悪い。

「……それって、私に『松岡くんと付き合いなよ』って言ってる?」

 なんとなく、言葉の端々からそんなニュアンスが感じ取れた気がするのだ。けれど祐輝はあっさりと首を振る。

「言ってない。ちゃんと相手のこと好きになってからじゃないと付き合わないって人もいるし」

 何事にも生真面目な人というのはいるらしい。なんとなくだけれど、その方が誠実だという気もする。でも、相手がそれを望んでいるとは限らないし……。ものすごく好きだったら、両想いじゃなくてもいいからそばにいたいと思ったりするのかもしれない。

 なんだか、結局こうして考えた分だけ思考の迷路は複雑になり、出口も遠ざかったような気がしてしまう。軽く落ち込みそうになった時、祐輝が再び口を開いた。

「……お互いを特別な存在ってことにする、ぐらいの話なんじゃないの?」

 特別な存在? 意味がつかめず玲奈は目を瞬いた。

「なんでもない二人が一緒にいたら冷やかされたりするけど、でもそれが付き合ってる二人だったら誰も文句言わないでしょ。自他ともに『そういう関係』って思ってるから」

 祐輝のその表現で、あいまいだった『付き合う』という言葉の輪郭がくっきりし始めた。要は、この人は私の「彼氏」とか、私はこの人の「彼女」とか、そういう関係性を相手や周囲に宣言しておくという、そういういわば定義の問題なのかもしれない。

「……何?」

 玲奈の視線に気づいて祐輝が振り返った。

「高三にもなって、とかって思った?」

 こんな調子じゃどちらが先輩だかわからない。まあ、先輩の威厳なんて最初からありはしなかったけれど。と、祐輝が吹き出した。

「いやそんなこと思ってないよ。……ただ」

 そう言って、ふと真面目な顔に戻る。

「ただ生徒会長は、自分が変わったことにもうちょっと自信と自覚持った方がいいよ」

 呆れられているのとも、諭されているのとも少し違う気がする。玲奈は首を傾げた。

「どういうこと?」

 祐輝が少しじれったそうな顔をしたような気がする。けれど、はっきりとは確認できないうちにいつもの表情に戻ってしまった。

「……いずれにしても頑張れってこと」

 軽い調子でそう言って、玲奈の肩をぽんと叩く。

「せっかく才色兼備の美人生徒会長に近づいたんだから、ほら!」

 たぶん、祐輝は背中を押してくれている。けれど、決めるのは自分だ。

「ありがとう。あ、これ今日のお礼。もらって!」

 玲奈は自販機で買った缶ジュースを半ば押し付けるように手渡した。

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