第11話 帰り道

「園田くん、駅までで大丈夫だよ。遠回りでしょ」

 Salon d’Ellaから駅へと向かう道すがら、玲奈は半歩前を歩く祐輝に声をかける。祐輝は足を止めずに上半身だけで振り返った。

「いや、もう暗いし。っていうかこのやりとり、デジャヴ」

 確かに言われてみれば、似たようなことを言ったかもしれない。同じ人間なので仕方ない気もするけれど。

「っていうか生徒会長、自分がどれくらい変わったか自覚ないでしょ」

 そう言って不意に顔をのぞき込んでくる。思わずどきりとしてしまった。慣れてきたとはいえ、整った顔の破壊力は衰え知らずなのだ。こんなふうな不意打ちは心臓によくない。

「いや、あります! 大丈夫ですわかってます!」

 とっさに軽くのけぞりながら言った。そんな玲奈を、祐輝は笑うでもなくじっと見つめる。

「まあいいけど。そのうちわかるだろうから」

 一体何がわかるというのだろう。なんとなく聞けずにいると、祐輝がふっと笑った。

「明日からその髪型頑張るの?」

 玲奈の後頭部で揺れるポニーテールに視線をやりながら祐輝が言う。玲奈はなんとなくその毛先に触れながらうなずいた。

「うん、そのつもり。自分でも今の方が似合ってるんだろうなって思うし」

 玲奈の髪には緩いくせがある。そのせいで、下ろしているときはいつも髪が広がりがちで、落ち着かせるのに苦労していたのだ。

 ところがポニーテールにするとそのくせ毛が活きる。緩やかなうねりが、貧相になりがちなポニーテールの毛束の部分に適度なボリュームを与え、バランスよくまとめてくれるのだ。「高校生くらいの時ってなぜかみんなストレートに憧れるけど、地毛の特質を生かせるに越したことはないわよ」とは葵の弁だ。

「っていうか、生徒会長はなんで今まで髪結んでなかったの?」

 祐輝が不思議そうに尋ねる。純粋にわからない、という表情だ。

「え、なんだろう。顔が必要以上に外にさらされるというか……」

 うまく言えないけれど、要は顔の両側にかかる髪はカーテンだったのだ。殊更自分の殻にこもるタイプではなかったと思うけれど、少なくとも、耳を出さないことで横や斜めからの視線は多少なりとも遮断できると思っていた。

「何そのコミュ障全開な発想は」

 祐輝がくっくっと笑っている。そんなにおかしなことを言ったつもりはないのだけれど。

 いや、違う。イケメンには理解できないだけの話だ。


「そういえば」

 玲奈はふとあることに思い至る。

「これで『計画』は完了なの?」

 祐輝はいったん首を傾げながらもうなずいた。

「とりあえずは。……大丈夫、ちゃんと『美人生徒会長』になってるから」

 そう言って笑う。

「来年の一年には間違いなくそう見える」

 そうか、言われてみれば今いる全校生徒はもともとの玲奈を知っているのだから、「会長、変わったなあ」とはなっても「あの会長、美人だなあ」とはならないのだ。……だとしても。

「いや私今年で卒業するから! 来年の一年生とかないから!」

 そんなことは絶対にないつもりだけれど、もし万が一留年したとしても絶対に生徒会長なんてやらない。さすがに先生たちだってそこまで鬼ではないだろう。今の二年生に生徒会長をやりたがる人間がいるかは別の話だけれど。

「……園田くんは、なんで『冴えない生徒会長』にここまでしてくれたの?」

 一瞬虚を突かれたような顔をした──気がする。気のせいだろうか。

「うーん……なんとなく」

 それだけ言って、祐輝はふわりと目を逸らした。

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